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資本コストや株価に関する東証要請の現在地①

~要請への対応は開示の質が問われるステージへ~

河谷 善夫

要旨
  • 東証が2023年3月末に行った「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請について、今回2編にわたり、企業の対応状況とその効果について分析する。本編は現在の対応状況の確認を行う。
  • 東証が2024年1月から公表している、要請への企業の対応状況を示す「一覧表」に基づき、プライム市場上場企業の対応数を確認したところ、2023年12月末での対応企業は全体の約半数であったが、2024年4月末には92%に増加した。増加ペースは2024年夏までは急ピッチで、その後は緩やかとなった。今後、対応社数はさほど伸びないだろう。
  • 開示をアップデートした企業、初回開示した企業、開示を検討中の企業、未開示の企業という対応の進捗類型別の企業群の時価総額を分析すると、時価総額の大きい企業ほど要請への対応が進んでいる。未開示の企業群の時価総額は小さく、開示を進めるための人員・体制が不足している可能性がある。同様にPBRで分析すると、アップデートした企業群のPBRは低い。一方、未開示の企業群はPBRが最も高く、東証要請への対応の優先度が低いと判断されている可能性がある。
  • 一覧表では、機関投資家との活発な対話を望む企業も公表されている。これらの企業の時価総額の平均は小さく、PBRは低い傾向にある。これらの企業は投資家との積極的な対話を通じて経営改善を目指している。
  • 生命保険協会の企業価値向上に向けたアンケート調査での東証の要請に対する企業の対応状況は、東証の調査と整合的といえる。ROEについては企業と投資家の認識が高い水準で一致している一方、資本コストや資本利益率に対する認識ギャップは大きい。特に資本コストの水準の認識ギャップは企業価値評価に大きく影響するため、企業と投資家の対話が今後ますます重要になる。
  • 今後の企業は、単に東証の要請に応じて開示するだけでなく、質の高い開示とそれに伴う経営改善が求められる。そのためには、資本コストの水準に対する認識を共有し、投資家との対話を重視することが重要だ。
目次

1. はじめに

東証が2023年3月末に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請をプライム・スタンダード上場企業に行ってから2年超が経過した。筆者は2025年4月のショートレポート(河谷、2025)にて、株価の動きから東証の要請の効果について簡単な検証を行い、東証の要請には一定の効果が認められることを示した。

今回、4月のショートレポートの続編として、2編にわたって東証の要請に対する企業の対応と効果を更に分析する。まず、本編では東証が毎月開示している「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表(以下「一覧表」)の2025年5月版を用い、東証の要請に対する企業の直近の対応状況を確認する。次に、生命保険協会が2025年4月18日に公表した「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果(2024年度版)」(以下「生保協会調査」)から、企業及び投資家の資本コスト等に関する認識やギャップを紹介する。最後に今後の企業の対応についての私見を述べる。次編では株価推移に注目した分析を行う。

2. 一覧表からみえる企業の直近の対応状況

(1)対応社数の推移

東証は、一覧表を2024年1月から公表しているが、東証の要請に対応したプライム市場上場企業の2023年12月末からの企業数の推移は資料1のとおりである。このグラフ中の「アップデート」とは、当初から東証が企業に求めているもので、初回開示の後、投資家との対話等により取締役会等での対応の進捗状況に関する分析を行い、その上で毎年、最低1回以上の開示のアップデートを実施する。2025年1月の一覧表から、前月末時点での開示済企業の直近のアップデートの日付が公表されている。

図表
図表

2023年12月末時点ではプライム市場上場企業で検討中を含めた対応企業は49%と約半数であったが、2025年4月末には92%まで拡大した。対応社数は2024年6月まで各月かなり増加したが、その後、増加スピードは緩くなっている。2025年に入ってからの推移状況からは、今後、対応社数はさほど伸びないと考えられる。これからは検討中の企業数が減少し、その分、アップデート済の企業を含む開示済企業が少しずつ増加していくものと考えられる。

