ブラジル中銀、金融正常化プロセスの一段の加速に含みを持たせる

~中銀はタカ派姿勢を強める一方、ボルソナロ政権の動向はレアル相場に不透明感を与えるリスクも~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルは新型コロナウイルスの感染拡大の中心地となる状況が続く一方、足下で新規感染者数は頭打ちしている上、ワクチン接種動向は世界平均を上回るなど事態打開に向けた動きは前進している。ただし、医療崩壊に陥っている上、同国で感染が拡大する変異株を巡ってワクチンの効果に疑問符が付く動きもみられるなど、現時点においては事態収束には依然として時間を要する状況は変わっていないと捉えられる。
  • 年明け以降の同国経済は景気刺激策の効果が一巡するなど、急回復した景気は一転減速する懸念が高まっている。他方、足下のインフレ率は中銀の目標を上回るなか、中銀は3月に金融政策の正常化プロセスに舵を切り、5月の定例会合でも追加利上げを決定し、次回会合での追加利上げを示唆した。足下のレアル相場は原油価格の動向や米ドル高圧力の後退に伴い底堅く推移するが、上値の重い展開が続くであろう。

ブラジルは、昨年以降の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)の動きが広がりをみせるなか、連邦政府レベルと地方政府レベルでの感染対策のちぐはぐさが続いている上、同国北部を起源とする感染力の強い変異株により足下では感染が再拡大しており、感染拡大の中心地のひとつとなっている。新規感染者数そのものは3月末を境に頭打ちする兆しがうかがえるものの、依然として高水準で推移するなど厳しい状況が続いている上、死亡者数も拡大傾向を強める展開となっている。結果、今月4日時点における累計の感染者数は1485万人超と米国、インドに次ぐ水準となるなか、地方部においては感染者数の急拡大を受けて病床がひっ迫するなど医療崩壊に陥っており、死亡者数は41万人超と米国に次ぐ水準となるなど、他の国々と比較して感染者数に対する死亡者数が極めて高水準となっている。他方、同国では様々な新型コロナウイルス向けワクチンの治験が実施されるとともに、年明け以降にはワクチン接種が開始されるなど事態打開に向けた取り組みは着実に進められている。なお、ボルソナロ大統領自身についてはワクチン接種に後ろ向きの姿勢をみせているものの、地方政府レベルでの強い要望を受けて連邦政府はワクチン確保に奔走しているほか、3月末には中国製ワクチンの確保を図る観点から『対中強硬派』として知られた外交官出身のアラウージョ前外相を更迭して後任にフランサ氏を据えるなど 1、ワクチン確保を重視する姿勢をみせてきた。こうしたことから、今月4日時点における完全接種者(必要な接種回数をすべて受けた人)数は1,443万人、部分接種者(少なくとも1度は接種を受けた人)数は3,036万人にのぼり、完全接種率及び部分接種率はそれぞれ6.79%、14.29%と世界平均(それぞれ3.63%、7.88%)を大きく上回っている。よって、ボルソナロ政権はワクチン接種に関して実績を挙げているものの、中南米では完全接種率及び部分接種率がそれぞれ35.63%、42.73%(今月4日時点)とワクチン接種の『優等生』とされるチリで感染が再拡大するなど感染対策が難しい状況も浮き彫りとなっている 2。なお、チリで感染が再拡大している理由のひとつには、同国で接種されるワクチンの9割以上が中国製で変異株に対して効果が低いとされることが指摘されるなか、先月末には『スーパー閣僚』と称されるゲジス経済相が中国製ワクチンについて「中国製ワクチンは米国製より効果が低い」と述べたことが明らかになるなど、ワクチン確保の新たな『火種』となる動きもみられる。新型コロナウイルスの感染動向については変化の兆候が出ている様子がうかがえるものの、事態収束には依然として相当の時間を要する状況は変わっていないと捉えられる。

