- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- 円と対照的な値動きをみせるウォンの行方を左右する韓国中銀人事
- Asia Trends
-
2026.08.24
アジア経済
原油
アジア経済見通し
アジア金融政策
韓国経済
株価
為替
イラン情勢
円と対照的な値動きをみせるウォンの行方を左右する韓国中銀人事
~「タカ派」の上級副総裁の交代後も追加利上げの可能性は残り、ウォンは強含みが続くか~
西濵 徹
- 要旨
-
- 2026年の韓国株式市場はAI・半導体関連投資を背景にKOSPIが一時最高値を更新する一方、個人投資家の海外資産購入拡大や外国人投資家の為替ヘッジ売りにより、ウォンは世界金融危機以来の安値まで下落し、円安が続く日本と似た「株高・通貨安」の構図となっていた。
- しかし、こうした状況は大きく変化している。4月に総裁に就任した申鉉松氏の下で中銀の姿勢は変化している。5月会合ではドットチャートが利上げ志向を示唆、7月会合では3年半ぶりの利上げに踏み切った。総裁は追加利上げの可能性も示唆し、ウォン相場は底入れの動きを強めた。7月末の日米協調介入に韓国当局も同調したことも追い風となり、ウォンは対円でも2年ぶりの高値をつけるなど、日本円とは対照的な強含みの動きを見せている。
- 8月21日、タカ派として知られた柳相大氏に代わり権民秀氏が上級副総裁に就任した。柳氏は退任前会見で、需要主導型インフレへの懸念やウォン安是正の必要性を挙げ、追加利上げの可能性が高いとの見方を明確に示していた。一方、権氏は就任会見において、金融安定・景気・物価のバランスを踏まえた「慎重かつ柔軟」な政策運営を強調し、自身の政策スタンスについては明言を避けるなど、柳氏に比べるとタカ派色は弱いとみられる。
- もっとも、外需主導の堅調な景気、原油高やスーパーエルニーニョによる食料価格上昇懸念、「N%成果給」導入の広がりによる賃金インフレ圧力など、追加利上げを後押しする材料は多い。中銀が追加利上げに動く可能性は高く、ウォン相場は今後も円と異なり強含みで推移することが見込まれる。
【日本と同じく「株高、通貨安」が続いた流れは大きく変化している】
2026年の韓国金融市場においては、世界的なAI(人工知能)・半導体関連投資の旺盛さを追い風に、時価総額上位の半導体関連株の上昇が相場をけん引して主要株価指数(KOSPI)が最高値を更新するなど活況を呈した。一方で、若年層を中心とする個人投資家はここ数年、外国株をはじめとする海外資産の購入を拡大したほか、韓国株の購入を拡大した外国人投資家による為替ヘッジのためのウォン売りも重なり、通貨ウォン相場への下押し圧力が強まった。その結果、ウォン相場は一時、世界金融危機以来の安値を更新するなど、活況を呈する株式市場とは対照的な動きをみせた。こうした「株高・通貨安」の構図は、円安基調が続く日本と似た動きをみせてきた。
しかし、このところのウォン相場を取り巻く環境は大きく変化している。背景には、4月に韓国銀行(中銀)の総裁に申鉉松(シン・ヒョンソン)氏が就任したことがある。申氏は、金融行政や中銀業務に精通しており、過剰レバレッジに関する論文を多数執筆し、過去には世界金融危機の発端となったリーマン・ブラザーズの破綻を予測したことで知られる。韓国ではここ数年、首都ソウルを中心とする不動産価格の急騰が社会問題化しているうえ、その背後で家計債務はGDP比で9割に達するなど過剰債務への懸念が高まっている。加えて、イラン情勢の悪化を受けた原油高をきっかけにインフレも顕在化している。申氏の総裁就任後初の定例会合(5月会合)では、中銀は政策金利を据え置いたものの、同時に公表したドットチャートでは、政策委員が利上げを志向するなど「タカ派」に傾斜している様子が確認された。
中銀は7月会合で3年半ぶりの利上げに舵を切るとともに、申氏は、会合後の記者会見において景気の堅調さを踏まえて追加利上げに動く可能性を示唆した(注1)。その結果、その後のウォン相場は追加利上げ観測を反映して持ち直しの動きを強めている。7月末には、日本と米国による協調介入を受けて米ドル相場は調整したが、その際に韓国当局も協調したこともウォン相場の底入れを後押しした。なお、協調介入を追い風に円相場も大きく持ち直したものの、その後は日本銀行の政策運営に対する見方が上値を抑える展開が続いている。このため、ウォンは日本円に対しても持ち直しており、足元では2年ぶりの高値となるなど対照的な動きをみせている(図1)。