(2)対応企業の時価総額

次に、2025年4月末時点で、プライム市場上場企業を対象に、開示済(アップデートあり)企業、初回開示済企業、検討中企業、未開示企業という開示への進捗類型別での時価総額の状況を確認した(資料2)。

図表
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未開示をアップデートした企業、初回開示した企業、開示を検討中の企業、未開示の企業という対応の進捗類型別の企業群の時価総額を分析すると、時価総額の大きい企業ほど要請への対応が進んでいる。未開示の138社は、プライム上場企業の平均時価総額と比べてかなり小さい。東証の要請への対応の程度の差は、企業規模による面が強いといえる。企業の規模の小ささから生じる、開示に向けた人員・体制の整備の面で課題があるのかもしれない。

(3)対応企業のPBR

更に、2025年4月末の時点で、同じく進捗類型別でのPBRの状況を確認した(資料3、注1)。

図表
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PBRの点でみると、開示をアップデートした企業グループが最もPBRが低い傾向にあり、未開示という東証の要請への対応が遅れているグループではPBR水準は最も高くなっている。上述のとおり未開示の企業は時価総額が小さい傾向ではあるが、PBRは相対的に高く、さほど東証の要請に対応する必要性を感じていない可能性がある。

時価総額、PBRの状況からは、現状未開示となっている全ての企業が、今後速やかに開示に至ることは想定しづらい。小規模ながら、PBRも高いということでは、開示の負担とその効果を考慮した結果、東証の要請への対応の優先度が低いと判断されている可能性がある。

(4)投資家との活発な対話を望む企業の状況

東証は、2025年1月の一覧表から開示をアップデートした企業を示し始めたのと合わせて、機関投資家との活発な対話を望む企業についても公表を始めた。これは、一覧表に掲載された企業のうちで、機関投資家と活発に対話し、開示の課題を把握し、経営改善につなげ、株価も上げたいと考える企業向けの施策であり、機関投資家との活発な対話を望む企業は東証にその旨を申請し、対話の担当部門・連絡先を伝え、これが公表されている。

2025年4月末の時点でこの申請を行ったプライム市場上場企業は、245社となっているが、この時価総額の状況について開示済の企業と比較して確認したものが資料4である。

図表
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申請企業のうち、開示をアップデートした企業数を別途算出すると128社あり、半分以上ある。しかし、その時価総額は平均で1,752億円と開示済の企業の平均額と比べてかなり小さく、前掲資料2での検討中、未開示の企業と同レベルである。これらの企業は東証の要請に応じた開示を行おうとするものの、やはりその内容、レベルに自信を持てず、活発な機関投資家との対話により開示の充実・経営改善を進めようという姿勢にあると考えられる。

次に、この申請企業のPBRの状況を確認したものが資料5である。

図表
図表

申請企業のPBRは、PBR1倍割れが半分以上あり、PBR水準は開示済企業より低くなっていることがわかる。企業規模が小さい中、開示に取り組むものの、PBRは低く、企業として問題意識を有していると思われる。

次編の株価分析でも確認するが、このような機関投資家との活発な対話を望む企業がどのように増加していくのか注目される。

3. 生保協会調査からみえる東証の要請に対する企業・投資家の認識とギャップ

(1)生命保険協会の「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート」について

生命保険協会は、1974年から50年以上にわたり継続的にコーポレートガバナンス、経営戦略、株主還元方針等について企業及び投資家へのアンケート調査を行い、その結果に基づいた提言を行っている。近年は、このアンケートの名称を「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート」(以下、「生保協会調査」)とし、資本コストや株価を意識した経営に関する事項についても調査項目に取り入れている。

2025年4月18日、生命保険協会は「生命保険会社の資産運用を通じた『株式会社の活性化』と『持続可能な社会の実現』に向けた取組みについて」という提言レポートを発出し、同時に2024年に行った生保協会調査結果も公表した(注2)。

