物価の体感温度はもっと高い

~各国の選挙にも影響~

熊野 英生

要旨

消費者物価を、除く帰属家賃の総合指数でみると、2022年4月の前年比は3.0%まで上がっている。家計の痛みは、必需品の値上がりで肌の実感として強まっている。各国では、選挙の結果にも影響を及ぼしており、日本でも今後の物価対策を練り直す必要があるだろう。

目次

3%の物価上昇

経済ニュースの見出しだけでは、重要なことを見落とすことがある。消費者物価は、2022年4月に2.5%(総合指数)になったと報じられている。筆者は、人々が感じているインフレの痛みはもっと大きいと考えられる。消費者物価は、各種の価格を合成して計算するが、その中には帰属家賃という架空の支出をウエイト付けしている。帰属家賃とは、持家の持ち主が自分自身に支払っているから、消費支出に含められるという理屈だ。家計調査では、名目値をデフレートするときは、除く帰属家賃の総合指数を使っている。その除く帰属家賃の総合指数は、4月の前年比が3.0%まで上昇している(図表1)。人々が実感しているのは、こちらの方に近いのだろう。

帰属家賃を除く総合指数の前年比
帰属家賃を除く総合指数の前年比

消費者の体感温度は、スーパーや小売店でよく目にするものに引きずられる。購入頻度別の物価指数では、「頻繁に購入する品目」が前年比5.2%と特に高くなっている(図表2)。1年に1回とか、まれに購入するものは、前年比1%台と伸び率は低い。おそらく、生鮮食品(前年比12.2%)とガソリン(同15.7%)の上昇が、購入頻度の高い品目の物価上昇率を押し上げているのだろう。

購入頻度別の物価上昇率
購入頻度別の物価上昇率

物価が上がれば、買い控えが起こることが考えられるが、今般は必需品が上がっていて、「逃げるに逃げられない」のが実情だろう。基礎的支出品目が前年比4.8%に対して、選択的支出品目は前年比0.1%と際立ったコントラストがみられる。

高齢者への負担感

実質所得が大きく切り下がっている世帯には、高齢者など年金生活世帯がある。2022年度の年金支給額は、物価・賃金スライドで前年比▲0.4%と減額された。これは、2021年の勤労者の給与が減額された分が1年遅れで適用されているからだ。ここから物価3.0%を差し引くと、実質所得は▲3.4%と大幅なマイナスだ。

日本の人口のうち65歳以上の割合は29.0%まで高まっている(2022年5月推計・総務省)。年金が増えないことの痛みは、かなり幅広いとみられる。より詳細に65歳以上の世帯構成を調べると、2021年の家計調査では、世帯主が65歳以上の世帯のうち、77.2%が無職世帯で、残りの22.8%が勤労者世帯・自営など事業世帯であった。この77.2%の無職世帯が、年金生活者と重なるだろう。この無職世帯(全世帯ベース)の2021年の消費支出は228.5万円だった。仮に、無職世帯が物価上昇3.0%によって生活コストが増加したとすれば、その年間増加額は約6.9万円にもなる。現状の物価上昇が長期間続くと、その不満は大きくなるだろう。

すでに政府は、住民税非課税世帯(給与所得204.4万円以下)に対して、2022年1~3月にかけて世帯当たり10万円を支給している。6月までには18歳以下の子供がいる低所得層に1人5万円を支給する。こうした給付金は、一応、物価対策の役割を果たしていると考えられる。

各国の選挙に影響を与える物価上昇

日本の物価は3%だとしても、まだ各国に比べて上昇率は限定されている(図表3)。高いインフレ率に悩まされている各国は、物価への不満が選挙結果にも影響してきている。

各国の消費者物価指数の前年比
各国の消費者物価指数の前年比

4月10日に実施されたフランス大統領選挙の第1回目投票では、現職マクロン大統領の得票率28.84%に対して、極右政党のルペン候補が得票率23.15%まで猛追した。国民の物価への不満が、現職への批判票に変わったことは大きな驚きだった。

少し事情は違うが、3月に政権奪取を果たした韓国のユン・ソクヨル大統領も、首都ソウルの不動産価格高騰が国民の不満の種になっているのに対して、それを下げると公約したことが効果を上げた。

5月になると、オーストラリアでも政権交代が起こる。アルバニージー首相の率いる労働党は、物価上昇を批判して、賃金上昇率がそれに追いついていないことを問題視して勝利した。オーストラリア中銀は、5月3日に11年半ぶりの利上げを実施している。

こうした政治的な地殻変動は、今後も各国選挙に影響を与えるだろう。米国では、11月に中間選挙を控えている。日本も、7月には参議院選挙がある。インフレ対策は政治的に重要なイシューに格上げされるだろう。FRBがここにきて利上げ姿勢を強めて、景気後退リスクも厭わずに引き締めに動くのは、11月までにインフレ対策に成果を上げたいからだと考えられる。

日本の物価対策

さて、日本はまだ物価上昇率が3%だとしても、日本政府はやはり物価抑制を重視する方向に向かうだろう。日本の物価上昇圧力が輸入インフレに端を発していることを考えると、ひとつは円安是正が検討されると予想できる。これは、金融政策に関しても方針転換になるかもしれない。

さらに、政治的には、野党などから追加給付が浮上する可能性もある。与党もこうした圧力に反応する可能性はある。経済学では、物価上昇に対して、減税で応じてもインフレ圧力を加速させるだけだと明快に答えられるが、この発想は給付金を止める理由として弱い。

もうひとつ、賃上げもさらに重視させるだろう。円安防止・給付金よりも、筆者は本質的な対応は、賃上げのさらなる加速だと考える。2022年に賃上げを加速できれば、2023年度の年金給付も金額を増やせる。せっかく円安によって、輸出産業の決算は追い風を受けているのだから、その効果を賃上げの加速に回したい。今までは円安を理由に、賃上げ・ベースアップはしないという考え方が定説であったが、ここを何とか変えることが政策的焦点になっていくだろう。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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