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感染、緊急事態宣言、経済の関係

~平時の感染防止の実効性という課題~

熊野 英生

目次
消費の減少は、緊急事態宣言に反応した面もあろうが、その手前からの感染拡大によって家計行動が慎重化していたためだと考えられる。緊急事態宣言は、感染者を減少させることによって、感染減→消費増を促すのだが、宣言終了の後は再び感染増に戻るという弱点がある。こうした悪循環をどう考えればよいのだろうか。

常識を疑う

政府が緊急事態宣言を発令すると経済が止まる。だから、そこで経済損失が生じる。こうした図式はわかりやすい。2020年4・5月のときは確かにそうだった。しかし、2021年1月8日~3月21日の緊急事態宣言のときは必ずしもそうではなかったと筆者は考えている。1~3月の緊急事態宣言は、規制範囲を狭めて行われた。1回目と同じ緊急事態宣言だったが、2回目の意味合いは全く違っていた。

私たちは、政府が緊急事態宣言を発令するから、その規制の力によって経済活動が制限されて、大きな経済損失が生じると考えがちである。この常識的発想は、あまりに単純明快なので、ほとんど疑われてこなかった。しかし、細かくデータを分析すると、それだけでは説明できない現象が起こっている。

日次消費データからわかること

私たちは、習慣的に月次データに注目してしまう。本稿では、日次データについて、総務省「家計調査」(2人以上世帯)の2020年12月~2021年2月のデータを使い、7日間移動平均の伸び率を調べることにした(図表)。そこでは、緊急事態宣言が始まる1月8日以前から消費の伸び率が著しく大きく減少している。日次消費の金額は、年初3が日が大きくなるが、2021年はその時期から消費が大きく削減されていた。コロナの新規感染者数は、この1月初頭に最も増加していて、家計はその感染急増に強い危機感を抱いていた。折しも、1月4日夕刻に菅首相は記者会見を開いて、緊急事態宣言の検討に言及している。この経緯から考えると、年初から感染急増→消費者の活動の慎重化が起こったと考えるのが自然だ。感染急増を受けて、政府は1月7日に緊急事態宣言を開始する方針を発表した。消費減を引き起こしたのは、緊急事態宣言というよりも、感染拡大に反応して家計行動が慎重化したからだろう。

その後の日次データを追うと、新規感染者数の減少が1月24日くらいから進み、消費減少もそれにほぼ同調して1月末にかけて緩やかになっている。これは、感染拡大の危機感が後退したから、消費活動も改善したと読むべきだろう。同時に、緊急事態宣言が発令されていても、新規感染者数が減ってくると、国民の緊張感は緩んでしまったとみられる。

3月になると、メディアを通じた自治体や政府関係者の声は、「ここで緊急事態宣言を予定通り解除すると、国民の緊張感が緩む。だから、緊急事態宣言を延長すべきだ」というものが多く目立ってきた。筆者の分析に基づくと、新規感染者数の減少によって、たとえ緊急事態宣言を延長しても、国民の緩みは避け難く発生したと思う。政府のコントロールは難しい。

図表
図表

緊急事態宣言の位置づけ

明確にしておきたいことは、緊急事態宣言の役割である。誤解のないように言うと、筆者は緊急事態宣言が不要だということを伝えたいのではない。

経済損失の背景に、感染増→消費減という関係があるとしても、そこでの緊急事態宣言の役割は一定の評価ができる。緊急事態宣言が発令されたから、感染減→消費増という流れに戻ることができたからだ。

問題なのは、緊急事態宣言によって、感染減→消費増となったとしても、その後で、消費増→感染増に戻ってしまうことだ。そして、感染拡大が制御できなくなると、緊急事態宣言の発令が行われる。

ここから洗い出される課題は、緊急事態宣言の終了後に、感染増に戻ってしまうことがないように、それなりの工夫が必要だということだ。そのことは、消費拡大の中であっても感染抑制が達成されるための工夫でもある。平時に戻ったとき、感染リスクを抑える体制ができていなければ、政府は緊急事態宣言という摩擦の大きな措置を繰り返すことになってしまう。

平時の感染防止の徹底

緊急事態宣言がなくなっても、感染拡大が抑えられるようにするためには何が必要なのだろうか。感染減が進み、国民の気が緩んでも、なるべく感染が防止ができる体制づくりである。それは、飲食店に限って言えば、営業をしながら、顧客同士の感染リスクを遮断する手当てである。

最近は、アクリル板や加湿器、空気清浄器、二酸化炭素濃度センサーなどが店舗に設置してある光景を見かける。これらは、飛沫感染、マイクロ飛沫感染への対策だ。そうした機器は、飲食店の感染防止に大きな効果を発揮すると考えられる。大阪府などまん延防止等重点措置を発令している地域では、そうしたインフラ整備が進みつつある。

こうしたミクロの感染防止策の徹底は、緊急事態宣言に依存しないで、感染防止を成功させるときの鍵になる。当たり前の話だが、そうした平時の感染対策の実効性こそが、全体として経済活動を止めないために有効となる。

政府は、まん延防止等重点措置について、「緊急事態宣言を回避するための措置だ」と説明している。しかし、今後、地域を限定したまん延防止等重点措置だけでは十分ではなくなる局面がくる可能性はある。仮に、感染状況が悪化してステージ4になれば、緊急事態宣言に移行することになるだろう。関西もそうだが、東京も依然予断を許さないと筆者は見ている。

今後、万一にも緊急事態宣言を再々発令するのならば、どういった対応が必要となってくるのだろうか。筆者は、その後に備えて、平時の感染防止策の徹底をすることだと考える。仮に、緊急事態宣言に再突入しても、それが終了した後は、再び感染拡大が進むリスクが襲ってくる。具体的には、飲食店などに対して、アクリル板、加湿器など飛沫対策・マイクロ飛沫対策をすることだ。そうした基本的インフラを装備するために、政府が補助金を出してもよいだろう。また、そのとき、観光支援を停止しないために、ホテル・旅館などにも必要かもしれない。事業者にとって、そうしたインフラ整備を能動的に進めるインセンティブは、緊急事態宣言の時の方が高まる。そうした機運を逃さず、平時における感染対策の実効性を高めることが次なる課題になると考えられる。

熊野 英生


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