(2)生保協会調査結果から把握できる企業の東証の要請への現状

a.東証の要請への対応

2024年度の生保協会調査では、「東証の要請への対応をしているか」という質問を企業に尋ね、結果は資料6のとおりであった。

図表
図表

東証の要請に対して、「十分に対応している」「一定程度対応している」「対応に向けて検討中」の割合の合計は99%弱となっている。前掲資料1によれば、プライム市場上場企業において検討中まで含んだ対応企業の割合は、この調査が行われた2024年10月では90%程度であり、これに比べて生保協会調査の結果はかなり高く、差異がある。これは生保協会調査の対象企業は、いわゆる大企業が対象となっていることがまず要因として考えられる。ただし、それよりも東証一覧表では「開示」企業とされていない企業は、生保協会調査では「現状対応しておらず、検討もしていない」だけでなく「現状は対応してないが、対応に向けて検討中」も含まれていることに依っている面が強いと考えられる。そして、東証一覧表で「検討中」とされる企業は、生保協会調査では「一定程度対応している」に該当している可能性が高い。そう捉えれば、資料5と資料1との間での整合性は取れているとみなすことができよう。

なお、わずかであるが生保協会調査では「現状対応しておらず、検討もしていない」とする企業が存在している。前章でも触れたがプライム企業であっても全上場企業が東証の要請に対応することを想定するのはなかなか難しいだろう。

b.重要な成果指標(KPI)についての企業認識と投資家との認識ギャップ

生保協会調査では企業に中期計画として公表している重要な成果指標(KPI)について資料7に掲げた20事項の中から複数選択の形で尋ねている。

図表
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これらの事項の中で東証の要請との関連が特に強いのが、①ROE(株主資本利益率)と⑰資本コスト(WACC等)である。この2つについて、企業側が重要な経営指標として公表している割合の推移をみると(資料8)、ROEは近年顕著に増加しており、2024年調査では8割近くにまでなった。一方、資本コストは確かに増加しているが、1割程度と絶対水準としてはまだ低い。

図表
図表

生保協会調査では、投資家にも資料7と同じ事項を列挙し、どれが「経営目標として重視すべき指標」と考えるのかについて複数回答の形で尋ねている。つまり「経営目標として重視すべき指標」について企業側と投資家側の認識のギャップを比較できる。資料9は、その結果から、企業と投資家の認識が高い水準で一致している事項、企業の方が高くて投資家の方が低い形で認識ギャップが大きい事項、投資家の方が高くて企業の方が低い形で認識ギャップが大きい事項を抜き出して示したものである。

図表
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ROEについての認識ギャップは、以前は企業側の認識が高くなく、ギャップが大きかったが、資料8のような近年の企業の認識の高まりの結果、2024年調査では高水準で一致するに至った。一方、経営指標として投資家は、ROIC、フリーキャッシュフロー、資本コストなどを重視する割合が大きく、これらへの認識が低い企業とのギャップが大きい。一方、企業側は、売上、利益、環境、社会といった事項を重視する割合が大きく、これらに対しては認識が低い投資家とのギャップが大きい。この結果は、企業側は「(正しく)儲けている会社が良い会社」と思っているのに対し、投資家側は「資本をうまく使っている企業」「成長余力(フリーキャッシュフロー)がある企業」が良い企業と思っていることに依っていると考えられる。この背景としては、企業側では資本調達は最後の決定事項であるのに対し、投資家側は資本効率が最初の関心事であるという違いがあるのかもしれない。そしてこのような企業側と投資家側の考え方の違いから、東証が指摘している企業と投資家との視線のギャップの存在(注3)が生じているのだろう。このようなギャップは、企業の行動が、投資家が求めるものとは異なる結果となる可能性を示唆するものであり、企業と投資家との対話がまだ不足していることを示しているともいえるだろう。

c.企業の収益が資本コストを上回っているかについての認識

前項で、企業と投資家の間の経営指標についての認識ギャップについて確認したが、ここでは、企業価値を判断する上で最も重要となるROEと資本コストの関係についての企業と投資家の認識ギャップを、2023年調査と2024年調査で確認する(資料10)。

