ウクライナ問題は先がみえないなかでロシアの行く先はどうなるか

~経済問題が「説明変数」にないなかで先行きはみえず、あらゆる事態を想定に入れておく必要がある~

西濵 徹

要旨
  • このところのロシアはウクライナ問題の「当事国」としてその動きが注目される。ウクライナとロシアは伝統的に関係が深い一方、2014年のウクライナ騒乱を機にロシアはクリミア半島やドンバス地域への関与を強めた。ドンバス戦争は「ミンスク合意」により停戦合意に至るも和平プロセスは前進せず、散発的に衝突が起こる展開が続いた。こうしたなか、ロシアは昨年末以降ウクライナ周辺で大規模軍事演習を実施して欧米との関係が悪化してきた。21日にはプーチン大統領は同国東部の親露派地域の独立を承認するとともに、同地域に平和維持活動を目的とする派兵を決定し、ミンスク合意は事実上破たんして緊張状態が強まっている。
  • ここ数年のロシアは欧米の経済制裁に加え、新型コロナ禍も重なり景気に下押し圧力が掛かる展開が続いた。しかし、足下では感染収束にほど遠いながら、原油高が景気の底入れを促すと期待されるなか、昨年の経済成長率は+4.7%と13年ぶりの高成長となった。他方、足下では物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念があるなか、欧米による追加制裁は景気の足かせとなることは避けられない。ただし、ロシアはエネルギーを巡ってEU諸国の経済活動の事実上の生殺与奪権を握るなかで「足元」をみているとみられる。ロシアにとってウクライナ問題は経済問題ではなく、経済制裁が効かない問題になっていると言える。
  • プーチン氏は一昨年の国民投票を経た改憲により事実上の「永世大統領」化が可能となり、表面的に権力基盤は盤石とみられる。しかし、新型コロナ禍を経て反発がくすぶるなか、年明け直後のカザフでの「政変」はプーチン氏に退任後を意識させた可能性がある。現時点においてロシアと欧米の全面衝突に発展する可能性は低いとみられるが、散発的な衝突が思わぬ形に発展するリスクは頭の片隅に入れておく必要がある。

このところのロシアを巡っては、ウクライナ問題の『当事国』としてその一挙一動に注目が集まっているほか、その行方は原油や天然ガスなどエネルギー資源のほか、小麦やトウモロコシなど穀物など国際商品市況に影響を与えることで、世界経済の動向を大きく左右することが懸念される。ウクライナとロシアを巡っては、9世紀後半から13世紀半ばにかけて存在したキエフ大公国(ルーシ)を『文化的祖先』とするなど伝統的に関係が深く、第2次世界大戦後はともにソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)を構成してきた経緯がある。なお、ウクライナはソ連崩壊を経て独立した後、ロシアなどCIS(独立国家共同体)諸国と限定的に軍事的な提携関係を結ぶ一方、NATO(北大西洋条約機構)とも提携(平和のためのパートナーシップ)するなど『等距離外交』による中立国を標ぼうしてきた。しかし、2013年に当時の親露派のヤヌコーヴィチ政権によるEU(欧州連合)との政治・貿易協定の調印見送り及びロシアとの経済関係緊密化に動いたことを契機に、反政府デモが活発化して翌14年のウクライナ騒乱に発展したほか、最終的に政権が崩壊して親欧米派の暫定政権(トゥルチノフ暫定政権)が発足した。他方、ロシアにとってウクライナはNATOとの『緩衝地帯』であるなど同国の親欧米化を警戒してきたなか、ウクライナ南東部のクリミア半島(クリミア自治共和国)のほか、東部のドンバス地域において親欧米派暫定政権に対する反発が強まるとともに、武力衝突に発展した。なお、クリミア半島のセヴァストポリはロシア海軍にとって対欧米戦略の最前線である黒海艦隊の拠点であり、ロシアはこの『保護』を目的にクリミア半島に侵攻して同地の反政府勢力を支援したほか、その後は反政府勢力が全域を掌握してクリミア共和国としてロシア連邦に編入する事態に発展した(ウクライナは反発)。また、ドンバス戦争を巡っては、その後に当事者間で合意された「ミンスク議定書」及び欧州諸国も署名した「ミンスク2」を経て停戦合意に至ったものの、同議定書では親露派住民による支配地域(ドネツク州の一部及びルガンスク州の一部)に自治権を与えるとされた。ただし、その後の両国関係を巡っては、ロシアはクリミア返還に関する協議に応じることはなく、一方のウクライナも親露派地域の自治権付与に必要な法整備(憲法改正)も進まないなど和平プロセスは中断しており、散発的に衝突が繰り広げられる状況が続いてきた。ウクライナでは2019年の大統領選でコメディアン出身のゼレンスキー大統領が誕生し、ポロシェンコ前政権下で進めた軍備増強を維持しつつ、EUやNATOとの交流を深めるなど親欧米路線を進める一方、ドンバス戦争を巡ってはロシアとの協議による戦争終結を目指す考えをみせたものの、現実にはこう着状態が続いてきた。こうしたなか、ロシアは昨年末以降にウクライナの国境付近に大規模の軍隊を集結させて演習を実施したほか、今月にはウクライナに隣接するベラルーシにおいて両国による大規模な軍事演習を実施するなど『圧力』を強める動きをみせており、欧米との関係が急速に悪化する事態を招いている。さらに、21日にロシアのプーチン大統領はウクライナ東部の親露派地域(ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国)の独立を承認する大統領令に署名したほか、ロシア軍に対して同地域における平和維持活動を命令しており、上述した「ミンスク合意(ミンスク議定書及びミンスク2)」は事実上破たんした格好である。

