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カザフ大統領選、現職トカエフ氏圧勝で「旧体制」からの脱却が進むか

~「ロシアの裏側」を巡る地政学上のバランスに影響、民主化の行方を含め注視すべきことは多い~

西濵 徹

要旨
  • 中央アジアのカザフスタンでは20日に大統領選が実施され、現職のトカエフ氏が圧勝した。同国では長きに亘ってナザルバエフ前大統領が絶大な影響を誇示したが、今年1月の暴動を機にトカエフ氏が事実上の政変を決行した。その後もトカエフ氏は改憲などでナザルバエフ氏の影響力排除に動いてきた。なお、当初次期大統領選は2024年に予定されたが前倒しで実施し、来年には議会選の再選挙により政治的な影響力拡大を目指すとみられる。歴史的にロシアと近い同国だがウクライナ問題を巡って距離を置くなか、近年は「一帯一路」を通じて中国と関係深化が進んでいる上、鉱物資源や穀物輸出を通じて欧米との接近も目指すとみられる。民主化が進むかは未知数だが、地政学上重要な地域の動きにはこれまで以上に要注意と言える。

中央アジアのカザフスタンでは20日に大統領選が実施され、現職のトカエフ氏が81.31%(暫定値)という圧倒的な得票率での再選を果たした。大統領選にはトカエフ氏を含む計6人の候補者が出馬したものの、トカエフ氏以外の候補者の得票率はすべて1桁台に留まるとともに、得票率2位の票は『すべての候補者に反対(5.8%)』となるなど、同氏への支持は圧倒的であった様子がうかがえる。他方、大統領選の投票率は69.44%と2019年の前回大統領選(77.54%)から一段と低下しており、1991年の独立後に実施された大統領選のなかで最も低い水準に留まっている。また、地域別の投票率をみると最大都市アルマティ(28.72%)や首都アスタナ(旧ヌルスルタン)(48.60%)など大都市部が軒並み低水準に留まる一方、地方部は極めて高いという対照的な動きがみられるなど『温度差』が表面化している。同国では1991年の旧ソ連崩壊を前に独立を主導したナザルバエフ前大統領の下で強権的な統治が行われ、2007年に行われた憲法改正で同氏は『終身大統領』となるなど長期に亘る独裁政権が敷かれてきた。しかし、2019年に突如ナザルバエフ氏は大統領を退任し、憲法規定に沿う形で上院議長であったトカエフ氏に大統領職が禅譲されたものの、その後もナザルバエフ氏は国家安全保障会議の終身議長に留まるとともに、憲法で定められた『国家的指導者』という地位を背景に事実上影響力を保持してきた。また、ナザルバエフ氏の親族は同国の主力産業である原油及び天然ガス関連をはじめとする経済界のほか、政府にも影響力を有することで経済、及び政治を実質的に掌握してきた。ただし、こうした状況に国民の間に不満がくすぶるなか、一昨年来のコロナ禍により経済が疲弊する一方、原油など国際商品市況の上昇に加えて国際金融市場での通貨テンゲ安による輸入物価の押し上げも重なりインフレが加速しており、今年1月には燃料価格の大幅引き上げをきっかけに西部マンギスタウ州でデモが発生したほか、その後はデモが大都市部にも飛び火する事態に発展した。さらに、デモ隊はナザルバエフ前大統領、及び一族への批判を強めるとともに、一部が暴徒化して都市機能が麻痺する事態に発展したため、トカエフ大統領は非常事態宣言を発令するとともに、ロシアなど旧ソ連諸国で構成される集団安全保障条約機構(CSTO)にデモ鎮圧を目的とする部隊派遣を要請した。その上で、事態収拾を目的にトカエフ大統領はナザルバエフ氏を国家安全保障会議の終身議長から解任して自身が新議長に就任するなど、事実上の『政変』を決行した(注 )。なお、CSTOへの部隊派遣など強硬策に動いたものの、ロシアによるウクライナ侵攻に対しては微妙な立場を採った上で経済、及び政治の両面でもロシアと距離を置く姿勢をみせるとともに、6月に国民投票が行われた憲法改正案ではナザルバエフ氏を『国家指導者(国父)』とする条文の削除のほか、大統領の近親者が政府機関の要職に就くことを禁じるなどの政治改革が盛り込まれた(注 )。また、9月に承認された憲法改正ではナザルバエフ前大統領のファーストネームから採られた首都の名称(ヌルスルタン)をアスタナに戻すなど同氏の影響力を完全に排除する動きを前進させるとともに、大統領任期を5年から7年に延長する一方で改憲後に行われる次々回の大統領選以降での再選を禁じた。その上で、当初は2024年に予定された次期大統領選を11月に繰り上げて実施する方針を明らかにしたほか、与党のアマナト(旧ヌル・オタン)と体制内野党であるアク・ジョル(明るい道民主党)、共産党が連合を組む形でトカエフ氏を統一候補に指名した。こうした経緯もありトカエフ氏の勝利は既定路線であったとみられる一方、上述のように地域ごとに大統領選に対する温度差が広がっている背景には、足下のインフレ率が加速の動きを強めるなど国民生活を取り巻く状況が厳しさを増していることも影響していると考えられる。他方、暴動の発生をきっかけに調整圧力が強まり最安値を更新した通貨テンゲ相場は落ち着きを取り戻したものの、その後は国際金融市場における米ドル高を受けて上値が抑えられており、商品市況の動向も重なり物価への悪影響が懸念される状況が続いている。足下では米ドル高の動きが一服する一方、世界経済の減速懸念を理由に原油価格は上値が抑えられており、テンゲ相場を巡っては好悪双方の材料が混在する難しい展開が予想される。なお、トカエフ氏は選挙公約において「過去の失敗を踏まえて修正を行うとともに、蓄積された問題を解決せねばならない」とするなど前政権を批判する動きをみせたほか、選挙後にも「憲法改正による新たな政治機構への意向を遂行する」と宣言するなど旧体制からの脱却を前面に押し出す姿勢をみせている。さらに、ウクライナ情勢を巡ってロシアと距離を置く姿勢をみせるなか、今後は「一帯一路」を通じて関与を強める動きをみせる中国との関係深化が進むと予想される一方、原油や天然ガスなど鉱物資源や穀物などの輸出をテコに米国や欧州諸国に接近する動きもみせており、『ロシアの裏庭』を巡って地政学上の重要性が高まることも考えられる。また、トカエフ氏はナザルバエフ氏の影響力が残る昨年に選挙が実施された議会を巡って、ナザルバエフ氏の影響力排除を目指して来年に再選挙を実施する方針を明らかにしているが、政権にとって都合の良い憲法解釈や改正が繰り返し実施されてきたことを勘案すれば、野党による政治活動が事実上制限されるなど民主化にほど遠い状況にあるなかで政治改革が進められるかに注目が集まる。他方、上述のように中国が接近する動きを強めるなかで米国や欧州などが距離を開ける動きに出ることは、地域における地政学上のバランスが揺らぐことも予想されるだけに、トカエフ氏の一挙一動を注視する必要性は高まっていると判断出来る。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 テンゲ相場(対ドル)の推移
図 2 テンゲ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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