韓国中銀、景気及び物価予想を引き上げ、将来的な正常化に言及

~外需の回復が進むなか、ワクチン如何ながら内需を取り巻く状況も改善を予想している模様~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、主要国でワクチン接種に伴う経済活動の正常化が進む一方、新興国で変異株による新型コロナウイルスの感染再拡大が広がるなど好悪ともに材料がある。昨年後半以降の韓国経済は世界経済の回復を追い風に底入れしており、年明け以降も改善が続くなど新型コロナ禍の影響を克服している。ワクチン接種は依然遅れているが、政府は加速化を目指す取り組みを強化しており、仮にそうした動きが前進すれば韓国経済は「ポスト・コロナ」を見据えた足取りを強めることが期待される。
  • 足下では企業のみならず家計部門のマインドも改善するなど景気の加速が期待される動きがみられる。他方、不動産バブル懸念やインフレが顕在化する動きがみられるなか、中銀は27日の定例会合で政策金利を据え置いている。ただし、中銀は景気及び物価見通しを上方修正しており、中銀の李総裁も将来的な政策の正常化の必要性に言及した。当研究所も今年の経済成長率見通しを+3.9%と最新の中銀見通し(+4.0%)近傍を予想しており、来年にかけては金融引き締めが次第に意識されやすい展開になると想定される。

足下の世界経済を巡っては、欧米や中国といった主要国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染一服やワクチン接種を背景に経済活動の正常化が進むなど景気の底入れを促す動きがみられる一方、南アジアや東南アジアなどの新興国で感染力の強い変異株により感染が再拡大して行動制限が再強化されるなど、好悪双方の材料が存在している。なお、韓国経済はアジア新興国のなかでも構造的に輸出依存度が相対的に高く世界経済の動向に左右されやすい傾向があり、昨年の経済成長率は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)による世界経済の減速に加え、国内での感染拡大に伴う行動制限も相俟って▲1.0%と22年ぶりのマイナス成長となった1 。しかし、昨年後半以降は世界経済の回復を追い風に景気は底入れしてきたほか、年明け以降も主要国を中心に世界経済は一段と回復の動きを強めるなか、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+6.59%と3四半期連続のプラス成長となり、実質GDPの規模も新型コロナ禍の影響が及ぶ前の水準を上回るなど克服している2 。ただし、同国では先月以降に変異株による感染再拡大(第4波)の動きが顕在化しており、政府は行動規制を再導入する事態に追い込まれたため、家計消費など内需に悪影響が出ることが懸念された。なお、世界的にワクチン接種の動きが広がることで経済活動の正常化が進む動きがみられる一方、同国では国際スキーム(COVAX)を通じたワクチン調達が利用され供給が遅れる状況が続き、政府は当初の接種計画の後ろ倒しを余儀なくされている。その後はワクチン接種を加速されているものの、今月25日時点における人口100万人当たりのワクチン接種回数は11.5万回弱、完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は3.79%、部分接種率(少なくとも1回は接種した人の割合)も7.69%と依然世界平均(それぞれ5.16%、10.08%)を下回るなど、政府が掲げるワクチン接種計画(9月までに人口(5,200万人弱)の最低7割を対象に1回接種完了)実現のハードルは高い。なお、政府は新たなワクチン承認に動いているほか、米企業による国内でのワクチン生産で合意するなど調達の多様化を図る動きを強めている上、ワクチン接種の加速化を促すべく7月以降はワクチン接種をした人のマスク着用を不要とするほか、来月以降は少なくとも1回ワクチンを接種すれば大規模集会への参加も可能とするなどの方針を示している。また、先月以降は行動制限が再強化されているにも拘らず、人の移動は緩やかに活発化する動きがみられるなか、今後のワクチン接種が加速化することで経済活動の正常化に向けた動きが広がりをみせれば、足下では輸出の堅調さを背景に外需関連産業を中心に雇用回復の動きが進んでいることも相俟って、家計消費など内需の回復が促されることが期待される。よって、上述したように韓国経済はすでに新型コロナ禍の影響を克服しているなか、足下では『ポスト・コロナ』を見据えた段階に入りつつあると捉えることも出来よう。