ここ数年のロシア経済を巡っては、欧米諸国による経済制裁が経済活動の足かせになってきたほか、一昨年以降は新型コロナ禍も相俟って下押し圧力が掛かる展開が続いてきた。しかし、足下においては新型コロナ禍の克服にはほど遠い状況が続いているものの、ウクライナ問題の深刻化も理由に原油をはじめとする国際商品市況は高止まりしており、交易条件の改善は景気の追い風になることが期待される。なお、2021年の経済成長率は+4.7%と前年(▲2.7%)から2年ぶりのプラス成長に転じるとともに、13年ぶりの高成長となっている。統計上のプラスのゲタが+0.8ptであると試算されることを勘案すれば、実力ベースの成長率も+4%弱と久々の高い成長率になったと考えられる。しかし、足下の企業マインドを巡っては、GDPの半分以上を占めるサービス業を中心に弱含む展開が続いており、その背景には昨年来の新型コロナ禍からの景気回復に加え、国際金融市場における通貨ルーブル安も追い風にインフレが昂進する一方、中銀はルーブル相場の安定や物価抑制を目的に断続的に利上げを実施しており、物価高と金利高が共存するなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっていることがある。さらに、足下のルーブル相場を巡っては原油価格の上昇にも拘らず、ウクライナ問題の不透明感が高まっていることを理由に欧米による追加的な経済制裁を警戒して調整圧力が掛かっており、原油高の効果を相殺して余りある展開が続いている(注1)。先行きについては、上述のミンスク合意の事実上の破たんを受けて欧米諸国がロシアを対象とする追加経済制裁に動く姿勢を示しているほか、事態が一段と深刻化する可能性も考えられることで欧米諸国が一段と厳しい経済制裁に動くことも考えられる。また、ロシア経済を巡っては輸出の大宗を原油及び天然ガスをはじめとするエネルギー資源が占めている上、その輸出先を巡っても約4割をEU諸国が占めており、仮にEU諸国が経済制裁を通じてロシアからのエネルギー資源の輸入停止に動けばロシア経済に深刻な悪影響が出ることは避けられない。他方、EU諸国にとってはエネルギー資源の4割程度を占めるなど、経済活動面で事実上の生殺与奪権をロシアに握られていることを勘案すれば、そうした対応に出るかは極めて不透明であり、結果的にロシアがEU諸国の『足元』をみる一因になっているとみられる。ただし、いずれにせよ欧米諸国による一段の経済制裁は不可避とみられ、ロシア経済の足かせとなることは避けられないものの、ロシアにとってウクライナを巡る問題は『安全保障』上の問題であり、経済問題が説明変数の外にあることを勘案すれば経済制裁を理由にウクライナへの『圧力』を踏み止まる理由はないのが実情であろう。

図 1 製造業・サービス業 PMI の推移
図 1 製造業・サービス業 PMI の推移

図 2 ルーブル相場(対ドル)の推移
図 2 ルーブル相場(対ドル)の推移

プーチン大統領を巡っては、一昨年に実施された国民投票を経て憲法改正が成立しており、再来年に実施される次期大統領選にプーチン氏が出馬することが可能な上、仮に当選すれば2036年まで大統領で居続けるなど事実上の『永世大統領』を見据えた動きもみられるなど表面的には盤石な体制を整えている(注2)。ただし、プーチン政権に対する支持率は依然として高水準ではあるものの、ここ数年は支持率が低下傾向を強めるなかで反政府運動が散発的に発生しているほか、新型コロナ禍を経てそうした『マグマ』がくすぶる動きもみられる。さらに、今年初めには中央アジアのカザフスタンにおいて反政府デモの動きが活発化し、そうした動きは2019年の大統領退任後も事実上の国家指導者となってきたナザルバエフ前大統領に対する批判に発展したため、その後にナザルバエフ氏が失脚するなど『政変』に発展したことも無関係ではないと考えられる(注3)。ナザルバエフ氏を巡っては、旧ソ連時代から共産党中央委員であり、ソ連崩壊による独立後も長年に亘りカザフスタンを統治するなどプーチン氏が尊敬する政治家のひとりであるとされる一方、上述のようにその『晩節』が予想外の形で急変したことはプーチン氏にとって『退任後』を意識させた可能性がある。上述のように、ロシアとウクライナは『文化的祖先』を共有するなど、ロシアにとってウクライナは『兄弟国』であり、安全保障面ではNATOとの『緩衝地帯』であることを勘案すれば、下手な妥協はプーチン氏にとって足をすくわれる一因ともなり得る。現時点においてウクライナ問題がロシアと欧米による全面的な武力衝突に発展する可能性は依然低いと見込まれるものの、散発的な武力衝突が繰り返されるなかで動きが激化する可能性はくすぶり、思わぬ形に影響が波及することを頭の片隅に入れておく必要性は高まるであろう。

図 3 ロシア国内における感染動向の推移
図 3 ロシア国内における感染動向の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