アルゼンチン大統領選、最終盤にかけ金融市場は一段の混乱を警戒

~大統領選の行方を警戒してペソ安に歯止め掛からず、米ドル高再燃のなかでもう一波乱に要注意~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチンの金融市場では、今月22日の大統領選(第1回投票)を前に不透明感が増している。8月の予備選では事前予想を覆してリバタリアンのミレイ氏が第1位となり、直後に通貨ペソが売られて中銀は防衛策を迫られた。ミレイ氏の公約は市場寄りの姿勢をみせる一方、中銀廃止やペソ廃止を掲げる上、IMF支援の行方も見通せないなかでその後もペソ安圧力がくすぶる。足下の景気は大干ばつが重石となり、ペソ安に伴いインフレが再燃するなど厳しい状況が続く。世論調査の動きからは上位2名による決選投票となると見込まれるが、米ドル高が再燃するなかで金融市場にもう一波乱起こる可能性には要注意と言える。

アルゼンチンの金融市場を巡っては、今月22日の大統領選(第1回投票)が近付くなかで不透明感が増す事態となっている。8月に実施された大統領選に向けた予備選挙では、事前の世論調査を覆す形で独立系野党である「自由の前進」から出馬しているリバタリアン(自由至上主義)経済学者のハビエル・ミレイ氏が首位に立った(注1)。同国政界においては長らく、現フェルナンデス政権を支える最大与党の正義党(ペロン党)を中心とする反米左派勢力の「祖国同盟」と、前マクリ政権を支えた主要野党の共和国提案党を中心とする中道右派勢力の「カンビエモス(変化とともに)」の二大勢力が政権の座を分け合う展開が続いてきた。しかし、ここ数年の経済危機に加え、長期に亘るスタグフレーションにより足下では国民の約4割が貧困に喘ぐ状況が続いている上、既存政治家が事態打開に向けた対策を打ち出すことが出来ないなか、予想外の形で既存政治家と一線を画す『アウトサイダー』が躍進を果たした格好である。他方、ミレイ氏の主義主張を巡っては、リバタリアンを標ぼうするなかで歳出の大幅削減による政府機能の縮小、減税や税制簡素化、規制緩和、国有企業民営化、経済開放といった市場寄りの政権公約を掲げる一方、中央銀行の廃止や通貨ペソの廃止による経済の『ドル化』、臓器売買の合法化といった過激な内容を公約に掲げるなどその手腕は未知数のところが多い。さらに、現政権が再編交渉に漕ぎ付けたIMF(国際通貨基金)からの支援を巡って、支援条件の履行の見通しが不透明となることが懸念されたことで、予備選挙の直後には通貨や国債などに売り圧力が強まり、中銀は大幅利上げと通貨ペソの切り下げを迫られた(注2)。なお、中銀は大統領選までを対象にペソの対ドル相場を1ドル=350ペソで固定する方針を示しており、その後の公式レートは基本的にこの方針を維持する姿勢が採られているものの、非公式レートは下げ止まらない状況が続くとともに公式レートの半分以下となるなど市場が警戒感を強めている様子がうかがえる。他方、4-6月の実質GDP成長率は昨年来の歴史的大干ばつを受ける形で主力産業の農業生産が低迷していることもあり、前期比年率▲10.9%と2四半期ぶりのマイナス成長に陥っているほか、その後も生産活動は下振れする展開が続くなど底のみえない状況が続いている。さらに、昨年末以降は商品高の動きに一服感が出たことを反映して、ここ数ヶ月はインフレに頭打ちの兆しが出ていたものの、ペソ安の動きが加速して輸入インフレ圧力が強まったことでインフレが再加速する動きが確認されるなど、インフレ収束の見通しが立たない状況に陥っている。こうした状況ながら、予備選挙後の世論調査ではミレイ氏と自由の前進に対する支持率が大きく上昇しているほか、野党勢力のカンビエモス(パトリシア・ブルリッチ元治安相)もわずかに支持率を上昇させる一方、与党勢力の祖国同盟(セルヒオ・マサ経済相)は支持率を大きく低下させている。大統領選の第1回目投票で当選を果たすには、得票率が45%を上回る、ないし、得票率は40%以上で2位の候補に10pt以上の差を付ける必要があり、直近の世論調査においても主要3候補はいずれもこの条件を満たすハードルが高いことを勘案すれば、上位の2候補による決選投票(11月19日実施)に持ち越される。決選投票に関する世論調査では、ミレイ氏が1位となることを前提に、2位の候補がブルリッチ氏となれば両者が拮抗、マサ氏となればミレイ氏が勝利する可能性が示されており、2位にいずれの候補が付けるかがその後の展開を左右すると予想される。第1回投票まで残り3週間を切る一方、国際金融市場では米ドル高圧力が再燃する動きもみられ、同国金融市場は大荒れの展開となることも考えられるなどもう一波乱が起こる可能性にも注意が必要となろう。

図 1 ペソ相場(対ドル)の推移
図 1 ペソ相場(対ドル)の推移

図 2 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図 2 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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