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2025.10.17
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学士・修士5年一貫制で修士は当たり前になるか
~修士は特に文系学部で増えるか。5年で修了はわずかかも~
重原 正明
- 目次
1. 学士・修士5年一貫制が文部科学省から提案された
2025年10月8日に開催された文部科学省の諮問機関「中央教育審議会」の大学分科会質向上・質保証システム部会の会合で、同省より学士・修士一貫5年制の課程を全国的に拡大する案が示され、一部新聞等で報道された。学士・修士一貫の5年制課程は、いくつかの大学ですでに試験的に導入されているが、これを大幅に拡大するのが、文部科学省の案である。
本レポートでは、この提案が行われた背景を説明するとともに、当事者である学生・院生および日本社会にどのような影響があるかを考察する。
2. 学士は「知っている」、修士は「研究できる」、博士は「新しい知を拓ける」
制度の検討・考察に入る前に、学部卒の「学士」と修士・博士の違いについて整理しておきたい。学士・修士・博士それぞれの学位取得のために求められる事項については、各大学あるいはその各学部・各研究科のディプロマ・ポリシー(日本語では「学位授与方針」)に規定されている。
各大学等の運営方針や私立大学における「建学の精神」等を反映し、ディプロマ・ポリシーは多様である。しかし、実態としては、大学や分野の違いを超えた一定の共通の認識があると考えられる。それを以下に記す。
まず学部卒の学士は「専攻した分野について一定の知識・技術を持っている者」と言えよう。一通りの知識・技術があるとともに、研究を行うための基礎的な能力を身に着けている人が学士にあたる。きちんとした学術論文を書く能力は必ずしも求められておらず、実際、様々な理由から卒業論文を課さない学士課程も存在する。
次に、修士は「研究者としての基礎的な能力を身に付けた者」と言えよう。学士よりも高い知識・技術とともに、分野によって多少異なるが、論文執筆の作法や研究倫理、研究プロジェクト(実験・調査等)の推進能力等が、必要となる。一言でいえば、修士は「研究ができる人」である。
博士は、単に研究ができるだけではなく、「自身の研究により、新たな成果をもたらすことができる」だけの能力が求められる。学問全体の中で何が求められているのか、それに対し自分は何ができるか、といったことを考えてテーマを設定し、新しい成果を導き出さねばならない。博士は「新しい知を拓ける」人といえる。
以上、大雑把な解説であるが、それぞれの学位には明白な違いがある。
3. 問題とされているのは、主に文系学部での大学院進学率の低さ
学位にこのような違いがあることを踏まえると、今回の提案も含めて修士・博士を増やそうとする政策の意図は理解しやすくなる。
これまでは、日本の企業は主に学士を採用し、社内で研究力や創造力を育ててきた。しかし、最近は技術的進歩や経営環境の変化が急なため、社内での人材育成が難しくなった。一方、人口減少で採用対象者が減る中で、より能力の高い人材を求める傾向が強まっている。かなり前から工学等一部の分野においては学士より修士の採用を好む傾向があったようだが、その傾向が広がりつつある中で、修士取得者数を増やそうという政策の一つが「5年一貫課程」の拡大であるといえる(注1)。
理系学部においては修士・博士の採用も進んでおり、大学院の進学率も高いので、5年一貫課程とする必要性は薄い(注2)。この制度は、将来も学界に残る意向の者しか大学院に進学しない傾向が強い、文系学部を主な対象としていると考えられる(資料1、注3)。

4. 実質的にはごく優秀な学生のための制度となる可能性も
では実際に「優秀な学生が学士・修士課程を5年間で履修する大学を大幅に拡充」(中央教育審議会大学分科会質向上・質保証システム部会(2025))した場合に、学生にはどのような影響が出るだろうか。
裏付けとなる法制面の整備やカリキュラムの一体化等の運用面は、具体化までなお時間がかかると思われる。一体化した後の大学院入試については、学部卒業認定等で入試に替えるというのが文部科学省案だが、異論もあり、今後の審議次第である。
何より懸念されるのは、5年一貫とした場合に修士の質が保てるか、である。受け入れる大学(院)側に問題がなくても、学生に加重な負担となる可能性がある。現在でも就職活動の長期化による大学教育の空洞化が問題にされている。さらに1年課程を短縮した際に、修士論文を書ける水準に学生が達し得るだろうか。
ただし専門職大学院では、実務経験(注4)を有する者に対し1年で修士(専門職)の学位を与えるカリキュラムを実施している。5年一貫制でも、実務経験の機会を与え問題意識を持たせられれば、5年で論文までたどり着くかもしれない(注5)。
例えば、2027年より開設予定の東京大学の新学部College of Designは、成績優秀者は5年で修士が取れる学士・修士一貫制を採用している。予定カリキュラムには、4年次での半年間の学外体験(インターンシップ等)が組み込まれている。就職活動の時期や課題認識の醸成といった点を、カリキュラムによって解決しようとしているようにも思える。
