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植田総裁の初会合、2023 年4 月会合

~黒田緩和の刷新はせず~

熊野 英生

要旨

植田総裁が就任して初めての会合が行われた。フォワードガイダンスは修正されたが、レビューは1年から1年半程度まで時間をかけるとされた。総裁会見でも、多くの人が考えているよりも、政策修正の枠組みの見直しが先になると感じられた。ドル円レートは、会見を受けて円安方向に動かされた。

目次

政策レビューは1~1年半かけて

4月28日に、日銀会合の結果が発表された。この会合は、執行部が入れ替わり、植田総裁にとって初めて政策判断を下す会合だった。金利のところのフォワードガイダンスは観測報道の通りに修正されたが、金融政策運営のレビューをするときに「1年から1年半程度の時間をかけて」行われると記述されていた。この記述をみて、多くの人が驚いた。これでは、日銀はすぐに政策修正をしないと見られてもおかしくはない。総裁会見では、「レビューは目先の政策変更に結びつけない」と明言した。しかし、ドル円レートは、この発表以降、即座に円安に振れている。

4月会合をみる限り、植田総裁は予想以上にハト派だ。マーケットの評価も、そのように修正されると考えられる。従来の就任会見などで語っていた「物価安定は積年の課題」としてきた発言とはかなり温度差がある。総裁会見では、「消費者物価は数か月後にははっきりと伸び率が低下して、年度後半に2%を下回る。多くの委員は、その後、再び上がってくるとみているが、そうなるかどうかには不確実性がある」と述べていた。これは、2023年10~12月以降の様子をみるという意味だろう。ならば、基調的な物価を見極めるのは2024年以降になってしまう。

4月の発表文では、指値オペの方針はそのままで、「必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」という文言も黒田時代と全く変わっていなかった。どうも黒田時代の政策運営は、当面は刷新される訳ではなさそうだ。

低成長と低物価

4月会合では、毎回、展望レポートが発表される(図表)。2023年度のコアCPIの中央値は前年比1.8%(1月同1.6%)、2024年度は同2.0%(1月同1.8%)である。2024年度の2.0%は少し驚いたが、2023年度に経済対策で電気ガス料金の押し下げがある効果がなくなる反動だとみれば、基調的に2%を上回るという見方ではなさそうだ。2025年度もコアCPIは前年比1.6%と2%を下回る。この数字も、「安定的に2%を上回る」条件をクリヤーしているようには見えない。

図表
図表

植田総裁は、黒田総裁以上に需給ギャップに強い関心を示していると考えられる。今回の展望レポートは、実質GDP見通しの方が、CPI以上にがっかりの数字だった。最近、国際機関や民間予測の2023年(または2023年度)の見通しが低調に変わっている。1%台後半から1%台前半に実質成長率の見通しが鈍化しているのである。これは、日本のGDP統計で四半期ベースの数字(2022年7~9月、10~12月)が予想外に低かったからだ。日銀の発表する需給ギャップの試算値でも依然としてマイナス(供給超過)である。日本の成長率は期待されているほど高くはなく、コロナ感染の効果が弱まっても低いままだ。4月時点の修正状況をみても、政策委員の間でこうした成長ペースの鈍さが共有されている。植田総裁に対して、基調的なインフレ率が上がりにくいと考させる実体的な根拠と言える。

さらに、インフレ率を押し上げる要因には賃金上昇率もある。発表分では、「賃金の上昇を伴う形で、2%の『物価安定』を持続的・安定的に実現することを目指していく」と、賃金への言及が加わった。しかし、賃上げの状況を見極めようとすると、春闘を見なくてはいけなくなる。すると、2024年度の春闘を待たなくてはいけないということになりかねない。

植田日銀に内在する問題点

植田総裁の発進(スタート)に対して、少し辛口のコメントをすると、植田総裁の言葉にはやや曖昧すぎるところがある。時間軸効果やフォワードガイダンスは、ご自身が発明したものだが、今回の発表をみる限りは、植田総裁の政策の時間軸は極めて曖昧だ。レビューについて、「1年から1年半程度の時間をかける」というのは、時間のかけすぎだ。これでは、1年後(2024年度)から1年半後(2024年度後半)まで大掛かりな政策修正をしないという情報発信に聞こえる。

また、多くの人は、点検や再検証とは黒田緩和の弊害を是正するためにやるのだと考えていた(筆者もそうだ)。しかし、今回はデフレに陥った1990年代後半以降の25年間を対象にするという。そんな長期間をかけて構造分析をする必要性はない。ここは、黒田緩和の是正を期待する人々の思惑とは完全にすれ違っている。

実は、以前から黒田総裁の発言していることの時間軸と、マーケットが認識する時間軸には相当なずれがあった。例えば、共同声明でも「できるだけ早期に2%を達成」とあるが、これは数か月先という意味よりも、数年間先というニュアンスを受ける。植田総裁は「できるだけ早期に」というコミットメントを踏襲したが、その時間軸はどうやら1年から1年半くらいは先になりそうだ。この時間軸のイメージは、本来はマーケットの意思疎通をするときに重要なのだが、植田総裁の就任によってもあまり明確にならなかった。

YCCも修正されず

今回の会合でかなりはっきりしたことは、目先、YCCの見直しはしないという姿勢である。最近の長期金利は、0.50%の変動幅の上限に近づいている。10年金利と、8・9年金利の逆転は起きていないが、いずれ米長期金利が上昇すると、黒田時代の末期のように、10年金利に上昇圧力がかかるだろう。そのとき、今回の発表分をみる限りは、日銀は0.50%の上限を守り、0.50%を上回るような場合は、指値オペを打つだろう。そうした方針は、より明確になったと思う。

ただ、従来、植田総裁は金融緩和を続けていくために副作用の是正をすると発言してきた。総裁会見では、長期金利水準が上昇していくと副作用が生じていくので、修正する可能性は示唆していた。おそらく、今後、8・9年金利が上昇していくことが恒常的になれば、そのときは変動幅の上限を0.75%に引き上げることは実施するだろう。そのタイミングは特定できないが、当面の政策運営は、YCCを撤廃したり、有名無実化するようなことはすぐには実施されず、しばらくは愚直に黒田時代の枠組みを維持することになるだろう。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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