インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

パキスタン、IMF支援受け入れ再開も大洪水直撃で困難は深刻化

~巨額の被害、復興の道筋も描きにくいなか、債務を巡る状況は急速に厳しさを増す展開も懸念される~

西濵 徹

要旨
  • パキスタンはコロナ禍による景気減速や商品高に伴う物価高など厳しい経済状況に直面しており、今年4月に政権交代に発展した。シャリフ新政権はIMFからの支援受け入れ再開に向けた取り組みを進めており、先月末にIMFは約11億ドルの追加支援承認を決定した。ただし、足下のインフレ率は一段と昂進している上、中銀は物価及び為替安定に向けて大幅利上げに動いたが、国際金融市場での米ドル高を受けてルピー相場は調整している。外貨準備高も過小状態が続くなど外貨の資金繰りは極めて難しい状況に置かれている。
  • こうしたなか、6月中旬以降の雨季は記録的雨量となり、一時は全土の3分の1が冠水する異常状態となった。洪水被害は巨額に上るとみられ、南部では冠水の解消に3~6ヶ月程度を要する可能性もあるなど復興の見通しが立たない状況に陥っている。ここ数年、同国では中国の支援受け入れが進む一方、復興が遅れれば「債務の罠」が顕在化するリスクが高まる。政権交代を経て政治を取り巻く状況も不透明な展開が続くなか、大洪水を経て経済を巡る状況も極めて難しい展開が続くことは避けられそうにない。

このところのパキスタン経済は、コロナ禍を受けた景気低迷が長期化している上、ウクライナ情勢の悪化による幅広い商品市況の上振れを受けてインフレに直面するなど国民生活に深刻な悪影響が出る事態に見舞われている。こうした経済の混乱をきっかけに、4月に国民議会(下院)でカーン前首相に対する不信任案が可決され即日失職し、その後の首相選出選を経てシャバズ・シャリフ首相が就任するなど政権交代に至った(注1)。カーン前首相の失職を巡っては、同氏に近い多数の議員が一斉に辞職するなど議会下院の4割弱の議席が空白となる異常事態となったため、カーン氏は早期の議会解散と総選挙実施を求めるデモを展開した。さらに、空白の議席を巡っては2ヶ月以内に補欠選挙が行われる予定であったものの、シャリフ政権は非常事態を理由に補欠選挙を事実上先延ばししており、これを受けてカーン氏はデモ活動を活発化させるなど政治的に不安定となる懸念がくすぶっている。他方、シャリフ政権は外貨不足による危機的状況に陥る懸念が高まるなか、IMF(国際通貨基金)の支援受け入れ再開に向けて燃料補助金の廃止など歳出改革に舵を切る動きをみせている。こうした動きを受けて、IMFは先月末の理事会において同国に対する8.94億SDR(約11億ドル)規模の追加支援を承認するとともに、拡大信用供与措置(EEF)自体を1年延長した上で総額も7.2億SDR(約9.4憶ドル)拡充することを明らかにした。ただし、昨年以降のエネルギー資源価格の底入れや、年明け以降のウクライナ情勢の悪化を受けた幅広い商品市況の上振れに加え、国際金融市場における通貨ルピー安による輸入物価の押し上げも重なり、足下のインフレは加速の動きを強めている。直近8月のインフレ率は前年比+27.3%、コアインフレ率も同+13.8%と中銀の定めるインフレ目標(9%)を大きく上回る推移が続いており、政権交代後も国民生活を巡る状況は厳しさを増している。中銀は物価及び通貨ルピー相場の安定を目的に、4月(250bp)、5月(150bp)、7月(125bp)と立て続けに大幅利上げに動いたものの、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)のタカ派傾斜を理由に米ドル高が進んでいる(注2)。ルピー相場を巡っては、7月末以降の米ドル高の一服を受けて一旦底打ちする動きがみられたものの、足下では再び調整の動きを強めるなど先行きの物価を巡る状況に不透明感がくすぶる。この背景には、7月末時点における外貨準備高は74.11億ドルと過去1年の月平均輸入額の1.1ヶ月分に満たないなど外貨の資金繰りが極めて厳しい状況に置かれていることも影響している(注3)。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

こうしたなか、6月中旬に始まった雨季(モンスーン)は平均雨量が例年の3倍近く、南部シンド州では5.7倍に達する記録的状況となり、一時は全土の3分の1が冠水するとともに多数の死者及び被災者が発生する事態に発展している。同国政府は先月末に公表した暫定試算において洪水による経済損失が約100億ドル(GDP比約2.9%)に達するとの見方を示したほか、今月初めに同国を訪問した国連のグテーレス事務総長は損失が約300億ドルに達する可能性を示唆している。これを受けて、国連をはじめとする国際機関や主要国が支援に乗り出す姿勢をみせているものの、多くのインフラが破壊されている上、冠水により主要産業である農業は壊滅的な打撃を受けており、すでに厳しい状況に直面している経済の立て直しは極めて難しい状況にある。さらに、最も深刻な被害に見舞われた南部シンド州では、冠水の解消に少なくとも3~6ヶ月程度の時間を要するとの見方が示されるなど、復興の道筋も描きにくい状況にあると判断出来る。同国はここ数年、中国による巨額支援の受け入れを通じて関係深化の動きが強まっており、この動きに呼応する形で公的債務残高が拡大する動きがみられる。中国による途上国を対象とする巨額支援を巡っては、その支援対象となるプロジェクト自体やそれに伴う景気押し上げ効果などによって得られるキャッシュフローと元利払いスケジュールとのギャップを理由に支払い不能に陥る動きが散見され、こうした問題は『債務の罠』と捉えられている(注4)。パキスタンにおいては返済が必要な有償支援のみならず、返済が不要な無償支援も多数実施されており、一概に債務の罠に陥るか否かの議論は難しい状況にある。しかし、足下ではすでに外貨準備が極めて過小であるなか、先行きは大洪水からの復興の遅れが懸念される状況を勘案すれば、債務返済能力が大きく向上する状況は見通しにくい。政治を取り巻く状況も見通せないなか、経済を巡る状況も極めて厳しい展開が続くことは避けられそうにない。

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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