南アフリカ統一地方選、与党ANCは得票率半数割れの厳しい結果に

~経済活動の制約要因の山積に加え、今後は政治動向もランド相場の混乱を招く可能性に要注意~

西濵 徹

要旨
  • 南アフリカ経済は昨年、新型コロナ禍に伴い大きく下振れしたが、年明け以降は変異株の脅威に晒されるも強力な感染対策を回避したほか、商品市況の上昇も追い風に景気は底入れしている。他方、ワクチン接種は大きく遅れているにも拘らず、足下の新規陽性者数は鈍化するなど感染動向は改善している。ただし、電力不足や労働組合によるスト実施、インフレ懸念などが企業マインドの重石となるなど課題は依然山積する。
  • 同国政界では民主化以降一貫してアフリカ民族会議(ANC)が与党の座にあるが、ここ数年はズマ前大統領を巡る汚職疑惑、長期にわたる景気低迷などを理由に支持率低下が続く。「反ズマ」を掲げるラマポーザ大統領の下で改革の進展が期待されたが、党内分裂懸念がくすぶるなか、7月にはズマ氏の収監を巡り暴動が発生するなど政治混乱も表面化した。こうしたなか、今月初めに実施された統一地方選でANCの得票率は初めて半数を下回るなど一段の退潮が確認されるなど政治混乱が高まる可能性もある。足下のランド相場は商品市況の上昇が下支えするが、山積する制約要因に加え、政治動向が左右することも懸念される。

昨年の南アフリカを巡っては、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)による世界経済の減速、それに伴う国際商品市況の低迷、同国内での感染拡大を受けた都市封鎖(ロックダウン)の実施や国境封鎖など厳格な感染対策も理由に、経済成長率は▲6.4%と世界金融危機の影響が色濃く現われた2009年以来のマイナス成長となり、マイナス幅も過去最大となるなど深刻な景気減速に直面した。なお、同国では感染拡大の広がりを受けて感染力の強い変異株(β株)が発生したほか、年明け以降も別の変異株(γ株)の流入を受けて感染が再拡大したため、政府は感染対策を目的に行動制限の再強化に追い込まれる一方、実体経済への悪影響を極小化すべく都市封鎖など強力な対応を回避する姿勢をみせた。他方、昨年後半以降の欧米や中国など主要国を中心とする世界経済の回復が進んだことに加え、全世界的な金融緩和を追い風に国際金融市場が『カネ余り』の様相を強めるなかで国際商品市況は上昇するなど、南ア経済にとっては交易条件の改善が国民所得を押し上げる動きがみられた。こうした状況も追い風に、昨年後半以降の経済成長率は前期比年率ベースで4四半期連続のプラス成長となるなど景気は着実に底入れするなど同国経済は最悪期を過ぎる動きをみせてきた。しかし、6月以降は変異株の流入により感染が急拡大する事態となったほか、新規陽性者数の急拡大による医療インフラのひっ迫が顕在化したことを受けて死亡者数の拡大ペースも加速するなど感染動向が急激に悪化する事態に直面した。欧米など主要国においてはワクチン接種の進展が経済活動の正常化を後押ししている一方、同国をはじめとするアフリカ諸国ではワクチン接種が遅れる展開が続いている。事実、今月5日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は21.48%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も26.40%とワクチンにアクセス出来た国民が3割以下に留まるなど、極めて厳しい状況にある。足下のワクチン接種率は緩やかに上昇する動きが続いているものの、世界平均には遠く及ばない状況となっている上、いわゆる集団免疫の獲得に必要となる水準への到達には相当時間を要すると見込まれるなど厳しい展開の長期化が懸念された。ただし、新規陽性者数は7月初旬にかけて急拡大する動きをみせたものの、その後はワクチン接種が遅れている状況にも拘らず一転して頭打ちしており、足下では人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は5人とピーク(7月8日時点の335人)から大きく低下しているほか、新規陽性者数の低下に伴う医療インフラのひっ迫緩和を受けて死亡者数も鈍化するなど感染動向は大きく改善している。こうした感染動向の改善も追い風に、足下では人の移動が活発化するなど景気の底入れを促す動きがみられる。一方、足下の企業マインドを巡っては慢性的な電力不足を理由とする計画停電の実施のほか、労働組合によるスト実施が重石となる形で下押し圧力が掛かるなど、様々な課題が山積するなかで一朝一夕には事態が進展しにくい事情もうかがえる(注1)。さらに、足下では原油をはじめとする国際商品市況の上昇を理由にインフレ圧力が強まる動きがみられるほか、電力不足のみならず、サプライチェーンの混乱も重なり原材料不足も発生するなど景気の足かせとなる動きも顕在化している。その意味では、南アフリカ経済にとっては新型コロナ禍の影響は後退しつつあるものの、乗り越えるべき課題は依然として山積していると捉えられる。

