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2021.10.07
アジア経済
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マレーシア経済
マレーシア、すべての都市封鎖措置の解除に動く
~景気回復が期待される一方、輸出依存度を勘案すれば世界経済の動向に揺さぶられる状況が続く~
西濵 徹
- 要旨
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- マレーシアは新型コロナウイルスの感染拡大の中心地となったASEAN内で最も厳しい状況に直面するも、政局争いにより対応が後手を踏む状況が続いた。しかし、8月の政権交代後は国王の呼びかけもあり、新型コロナ禍対応を目的に一時休戦が図られた。他方、前政権の積極的なワクチン接種も影響して接種率は比較的高く、足下の感染動向は依然高水準ながら大きく改善しており、最悪期を過ぎたと捉えることが出来る。
- 現政権は発足直後から行動制限の段階的解除を模索する動きをみせており、先月には首都クアラルンプール周辺が都市封鎖の対象から外されたほか、今月からはすべての都市封鎖措置が解除された。行動制限の段階的解除を受けて企業マインドは底打ちしており、急ブレーキが掛かった景気の改善が期待される。輸出依存度の高さを勘案すれば世界経済の回復は景気の追い風になると期待される一方、通貨リンギ相場は中国依存度の高さが不安要因となる動きもみられ、当面は世界経済の動向に揺さぶられる展開が続こう。
マレーシアを巡っては、このところのASEAN(東南アジア諸国連合)諸国が感染力の強い変異株による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大の中心地となっているにも拘らず、国民を置き去りにした政局争いが与野党間のみならず、与党連合内でも噴出したことで感染対策が後手を踏む展開が続いてきた。8月には与党連合の枠組を巡る分裂騒動をきっかけにムヒディン前首相は辞任を発表する事態に追い込まれたものの(注1)、その後の政党間による協議を経てムヒディン前政権と同じ枠組による与党連合の下でイスマイルサブリ政権が発足されるなど(注2)、国民の『置き去り感』は一段と高まったとみられる。こうした経緯もあり、新政権の下でも与野党間の政局争いが激化することが懸念されたものの、新型コロナ禍対策の停滞を危惧したアブドラ国王が与野党双方に協力を呼び掛ける異例の要請を出したことを受けて、先月半ばに与野党は新型コロナ禍対応への集中を理由に政局争いの『一時休戦』に合意した(注3)。なお、ムヒディン前政権は年明け以降に非常事態宣言の発令に動くとともに、その後の感染動向の悪化を受けて6月には全土を対象とする都市封鎖(ロックダウン)の発動に踏み切ったものの、行動制限の長期化による『規制疲れ』も影響して規制の実効性は低下してきた。その結果、当初は首都クアラルンプールなど大都市部を中心に感染が拡大したものの、人の移動の活発化を反映して感染拡大の動きが医療インフラの脆弱な地方部に広がり、感染爆発状態に陥る事態に発展したと考えられる。他方、ムヒディン前政権はワクチン接種の積極化を図ってきたため、ASEAN内では比較的接種が前進してきたことに加え、イスマイルサブリ政権の下でも同様の対応が採られており、今月5日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は64.32%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も74.42%に達しており、ASEAN内ではともにシンガポールに次ぐ水準となっている。このようにワクチン接種が大きく進展していることも追い風に、8月末には人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)が670人を上回るなど感染爆発状態に陥っていたものの、その後は頭打ちの動きを強めており、足下では311人と依然高水準ながらピークの半分以下になるなど急速に鈍化している。新規陽性者数の急拡大に伴う医療ひっ迫も影響して9月の死亡者数は1万人弱に達するなど厳しい状況に見舞われたものの、足下では死亡者数の拡大ペースも鈍化するなど感染状況は大きく改善している。他方、足下では新型コロナ禍対策を巡る戦略変更をきっかけに、ASEAN内で最もワクチン接種が進んでいる隣国シンガポールで感染が再拡大して急激に感染動向が悪化するなど不透明感がくすぶる状況にあるものの(注4)、少なくともマレーシアに限れば最悪期を過ぎていると捉えることが出来よう。
なお、イスマイルサブリ政権は発足直後に『ポスト・コロナ』に向けた新型コロナ禍からの復興の道のりを4段階で占める「国家復興計画」を発表しており、感染状況に応じて行動制限を段階的に解除することで経済活動の再開を図る方針を示した。これに応じる形で先月初旬から複数の州及び連邦直轄地で行動制限の段階的解除が行われたほか、先月10日には首都圏のクアラルンプール、プトラジャヤ、セランゴールの3州が行動制限の解除対象となるとともに、ワクチン接種の完了を前提に域内における移動制限を解除するなど経済活動の再開に舵が切られた。なお、その後はシンガポールに隣接するジョホール州と北西部のクダ州のみ都市封鎖が継続される状況が続いたものの、今月1日からは最後まで都市封鎖の対象となってきたクダ州への制限も解除され、全土を対象とする都市封鎖措置はすべて解除された。さらに、マレーシアはASEANのなかでも外国人来訪者を中心とする観光関連セクターの比率が比較的高いなか(注5)、新型コロナ禍を経て疲弊した同セクターの立て直しを図るべく、先月半ばからはバブルプログラムの開始とともに北西部ランカウイ島への国内観光を再開するなどの動きもみられる。こうしたことから、6月からの全土を対象とする都市封鎖措置の実施を受けて大きく下押し圧力が掛かった製造業を中心とする企業マインドは、その後における行動制限の段階的解除を反映して底入れする動きをみせているものの、依然として好不況の分かれ目となる水準を下回るなど本調子にはほど遠い状況にある。上述のように経済活動の正常化に向けた動きが前進していることを勘案すれば、新型コロナウイルスの感染再拡大と全土を対象とする都市封鎖に伴い同国景気に急ブレーキが掛かったものの(注6)、景気の底入れが進むと期待される。さらに、マレーシアはASEAN内でもGDPに占める財輸出比率が相対的に高く、世界経済の影響を受けやすい上、足下では主力の輸出財である液化天然ガス(LNG)の国際価格は上昇傾向を強める動きをみせており、景気の追い風となり得る材料は多い。他方、同国は輸出の4分の1弱を中国向けが占めるなど中国経済への依存度が高く、足下では中国の不動産大手の恒大集団のデフォルト(債務不履行)懸念や中国経済の減速懸念などが国際金融市場の動揺を招くなかで通貨リンギ相場は上値の重い展開が続いている。マレーシアを取り巻く状況は改善が期待されるものの、金融市場については世界経済の動向に揺さぶられる展開が続くと予想される。
注1 8月16日付レポート「マレーシア・ムヒディン首相、政局争いの激化を受けてついに「陥落」」
注2 8月23日付レポート「マレーシア、「妥協の産物」としてのイスマイルサブリ新政権の発足」
注3 9月14日付レポート「マレーシア、新型コロナ禍対策を名目に政争は「一時休戦」に至る」
注4 9月29日付レポート「「ワクチン射てばOK」ではないことを示す韓国とシンガポールの動向」
注5 6月15日付レポート「感染拡大の中心地となりつつあるASEAN情勢を考察する」
注6 8月13日付レポート「マレーシア、「国民置き去り」の政局争いの背後で景気に急ブレーキ」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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