図表
図表

ROEが資本コストを下回っている状態は、企業経営にとって好ましくない状態だが、生保協会調査(2024年)では50%超の投資家が日本企業のROEは資本コストを下回っていると認識しているのに対して、企業側では、自社のROEが資本コストを下回っていると認識している割合は3割弱で、24%pt(52%-28%)とかなりのギャップがある。このギャップは前年が34%pt(63%-29%)であり縮小はしているが、依然として問題がある水準といわざるをえない。企業のROEは公表されるものであるから、ROE値自体について認識に差が生じることは考えられず、企業と投資家の認識のギャップの原因は、資本コストの水準に対する認識の違いから生じていることになる。前項で資本コストに対する企業と投資家の認識ギャップがあることを指摘したが、現状、資本コストの水準について投資家と共通の認識に至っている企業は多くなく、これがROEと資本コストの関係に対する認識ギャップに繋がっているといえる。投資家側で企業の資本コストの理解が進んでいない可能性もあるが、どちらにせよ企業が投資家と資本コストについて共通の認識を持っていないことは、企業価値評価の向上には大きな障害となる。資本コストと株価を意識した経営を求める東証の要請への企業・投資家の対応には、まだ課題が大きいことを示している。

4. 小括

本編では、まず東証の一覧表を基に、要請に対応した企業数の推移、時価総額、PBRの状況を分析した。既に開示できる企業の大方は開示を済ませ、東証の要請に対応する企業数の今後の増加は限定的と考えられる。今後は開示を検討中の企業が初めて開示したり、開示をアップデートしたりする企業の増加が中心になると考えられる。つまり、今後の東証の要請への対応は、単に開示することだけでなく、開示の質が問われるステージに移行するということである。

生保協会調査の結果をみると、企業と投資家の認識はROEを重視するという面では高い水準で一致している。しかし、ROEが資本コストを上回っているかということに関する認識ギャップは依然としてかなり大きい。東証の要請は、企業の開示によって、投資家との対話を進め、企業経営の質を高めようとするものである。その際の基礎となるものが資本コストに対する的確な認識である。企業がこの認識を持つことで、戦略が適切なものとなり、企業価値の持続的成長が可能となる。投資家との対話でも、資本コストの共通認識を持つことに重点が置かれるべきだろう。

次編では一覧表に基づく分類から、東証の要請の対応の差により株価にどのような差が生じているのか分析した上で、東証の要請への今後の対応で注目すべき点を考察する。

以 上

【注釈】

  1. 2025年4月末時点で1社が債務超過でPBRがマイナスとなり、その値が-800倍程度の企業がある。この企業を含めてPBRの平均値等を取ると影響が大きくなりすぎるので、この企業を除外した。

  2. 2024年の生保協会調査は、2024年10月1日から31日に実施された。アンケート対象は、企業は時価総額上位1,200社、投資家は都市銀行、生損保、投資信託、投資顧問、公的年金基金など170社。回答数は企業が453社(回答率38%)、機関投資家92社(回答率54%)となっている。

  3. 東証は、2024年11月21日に「投資者の目線とギャップのある事例」を公表した。その中で、目標設定が投資者との目線とズレている事例として「売上や利益など、PLベースの目標設定のみで、バランスシートを意識しながら、資本をいかに効率的に活用して稼ぐかという観点が希薄」という事例を挙げている。

 

【参考文献】

河谷 善夫


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

河谷 善夫

かわたに よしお

総合調査部 研究理事
専⾨分野: 規制、ガバナンス

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