図 1 ワクチン接種率の推移
図 1 ワクチン接種率の推移

図 2 南アフリカ国内の感染動向の推移
図 2 南アフリカ国内の感染動向の推移

図 3 製造業 PMI 及び全産業 PMI の推移
図 3 製造業 PMI 及び全産業 PMI の推移

なお、同国政界においては1994年に民主化に移行して以来、アパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃運動のリーダーでその後に大統領に就任したマンデラ氏が率いたアフリカ民族会議(ANC)が一貫して与党の座を死守する展開が続いてきた。しかし、2009年に大統領に就任したズマ前大統領を巡っては、就任以前から様々なスキャンダルが取り沙汰されてきたものの、就任後も様々な汚職疑惑が噴出したことで支持率の急落を招いた。さらに、2017年末に実施されたANC議長(党首)選において『反ズマ』の姿勢を掲げたラマポーザ氏(当時は副大統領)が選出されたほか(注2)、その後は党内における派閥争いが激化し、2018年にはズマ氏が任期満了を前に大統領職の辞任に追い込まれる事態に発展した(注3)。ズマ氏が退任した後の大統領にはラマポーザ氏が就任したものの、上述のようにANC議長選において党内を二分する激しい選挙戦が展開されたこともあり、事前にはラマポーザ氏の下で構造改革や政治刷新などの取り組みが進むと期待されたものの、蓋を開ければ党内宥和に配慮した対応に終始するなど取り組みは中途半端なものに留まり国際金融市場の期待ははく落した。加えて景気も力強さを欠く展開が続いて政権支持率は低調な推移をみせた。2019年に実施された議会下院(国民議会)総選挙においては、ANCは半分を上回る議席数を維持するとともに、同時に9ヶ所で開催された地方選においても8ヶ所で政権の座を死守したものの(注4)、得票率は57.50%と民主化以降で最低水準となるなど逆風に晒されていることが示された。また、同選挙においては黒人が支持層の大宗を占める左派政党のEEF(経済的開放の闘士)が得票率を大きく積み上げるなど、ANCが失った票の『受け皿』になったことが明らかになったが、同党はポピュリズム色の強い過激な主張を繰り返していることを勘案すれば、人種間の社会経済格差の大きさなどを理由に国民の間の不満が根強いことを反映している。なお、ズマ前大統領は検察による捜査を経て16の罪状で起訴されたが、昨年初めに予定された公判前整理手続きを病気による海外療養を理由に出廷しなかったため、その後に憲法裁判所は逮捕状を発布するなど審理は混乱した(逮捕状の執行は保留状態が続いた)。その後も憲法裁はズマ氏に対して調査委員会への出頭を命じるも、ズマ氏は容疑の否認に加えて協力を拒否したため、今年2月に調査委員会はズマ氏を法廷侮辱罪での収監を要求し、憲法裁は最終的に法廷侮辱罪で禁錮15ヶ月の有罪判決を下した。ズマ氏は7月はじめに警察に出頭したものの、ズマ氏の警察への出頭を巡っては多数の支持者が逮捕を阻止すべく私邸前に集まり混乱する事態となったほか、その後も支持者を中心にズマ氏の収監に反発する動きが広がり、最大都市ヨハネスブルクなどでは抗議運動が激化して暴動化するなど経済への悪影響が懸念される事態に発展した(注5)。上述のようにズマ氏は大統領の座を追われたものの、同氏は国内最大の民族(ズールー)出身でANCないでは党内左派を中心に隠然たる影響力を有しており、黒人貧困層を中心に根強い人気がある。一方、ラマポーザ大統領は少数民族(ベンダ)出身ながら、マンデラ元大統領の腹心としてアパルトヘイト撤廃運動を支えるとともに、実業界に転じた後に政界に復帰した異色の経歴を有するなど、都市部や経済界から支持を集めている。ラマポーザ氏の下で与党ANCは汚職疑惑の噴出した『ズマ派』幹部を相次いで追放して党内基盤を強化させる一方、党内の『ズマ派』は反発を強めている。ズマ氏は前回総選挙で躍進したEEFと関係が近いとされ、ANCの分裂や政界再編に発展する可能性も意識されている。こうしたなか、今月1日に実施された統一地方選では、与党ANCの得票率は46.04%と2016年に実施された前回の統一地方選(53.91%)から大きく低下するとともに、民主化以降で初めて半数を下回る水準となるなど厳しい結果が示された。最大野党のリベラル政党で支持層の大宗を白人が占めるDA(民主同盟)の得票率も21.84%と前回統一地方選(26.90%)から低下している一方、EEFの得票率は10.42%と前回統一地方選(8.19%)から上昇して総選挙に次いで二桁に乗せるなど、既存政党に対する批判票を集めた格好である。今回の統一地方選は2024年に予定される次期総選挙の『前哨戦』と目されていたが、ラマポーザ氏の下でも政権及び与党ANCの一段の退潮が確認されたほか、来年にはANCの次期議長選が予定されるなかでラマポーザ氏の責任論が高まる可能性もある。次期議長選ではANC内の『ズマ派』による揺さぶりが強まることも予想され、仮にラマポーザ氏が再選に失敗すれば大統領としての求心力が低下することは避けられず、結果的にラマポーザ氏が掲げた構造改革、政治刷新はとん挫することも考えられる。同国の通貨ランド相場を巡っては、同国経済が『資源国』であることも影響して国際商品市況の動向の影響を受ける一方、新型コロナ禍を理由に当局が財政及び金融政策の総動員を図った影響で経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが増しており、国際金融市場を取り巻く環境に左右されやすい特徴がある。足下のランド相場は国際商品市況の上昇が下支えする展開をみせているものの、今後は政治を巡る不透明感の高まりが懸念されるほか、電力不足をはじめとする様々な経済活動の阻害要因もくすぶるなかでランド相場の足かせとなる可能性に注意する必要性はこれまで以上に高まると予想される。

図 4 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移
図 4 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移

図 5 ランド相場(対ドル)の推移
図 5 ランド相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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