図1
図1

図2
図2

図3
図3

こうした状況を反映して、外需関連産業を中心に企業マインドは急速に改善の動きを強める展開が続いており、企業部門による設備投資意欲も高まる動きがみられるなか、足下では雇用環境の改善も追い風に家計部門のマインドも新型コロナ禍の影響が及ぶ直前の水準に回復しており、内・外需双方で景気を押し上げることが期待される。他方、新型コロナ禍への対応として中銀が実施した異例の金融緩和を背景とする金融市場の『カネ余り』を追い風に、足下の不動産市況は首都ソウルを中心に昂進する展開が続いており、先月実施された首都ソウル及び第2の都市プサンの市長選においてはこの問題が文在寅(ムン・ジェイン)政権を支える与党・共に民主党から出馬した候補が惨敗する一因となった3 。さらに、昨年後半以降における国際原油価格の底入れの動きを受けて、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回るなどインフレが顕在化しており、過去2年以上に亘ってインフレ率がインフレ目標を大きく下回る推移が続いた状況は変化している。こうしたなか、中銀は27日に開催した定例の金融政策委員会において政策金利を8会合連続で過去最低水準の0.50%に据え置く決定を行っている。会合後に公表された声明文では、世界経済について「主要国の景気対策やワクチン接種の加速、経済活動の正常化を背景に回復の動きが加速している」としつつ、先行きは「世界経済及び国際金融市場は新型コロナウイルスの感染動向やワクチンの接種動向、それらに伴う各国の政策対応の影響を受ける」との見方を示した。一方、同国経済についても「旺盛な輸出や設備投資も活発化するなか、雇用環境の改善も追い風に回復が進んでいる」とした上で、先行きは「輸出や設備投資に加え、家計消費の改善も追い風に回復が進み、経済成長率は2月時点の見通し(+3%)を上回り+4%近傍になる」との見通しを示した。さらに、インフレ圧力の顕在化を受けて「インフレ率は2月時点の見通し(+1.3%)から1%台後半に上振れする」とインフレ見通しも上方修正している。なお、金融市場については「国内外の景気回復を受けて長期金利が上昇する一方、株価は堅調な推移が続いてきたが、通貨ウォン相場はわずかに下振れしている」とした上で、「家計債務は高い伸びが続いており、不動産市況は全土で上昇基調を強めている」と不動産バブルを警戒する姿勢をみせている。今後の政策運営については「金融市場の安定に留意しつつ中期的な景気回復と物価安定を目指す」との姿勢を維持する一方、「当面は景気が強含む一方で物価は高止まりが見込まれるが、新型コロナ禍を巡る不透明感が需要インフレ圧力は緩やかなものに留まる」とした上で、「緩和的な政策スタンスを維持する一方、資産市場や家計債務の動向に留意しつつ、主要国の感染対策の効果や実体経済の動向を見極める」として慎重な政策運営を維持する考えを示した。さらに、会合後に公表された最新の経済見通しでは、今年及び来年の経済成長率見通しを+4.0%、+3.0%と2月時点(それぞれ+3.0%、+2.5%)から上方修正したほか、インフレ率見通しは+1.8%、+1.4%と2月時点(それぞれ+1.3%、+1.4%)から今年のみ上方修正している。当研究所は今月公表した最新の経済見通しにおいて今年の経済成長率を+3.9%、来年は+2.7%とする予想をしており4 、今年は4%近傍の成長率となる可能性が高まっていると判断する。他方、会合後に記者会見に臨んだ同行の李烈柱(イ・ジュヨル)総裁は、先行きの政策運営を巡って「インフレが加速し、金融面での不均衡が拡大していることを受けて金融政策の正常化を検討している」と述べる一方、「マクロ経済環境と金融の安定性が変化するなかで秩序立った手段での金融政策の調整が重要」としつつ、「そのタイミングは正確には示すことが出来ず、景気回復動向次第」との考えを示した。景気の上振れが見込まれるなかで、来年にかけては金融引き締めが次第に意識される展開が予想される。

図4
図4

図5
図5

図6
図6

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