【「タカ派」であった柳前上級副総裁の交代でウォン相場はどうなるか】
こうしたなか、中銀では8月21日に上級副総裁に権民秀(クォン・ミンス)氏が就任した。前任の上級副総裁であった柳相大(ユ・サンデ)氏は、金利据え置きを決定した5月会合で利上げを主張するなど、政策委員のなかでもタカ派に位置していたとされる。柳氏は、退任前に行われた記者会見において、先行きの政策運営について「特別なショックや要因がなければ、追加利上げが行われる可能性は高い」、「金融政策は事前見通しに基づいて先手を打って実施されるため、景気と物価の見通しを踏まえれば、追加利上げを行うことになるだろう」との見方を示した。足元の物価動向についても「イラン情勢に起因する供給ショックよりも、需要主導型のインフレを懸念している」との見方を示した(図2)。そして、8月27日に開催される次回会合について「仮に自分が出席するのであれば、政策判断の材料に輸出とクレジットカード支出のデータに注目する」、「足元のウォン高や株式市場のボラティリティに関して議論が行われる可能性はあるが、政策判断の重要な要因ではない」との考えを示した。また、足元のウォン相場については「依然としてウォン安水準にとどまり、物価に大きな圧力をかけ続けている」と指摘するなど、ウォン安修正の観点から追加利上げが必要になるとの認識を示した。

一方で、権氏は就任会見において、先行きの政策運営について「金融の安定性に加え、景気と物価を考慮しなければならず、利上げには政策効果が期待される一方、副作用をもたらす可能性がある」、「政策決定は非常に慎重に、必要ならば柔軟に行うべき時期である」と述べるなど、前任の柳氏と比べて慎重な姿勢がうかがえる。足元の経済について「想定以上に力強く成長しており、物価も中銀目標を上回っており、金融安定リスクも残っている」と指摘するとともに、政策判断の要因に「為替相場のボラティリティと地政学リスク」も挙げた。そのうえで、自身の政策スタンスについて問われると「経済状況とデータに基づいて判断する」と述べるなど明言を避けた。また、足元のウォン相場について「経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は一段の上昇を示唆しているものの、様々な外部要因があるなど考慮すべき政策変数になる」との見方を示した。
このように、権氏は前任の柳氏に比べてタカ派度合いは弱く、今後は政策委員7人のバランスが変化することが予想される。足元の景気は外需をけん引役に堅調な動きが続いており(図3)、対外収支の底堅さを材料にウォン相場が強含みしやすい状況にあると判断できる。一方、イラン情勢は不透明な状況が続くなど原油価格は高止まりしている。また、スーパーエルニーニョの発生により、韓国では高温や少雨による悪影響が農業生産に出るほか、世界的な干ばつや洪水による食料価格の上昇によるインフレ懸念も高まっている。加えて、半導体産業の一部企業で営業利益などの一定割合(N%)を従業員の成果報酬の原資とする「N%成果給」が導入され、他産業において導入を求める動きが広がるなど、賃金インフレ圧力が広がりをみせる可能性も高まっている。中銀が追加利上げに動く可能性は高まっており、先行きもウォン相場は強含みすることで円と異なる動きをみせる展開が続くことが予想される。

注1 7月16日付レポート「韓国中銀は3年半ぶりの利上げ実施、追加利上げにも含み」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
中国政府・中銀が連名で内需喚起策発表も、大規模対策には距離 ~中小・零細民間企業や家計への支援拡充も、大規模な景気刺激策には慎重姿勢~
アジア経済
西濵 徹
-
台湾・7月輸出受注、半導体などをけん引役に過去最高額に(Asia Weekly) ~世界的なAI・半導体関連投資の旺盛さが輸出受注を押し上げる展開が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
インド中銀、政策委員の間で将来的な利上げ可能性の認識が広がる ~8月会合は全会一致で据え置きも、先行きの政策運営に対する見方に違いが広がる~
アジア経済
西濵 徹
-
雇用悪化でRBAの早期利上げ観測後退も、豪ドル相場はどうなる? ~物価上昇リスクは山積、年内の追加利上げ可能性は残ることに要注意~
アジア経済
西濵 徹
-
インドネシア中銀、政府の成長重視路線に歩調をあわせ様子見維持 ~2027年度予算案は成長重視と財政規律の「二兎」を追うも、その実現のハードルは高い~
アジア経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
アジア・パシフィック経済マンスリー:2026年8月 ~AI需要が外需をけん引、インフレは多くの国で鈍化~
アジア経済
阿原 健一郎
-
中国政府・中銀が連名で内需喚起策発表も、大規模対策には距離 ~中小・零細民間企業や家計への支援拡充も、大規模な景気刺激策には慎重姿勢~
アジア経済
西濵 徹
-
インド中銀、政策委員の間で将来的な利上げ可能性の認識が広がる ~8月会合は全会一致で据え置きも、先行きの政策運営に対する見方に違いが広がる~
アジア経済
西濵 徹
-
雇用悪化でRBAの早期利上げ観測後退も、豪ドル相場はどうなる? ~物価上昇リスクは山積、年内の追加利上げ可能性は残ることに要注意~
アジア経済
西濵 徹
-
インドネシア中銀、政府の成長重視路線に歩調をあわせ様子見維持 ~2027年度予算案は成長重視と財政規律の「二兎」を追うも、その実現のハードルは高い~
アジア経済
西濵 徹

