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2022.06.06
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ウクライナ問題
カザフスタン、改憲で「国父」を完全排除、ロシアとも距離を置く姿勢
~中央アジアでのロシアの存在力はウクライナ問題を機に大きく後退を余儀なくされている模様~
西濵 徹
- 要旨
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- 中央アジアのカザフスタンでは今年1月、燃料価格の上昇をきっかけとする反政府デモが全土に広がり、ナザルバエフ前大統領への批判に発展した。トカエフ大統領はロシアなどで構成されるCSTOの部隊派遣要請による実力行使に動く一方、事実上の政変によりナザルバエフ氏の失脚に動いた。CSTOによるデモ鎮圧を受けてロシアの影響力拡大が懸念されたが、ロシアのウクライナ侵攻でトカエフ政権はロシアと距離を置く姿勢を強めている。経済・政治の両面でロシアと距離を置くとともに、政治改革としてナザルバエフ氏の影響力の完全排除を目指すなか、5日に実施した改憲案の是非を問う国民投票で承認される見通しが高まっている。改憲案では大統領権限の縮小と議会権限の拡大を謳い、ナザルバエフ氏を「国家指導者(国父)」とする条文も削除される。中央アジアの地政学的な意味合いは大きく変化する可能性が高まっていると言える。
中央アジアのカザフスタンでは今年1月、国際原油価格の底入れを背景とする燃料価格の大幅引き上げを契機とする反政府デモが全土に広がるとともに、大統領退任後も政治及び経済の面で絶大な影響力を有してきたナザルバエフ前大統領に対する批判に展開するなど、以前では考えられない事態に発展した(注1)。こうしたことを受けて、トカエフ大統領は全土を対象とする非常事態宣言の発令を行うとともに、ロシアなど旧ソ連6ヶ国で構成される集団安全保障条約機構(CSTO)に対してデモ鎮圧に向けた部隊派遣を要請する強硬策に訴えた。他方、治安情勢の悪化の責任を取る形でマミン前首相率いる前内閣は総辞職に追い込まれるとともに、トカエフ大統領はナザルバエフ氏を国家安全保障会議の終身議長職を解任して自身を新議長に据えるなど、事実上の『政変』に発展している。こうした政変に発展した背景には、ナザルバエフ氏は大統領退任後も憲法上の『国家指導者(国父)』として絶大な影響力を有しており、同氏の親族が同国の主力産業である原油及び天然ガス関連をはじめとする企業や政府機関を事実上牛耳ることで経済を実質的に掌握する展開が続いてきたことに対して国民の不満の矛先が向かったことも影響している。なお、反政府デモそのものはCSTOの部隊派遣など実力行使による鎮圧が図られたことで非常事態宣言は解除されるとともに、表面的には平静を取り戻している。また、同国は地理的にロシアの『裏庭』であるとともに、中国にとって外交戦略の柱である一帯一路の『入口』であり、反政府デモの鎮圧を巡って中国当局(共産党及び政府)が支援を申し出た模様だが、CSTOのみを受け入れる一方で中国から強硬策への支持を取り付けるなどバランスを採った格好である。その一方、カザフでの反政府デモの勃発はロシアの対ウクライナ戦略に影響を与えることが懸念されたが、その後ロシアがウクライナへの軍事侵攻を実施するとともに、未だにその行方が見通せない状況が続いていることは、この件がウクライナ問題の具体的な『引き金』となった可能性が考えられる。ただし、カザフスタンはロシアのウクライナ侵攻に対しては微妙な立場を採っている。この背景には、同国の北部には元々ロシア系住民が多数居住するなか、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を進めた『理屈』に対する警戒感が根強く残っており、ウクライナ侵攻を巡ってCSTOを通じた派兵要請を受けたものの断ったとされる。さらに、ロシアのウクライナ侵攻後にはカザフ国内において当局による許可の下で反対デモが実施されたほか、カザフは今年5月9日の対独戦勝記念日の祝賀パレードを実施しないなど、事実上ロシアと距離を置く姿勢を明確にする動きもみられた。また、カザフ政府はアゼルバイジャンとの協力深化を通じてロシアを通らないエネルギー供給路の確保を目指すとともに、トルコとの戦略的パートナーシップの強化に動くなど、軍事面のみならず経済面でもロシアと距離を置く姿勢を強めている。そして、3月には上述した政変の『総仕上げ』として憲法改正をはじめとする政治改革案を公表し、ナザルバエフ前大統領の個人崇拝と同氏の縁故による政治及び経済の腐敗を打開すべく、大統領権限の縮小と議会権限の強化のほか、大統領などの党活動の禁止のほか、地方自治の強化などに取り組むとした。今月5日には憲法改正の是非を問う国民投票が実施され、地元メディアによる出口調査では賛成票が7割を超えるなど改憲案が承認される見通しが高まっている。改憲案においてはナザルバエフ氏を『国家指導者(国父)』とする条文がすべて削除されており、これに伴いナザルバエフ氏は名実ともに政治及び経済的影響力を失うことになる。他方、足下ではウクライナ情勢の悪化を受けた幅広い国際商品市況の上振れを受けてインフレは一段と昂進するなど経済的な打撃は一段と深刻化しており、コロナ禍で一段と疲弊した経済に加え、ナザルバエフ氏の長期独裁の下で腐敗が進んだ政治の立て直しが急務の状況は変わらない。通貨テンゲは1月の反政府デモの激化をきっかけとする混乱を受けて大きく調整して過去最安値を更新したものの、その後の事態収束や国際原油価格の上振れも追い風に足下ではデモ前の水準を取り戻している。しかし、ここ数年のテンゲ相場は調整局面が続くなどインフレ圧力を招きやすい状況は変わっておらず、主力産業である原油関連も自然災害に伴うパイプラインの損傷を理由に輸出が低迷しており、主要産油国であるOPECプラスによる生産目標を達成出来ない状況が続くなどコロナ禍からの景気回復は道半ばの状況にある。とはいえ、カザフが経済及び政治の立て直しの動きを進める背後では、ロシアの存在感は着実に低下を余儀なくされており、地域の地政学的な意味合いにも変化を与えると予想される。
注1 1月6日付レポート「カザフスタン、暴動を機に政変絵、地域を巡る地政学リスクに要注意」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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