図1
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同国経済を巡っては、ボルソナロ大統領が経済活動を優先する姿勢を強めたことに加え、政府及び中銀も財政及び金融政策を総動員して景気を下支えする姿勢をみせたほか、世界経済の回復を受けて外需に押し上げ圧力が掛かったことも重なり、幅広く企業マインドは改善するなど景気は急回復する動きをみせてきた。しかし、政府が実施した貧困層や低所得者層、非正規雇用者を対象とする現金給付策は昨年末でいったん終了したため、年明け以降はサービス業を中心に企業マインドは急速に悪化しており、政府は3月にディーゼル燃料に対する課税を一時凍結する方針を示したほか、低所得者層などを対象とする追加現金給付の実施を決定するなど、景気下支えに向けて一段と『前のめり』となる動きをみせている。こうした状況にも拘らず、足下の企業マインドはサービス業のみならず、製造業でも頭打ちの様相を強めるなど景気に急ブレーキが掛かることが懸念される。他方、世界経済の回復期待を背景に国際原油価格は底入れの動きを強めていることを受けてエネルギー価格に上昇圧力が掛かっているほか、昨年来の通貨レアル相場の下落による輸入物価の押し上げ圧力も重なり、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回るなどインフレが顕在化する動きがみられる。こうしたことから、中銀は3月の定例会合で物価及び通貨レアル相場の安定を図るべく約6年ぶりの利上げ実施に舵を切るなど金融政策の正常化に動くとともに、追加利上げの必要性に言及するなど正常化プロセスを前進させる姿勢を示した 3。上述のように足下のインフレ率は一段と上振れしていることを受けて、中銀は4~5日に開催した定例会合で政策金利を2会合連続で75bp引き上げて3.50%とする決定を行った。会合後に公表された声明文では、世界経済について「一部の先進国での追加財政出動やワクチン接種の進展を受けて強固な景気回復が促される」とする一方、「金融緩和の長期化が示唆される一方でインフレリスクが高まることは新興国に取り厳しい状況を招く」との認識を示した。一方、同国経済は「感染拡大『第2波』の影響は想定以上であったものの、足下の経済指標は良好である」としつつ、「先行きに対する不透明感は依然高いが徐々に回復が見込まれる」との見方を示した。ただし、物価動向を巡っては「国際商品市況の上昇による影響は一時的と見込まれるが注視が必要」との認識を示しつつ、先行きについては「景気回復が想定より遅れればインフレの下振れに繋がる」一方、「財政出動の圧力が強まり財政悪化が進むほか、構造改革姿勢が後退すればリスクプレミアムが上昇してインフレ圧力に繋がる」と上下双方にリスクがあるとの見方を示した。その上で、インフレ見通しは「2021年(+5.1%)、22年(+3.4%)」と徐々に鈍化を見込むものの、政策金利は「2021年末(5.50%)、22年末(6.25%)」と3月の定例会合時点(2021年末に4.50%、22年末に5.50%)と比較して利上げ実施のペースを加速させる見通し示した。また、今回の利上げ実施の前提としているメインシナリオについては「景気回復期にある程度の金融刺激を維持するべく、政策金利の部分的な正常化が引き続き適切である」とする一方、「計画は確約ではなく、インフレ目標の実現を確実にすべく将来の金融政策が調整される可能性があることを強調する」とし、「次回会合では部分的な正常化プロセスを継続して同程度の政策調整を行うことを想定している」と次回会合での追加利上げに言及した。足下のレアル相場は国際原油価格が堅調な推移をみせていることに加え、国際金融市場における米長期金利の上昇一服を受けた米ドル高圧力の後退も重なり、中銀による正常化プロセスを好感して底堅い動きをみせている。しかし、来年に迫る大統領選に向けてボルソナロ政権はバラ撒き政策を通じた財政出動圧力を強める可能性が高まっている上、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さを勘案すれば、国際金融市場が動揺する事態となれば一転資金流出圧力が強まるリスクはあるなど、レアル相場は上値の重い展開となる可能性も予想される。

図2
図2

図3
図3

図4
図4


以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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