物価対策の考え方

~参議院選挙前の政策論争~

熊野 英生

要旨

7月10日に投票が行われる参議院選挙に向けて、各党間の政策論争が始まった。物価対策はその柱だが、消費税減税や給付金の是非に終始している。なぜ、円安メリットを膨らませて、賃上げの原資を増やす発想に向かわないのか。強い経済を実現するアイデアの提言が期待される。

目次

並べられた物価対策

6月22日に参議院選挙が公示される。選挙における主要テーマの一つは、物価対策である。物価対策のメニューには、①給付金、②消費税減税、③最低賃金の引き上げ、の主に3つが挙げられている。いずれも、物価自体を継続的に大きく押し下げるものではない。円安そのものを是正しようという政策提言もあるが、それは少数である。

おそらく、物価対策の意見が①、②、③のようなものに限られるのは、政府自身が直接手を下せる範囲が小さいからだろう。また、即効性がある意見を求めたから、こうした種類のアイデアに傾いたとみられる。各党が息の長い政策論に十分に踏み込まなかったのは残念だ。

円安メリットの促進

筆者ならば、「痛み止め」的な物価対策ではなく、物価上昇を受け止められる経済環境づくりを論じる。強い経済の実現である。

それをすれば、家計の所得は増えていく。岸田首相のように、あらゆる手段を使って賃上げを促進することも、より成果を上げやすくなるだろう。そうした前提なしに、税制で賃上げをしたところに法人税を還元する式の手法だけでは限界がある。成長戦略の推進は、経済を成長させて、拡大再生産プロセスを強化することになり、それを基盤にして賃金が上昇していく。

現在は、円安メリットを利用することが、成長戦略の最右翼になるだろう。2022年3月上旬の1ドル116円から直近の136円まで、ごく短期間で+17%の円安進行となっている。その円安のメリットを拡大させることが、企業収益を増やし、賃金を増やす原資を生み出す。

円安メリットの代表は、輸出拡大である。円安になると、日本国内の生産コストが割安になる。例えば、時給1,500円で2時間かけて製造していた製品は、労働コストが日本円で3,000円になる。これを輸出する場合、1ドル100円の時は労働コスト30ドルになる。それが、1ドル150円の円安になると、20ドルに下がる。円安が50%進むと、労働コストは▲10ドルほど下がる(利益は+10ドル増える)。輸出企業は、販売価格を値下げして輸出数量を増やすこともできる。

すでに海外事業を手掛ける製造業ならば、製品の製造先を海外工場から国内工場にシフトさせることでコストを引き下げて利益を増やせる。中堅・中小企業は、新しく海外企業と取引を増やして、割安な価格の製品供給ができる。一口に言えば、輸出促進が収益拡大のチャンスになる。

これは、民間企業が主体になる話だが、政府は中小企業が新しく輸出促進に動き出すことを予算措置を講じて、側面支援することができるはずだ。すでに行われている策としては、農林水産物・食品輸出の支援策がある。中小企業庁は、海外展開支援の経営サポートを行っている。

そうした輸出促進策は、給付金を配る政策よりは効果の発現に少し時間がかかるとしても、後から継続的な成果を呼び込める。

チャネル開拓

円安メリットと言えば、製造業の輸出というイメージだが、最近は非製造業であっても、ECサイトを通じて、海外の消費者に製品を売るチャネルがある。越境EC(クロスボーダー電子商取引)の拡大である。

このECは、海外だけではなく、コロナ禍では国内取引も拡大した。中小企業基盤整備機構のような公的機関は、HPで動画配信を通じて、中堅・中小企業に対して、新しいECの利用促進の知識を紹介したりしている。

最近は、ビデオ会議システムが普及してきており、それを利用して輸出やEC拡大などの相談窓口を公的機関がサポートすることも可能だろう。海外取引先とのマッチングも、ビデオ会議システムを使って、通訳の人が別に1人参加するだけで、不自由なく商談を進めることも可能になっている。

そうした環境変化を考えると、従来に比べると、中堅・中小企業にとって、公的サポートの協力を得て、海外企業との取引拡大を進めやすくなっていると考えられる。内外の参入バリヤーは、昔よりもかなり低くなっている。

インバウンドは消費者の輸入

政府が主導して円安メリットを拡大させることは、訪日外国人の受け入れ制限を緩和すれば可能である。6月1日から、入国者数を2万人に拡大した。2019年平均の1人15万円の消費額で計算すると、年間最大で約1.1兆円の需要喚起策が期待できる。こうした需要喚起策こそ、円安環境を利用して成長率を高める政策になるはずだ。コロナ禍で最も深刻な打撃を被った宿泊・飲食業への恩恵は絶大である。

この入国制限を1日4万人に増やせば、年間換算で最大約2.2兆円の需要増にすることが期待できる。個人旅行を解禁すれば、旅行単価を引き上げて消費増をさらに促進することができる。

訪日観光客を増やすことは、消費者を輸入することと同じである。特に、人口減少で悩んでいる地方経済にはプラスが大きい。日本の為替レートは、2019年のドル円レートの平均は109円だった。これは、物価変動を加味して計算すると、日本の物価が約▲35%も安くなっていることになる(1ドル136円換算)。円安メリットは、訪日外国人観光客を割安な価格で国内に呼び込むことだろう。

政策論争の質を問う

政策論争は、目先の「痛み止め」をどう示すかではなく、力強い経済をいかにつくるかを論じてほしい。近年の与党は、野党の主張に似てきていることが心配だ。政治学の研究では、政権基盤が脆弱な南欧諸国では、減税や給付金の散布が選択されやすく、財政再建が難しいとされる。現在の日本は、政権基盤が脆弱でもないのに、安易な財政拡張が行われやすくなっている。

今回の参議院選挙を前にした各党の政策論争では、成長戦略の中身が語られることは少なく、即効性のある消費税減税、給付金ばかりを巡った議論が交わされている印象がある。もっと、経済の地力を強める提案が活発に成されなくては、政治の地力が落ちたというそしりを免れられないと思う。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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