「躓いた」では済まないかもしれない中国経済

~ゼロ・コロナ戦略の悪影響の長期化懸念に加え、同国においても「分断」が生まれるリスクにも要注意~

西濵 徹

要旨
  • 今年の中国は、共産党大会を控えるなど政治的に重要な時期を迎えるなど経済の安定が重視されている。コロナ禍対応を巡って同国では「ゼロ・コロナ」戦略が維持されてきたが、昨年末以降は感染再拡大の動きが広がり、足下では上海市で都市封鎖が実施されるなど苦戦が続く。GDPの2割程度の都市で都市封鎖が実施されるなか、足下の企業マインドは総じて下振れするなど景気への悪影響が長引く可能性が出ている。
  • 足下では製造業のみならず、GDPの半分強を占めるサービス業の企業マインドも大幅に調整するなど景気は下振れしている。製造業とサービス業を合成した総合PMIも1-3月は50を下回るとともに、世界金融危機直後並みの水準に低下している。都市封鎖の長期化はサプライチェーンを通じて市民生活にも悪影響を与えており、影響が長期化する懸念もくすぶる。都市封鎖の長期化により市民の間に当局のゼロ・コロナ戦略への不満が高まる動きもみられ、政治の季節を控えるなかで「中国ルール」が行き詰まる可能性もあろう。

今年の中国を巡っては、秋に開催予定の共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会)を控えており、同大会において習近平指導部は3期目入りを目指すなど政治的に重要な時期を迎えている。通常、このように政治的に需要な年は経済運営面でなにより安定が重視される傾向があり、先月の全人代(第13期全国人民代表大会第5回全体会議)でも政策の総動員による景気下支えを目指すとともに、習近平指導部が掲げる『共同富裕』の実現が強調されるなど、経済の安定を優先する姿勢が示された(注1)。他方、一昨年以降における世界経済の混乱の元凶となったコロナ禍を巡っては、中国は当初における感染拡大の中心地となったことを受けて、徹底した検査及び隔離に加え、感染爆発に際して都市封鎖(ロックダウン)の実施といった『ゼロ・コロナ』戦略による封じ込めを図る対応を採ってきた。世界的にはワクチン接種の進展を追い風に、経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略への転換を図る動きが広がりをみせているものの、上述のように政治的に重要な時期を控えるなか、中国では『制圧』を前提とするゼロ・コロナ戦略の旗を降ろすことが出来ない状況が続いている。結果、昨年末以降は感染力の強いオミクロン株による感染拡大の動きが世界的に広がりをみせるなか、同国においても散発的に感染拡大の動きが確認され、その度に局所的に都市封鎖が実施されるなど経済活動に悪影響が出る動きが確認されてきた。さらに、2月には香港が感染爆発状態に陥り、その後は感染が隣接する広東省深圳市に広がるとともに、足下では同国最大の都市である上海市が感染爆発状態に見舞われており、同市全土で都市封鎖が実施されるなど、景気動向に深刻な悪影響が出ることが懸念される。なお、足下の新規陽性者数はその大宗を無症状者が占めるものの、有症状者を含めれば足下の水準は一昨年前半の感染爆発時を上回るなど急速に感染動向は悪化している。足下では中国全土の20を上回る都市で全面的ないし部分的な都市封鎖が実施され、これらの都市の住民は2億人弱に達しており、域内総生産の国内総生産(GDP)に占める割合は2割強に達すると見込まれるなど、これらの都市での経済活動の停滞は景気の足かせとなることは避けられない。報道によれば、感染対策を目的とする交通制限のほか、旅行者に対する検査義務付けなどが影響して、今月初めの清明節連休中の国内旅行者数は5,378万人と前年同期比▲63%となっており、コロナ禍前の2020年と比較しても約1割下回っている。足下の企業マインドを巡っては、当局によるゼロ・コロナ戦略の影響で総じて下押し圧力が掛かる動きが確認されるなどその弊害が顕在化しているが(注2)、その影響は長引く可能性も懸念される。

図 1 中国本土における新規陽性者数の推移
図 1 中国本土における新規陽性者数の推移

世界経済の動向に影響を与えやすい中国の製造業を巡っては、当局によるゼロ・コロナ戦略の拘泥が足かせとなる形で内・外需双方に悪影響を与えるとともに、サプライチェーンを通じて影響が国内外に伝播する可能性が高まっている上、ウクライナ問題の激化を受けた国際商品市況の高止まりも重なり急速にマインドが冷え込んでいる(注3)。なお、中国のGDPを巡っては、2012年にサービス業をはじめとする第3次産業が製造業など第2次産業を上回って以降、第3次産業の比率が高まるなど経済のサービス化が進んでおり、ここ数年は第3次産業の割合が5割を上回るなどサービス産業の動向が景気を左右する度合いが高まっている。こうしたなか、3月の財新サービス業PMI(購買担当者景況感)は42.0と前月(50.2)から▲8.2ptと大幅に低下して7ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる水準を下回るなど、景気が急速に冷え込んでいる様子がうかがえる。製造業と同様に内・外需双方で受注動向が悪化している上、国際商品市況の高止まりの動きは調達コストの上振れを招いている一方、商品価格への転嫁が当局により事実上禁止されるなど企業業績の圧迫要因となる動きがみられる。他方、製造業においては人手不足や物流の混乱などを受けて人海戦術により対応するなど雇用を拡大させる動きが確認されているものの、サービス業については雇用が底打ちする動きはみられるも依然として調整圧力がくすぶるなど、製造業とは対照的な動きがみられる。足下においては大都市部などを中心にサービス業が重要な雇用の創出源となっていることを勘案すれば、この調整の動きは家計消費など内需の足かせとなる状況は変わらず、先行きにおける景気回復を鈍らせる可能性はくすぶる。製造業とサービス業を統合した総合PMIも、1-3月は48.0とコロナ禍の影響が最も色濃く現われた一昨年1-3月(42.0)以来となる50を下回る水準となっており、過去に遡れば世界金融危機の影響がくすぶる2009年1-3月(47.6)並みの水準となるなど極めて厳しい状況にあると判断出来る。さらに、上述のように足下でも多くの都市において都市封鎖が実施されるなど幅広く経済活動の足かせとなる動きが続いており、サプライチェーンが大きく混乱するとともに、市民生活にも悪影響が出ている様子が確認されるなど、景気への下押し圧力が長期化する可能性も高まっている。その意味では足下の中国経済は『躓き』では済まされない状況に陥ることが懸念される。他方、コロナ禍対応を巡っては、世界的に国民の間に分断を生むなど各国政府に難題を突き付ける一方、中国においては事実上の言論統制とプロパガンダを通じて当局が固辞するゼロ・コロナ戦略に有無を言わせない雰囲気が醸成されてきたとみられる。しかし、ゼロ・コロナ戦略の弊害が顕在化するなかで国民の間に不満が高まる動きもみられるなど、上述のように政治の季節を控えるなかで『中国ルール』が行き詰まりをみせることも考えられる。

図 2 財新製造業・サービス業 PMI の推移
図 2 財新製造業・サービス業 PMI の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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