以上をまとめると、文系を中心に修士号取得者は増えるであろうが、多くの院生が1年留年して6年で修士論文を書き(注6)、5年で修士修了となる者はごくまれな成績優秀者のみ、となる可能性もあると筆者は考える。
このほか、現在一部で行われている5年一貫制博士課程との関係、大卒時の転学等の扱い、大学入学者の質の向上、キャリア意識の醸成や(特に文系)修士の民間企業でのキャリアパス形成も、今後の課題と考えられる。
5. 日本の知の総和の拡大には、より広範な政策の検討を
文部科学省は、修士号・博士号の取得者数が諸外国に比べ少ないことに問題意識を持っている。しかし、各国の高等教育制度(大学・大学院等)は異なり、その差を考慮して取得者数を評価する必要があると筆者は考える。
例えば欧米では学生教育に重点を置く教育大学(教員養成大学を指すものではない)と、研究に重点を置く研究大学が分かれている場合が多い。また、米国では学部では一般教養を幅広く履修し、専門的・職業的訓練は大学院になってから行われる。
研究者の数という意味ではある程度参考になる面はあるが、修士・博士の数のみを他国と比較するのは適切ではないのではないか。論文引用数上位10%シェア(注7)等に現われるような「知の総和」を伸ばすためにどうするかが重要で、そのためには学生・院生がじっくり研究に取り組める環境を整備することが必要であろう。社会人が大学・大学院に入りやすい環境づくりも大切である(重原(2023)参照)。
中央教育審議会のいわゆる「知の総和」答申(中央教育審議会(2025))にある「日本の知の総和の向上」に、5年一貫制が貢献することを願う。
【注釈】
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文部科学省は諸外国と比較した日本の修士・博士号の取得者数の少なさを理由に挙げているが、これについては本レポートの「5. 日本の知の総和の拡大には、より広範な政策の検討を」で論ずる。
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成績が優秀な学生に対して学部を3年で卒業して修士課程に入る、あるいは修士課程を1年とするという「飛び級」措置は現在も行われている。ただし専攻によっては、学科の同学年の中で最も優秀な学生は、大学院課程を経ず、学部卒で大学の助教に就職して、学生の指導をしながら論文博士を目指すというコースを取ることもある。
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実際に中央教育審議会大学院部会等でも、文系大学院に限った議論が行われている。
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求められる実務経験の内容は分野等により異なる。
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専門職大学院は職業実践能力の養成を主目的としており、その授与する修士(専門職)は研究者としての修士とは到達目標が異なる。またこの目的の違いもあり、必ずしも論文執筆が修了要件とはなっていない。この点には留意が必要である。
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ジョブ型雇用の普及等による労働力の流動性の増加などを考えると、最短で教育課程を終える意義は、昔に比べ少なくなっているのではないかと筆者は考える。
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世界の論文のうち被引用数が上位10%に入る論文の占有率。石附(2025)参照。
【参考文献】
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石附賢実(2025)「ノーベル賞(医学・生理学賞)受賞の快挙、但し次の課題も直視したい ~自然科学3賞は同分野研究の『遅行指標』~」
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重原正明(2023)「職業への入口・コミュニティカレッジの多様性~世界の職業教育機関①米国編~」
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中央教育審議会(2025)文部科学省 中央教育審議会 「我が国の『知の総和』向上の未来像~高等教育システムの再構築~(答申)」(中教審第255号)(2024年2月21日) (2025年10月10日閲覧)
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中央教育審議会大学分科会質向上・質保証システム部会(2025)文部科学省 中央教育審議会大学分科会質向上・質保証システム部会(2025年10月8日)資料1-2「学士・修士5年一貫教育の促進に向けた検討について」(2025年10月10日閲覧)
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東京大学 UTokyo College of Design(学士・修士5年間の新たな教育課程)サイト(2025年10月14日閲覧)
重原 正明
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。