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- 米国大統領選挙を振り返る『なぜトランプ氏が勝利したのか?』(2025年1月号)
3回連続のトランプ過小評価
11月5日に投開票を迎えた米大統領選では、共和党・トランプ前大統領が民主党・ハリス副大統領に勝利した。トランプ氏は激戦州7州の全てで早々に勝利を確定したほか、全米の総得票率でも概ね50%に達するなど(12月4日時点のAP通信集計)、総得票数で民主党・ヒラリー氏を下回った2016年選挙と比べても完勝に近い。
事前の世論調査では大接戦が予想され、票の再集計を巡る法廷闘争の懸念すらあったものの、蓋を開けてみればあっさりと勝敗は決した。2016年と20年の選挙前の世論調査はトランプ支持を過小評価しており、今回もその精度への疑念が晴れない内容だった。一部のトランプ支持者はメディア嫌いであり、世論調査に非協力的なことが背景にあったと考えられる。世論調査を如何に改善するのか(できるのか)を巡っては、今後公表が見込まれる米国世論調査協会(AAPOR)などの詳細な検証を待ちたい。
物価高への強い不満
トランプ氏が良くも悪くも前例を見ない「型破りな大統領」であることは広く知られている。2017年の大統領就任まで政治経験は全くなく、第一次政権では自身のSNSで新たな方針を次々と発信し話題を呼んだ。今回の選挙期間中には4つの刑事裁判を抱えており、不倫口止め料事件では5月に有罪評決を受けた(トランプ氏勝利を受け、量刑言い渡しは退任後の見込)。このほか、20年には選挙結果を覆そうとジョージア州高官に圧力を掛けたほか、退任前の21年1月には議会襲撃事件を扇動した疑いがある。民主党はこれらの疑惑を「民主主義への脅威」と指摘し、選挙期間を通じてトランプ氏を攻撃した。
こうした主張は既存の民主党支持者には刺さった一方、無党派層にどこまで響いたのかは疑問が残る。例えば、ハリス氏は前回のバイデン氏と比べて中道派の支持を減らしている。
それでは、何がトランプ氏の勝利に繋がったのか?大きな要因の一つは経済政策だ。CNNの出口調査に基づくと、最も重要な論点として「経済」を挙げたのは全体の32%に達しており、こうした人々の81%はトランプ氏に投票した。チップ収入を含めた広範な減税策を主張したトランプ氏は、事前の各種世論調査でも経済政策への信頼度がより高かった。他方、ハリス氏は「機会の経済」を掲げたものの、7月のバイデン氏撤退からの緊急登板のために政策論戦は乏しく、政策プランが具体性に欠けていた印象は強い。
もちろん「世界的な物価高」がハリス氏の逆風となったことも否定できない。2024年は世界的な選挙イヤーであり、各国の結果に共通したのは政権与党が軒並み苦戦したことだ。イギリスやフランスでは与党が議会の最大勢力から転落したほか、日本に加えて、韓国やインドでも与党が議席数を減らした。
米国における足下の経済指標や金融市場は先進国のなかでも堅調さが際立つ。しかし、株高などの恩恵は一部の富裕層に集中し、中間層以下の不満は根強かったとみられる。ハリス氏は現職の副大統領であり、トランプ氏の「ハリスはなぜ今すぐに政策案を実行しないのか」との批判は、物価高に苦しむ低中所得者層には刺さったのだろう。実際、世帯所得10万ドル(約1,500万円)以上の有権者はハリス氏、これ未満の所得層はトランプ氏に投票した傾向を示すなど、「お金持ち・経営者=共和党、労働者=民主党」との構図は今回の選挙では逆転している。
合法移民による不法移民への不満
トランプ氏のもう一つの勝因は厳格な移民政策だろう。米国では新型コロナウィルス収束以降に不法移民の流入が急増しており、米議会予算局はバイデン政権下の4年間でその数が730万人に達すると試算する(これは日本でいうと埼玉県の人口規模に匹敵)。米国の堅調な労働市場、中南米諸国の社会不安に加えて、バイデン政権の移民に寛容なイメージが不法移民の急増を招いたとみられている。また、共和党系の州知事が不法移民をニューヨークやシカゴなどの民主党系の都市にバスで輸送した結果、移民受け入れの財政負担を巡る論争がこうしたリベラルな都市でも活発化した。
不法移民を巡る不満は、正規の手続きで米国へ移住した非白人層の「民主党離れ」の要因になったと考えられる。実際、人種別の民主党候補への支持度合い(=民主党候補の得票率-共和党候補の得票率)を前回選挙と比べると、ヒスパニックは+33%→+5%、アジア系が+27%→+15%と共に大幅に低下した(図表)。マイノリティの人々は相対的に所得が低い傾向にあり、前述した物価高による不満が募るなか、「不法移民に職を奪われるとの懸念」がトランプ氏支持へと流れる決定打となった可能性がある。
選挙の勝因と今後の政策運営
これまで、今回のトランプ氏の勝因を整理してきた。それでは、これらは今後の政権運営にどのような意味合いを持つだろうか?
まず、物価高を再燃させる政策には慎重にならざるをえない。トランプ氏の選挙公約を巡っては「関税引き上げによる輸入物価の上昇」「不法移民の強制送還による人手不足の深刻化、それに伴う賃金上昇」「大幅な減税策による消費拡大と物価加速」が指摘されるなど、金融市場はインフレ再加速のリスクを警戒している。一方、筆者はこうしたシナリオを否定はしないものの、その実現性は一般に言われるよりも低いと考える。物価高は世界的な「嫌われ者」であり、トランプ氏は公約の完全な実現が支持率を低下させることを理解しているのではないだろうか。任期中も過激な政策を実行に移す姿勢は示すだろうが、それはあくまで取引の材料、或いは表面的な実施であり、実体経済への影響は抑制されると予想する。
次に、移民政策の優先度の高まりだ。11月25日、トランプ氏は薬物流入と不法移民問題を理由に、国境を接するカナダとメキシコ、及び中国への関税を就任初日に引き上げる方針を示した。不法移民の大半はメキシコ経由で流入しており、同関税はメキシコ政府に取締り強化への圧力をかける意味合いが強い。なお、トランプ氏の政策で景気・インフレへの影響がより大きいのは、米国内に長年滞在する1,100万人(Pew Research Centerによる試算)の不法移民の強制送還だ。しかし、民主党系の州政府の協力が得られるのか、強制送還のための人員や予算を手当てできるのかなど、その実現には様々なハードルがある。実際、トランプ氏は第一次政権時にも大規模な強制送還を掲げたものの、在任中にこうした政策はほとんど実現しなかった。
トランプ2.0のスピード感
実効性はさておき、トランプ2.0のスピード感は前政権よりも加速しそうだ。トランプ氏は28年の再選を目指せず、仮に26年の中間選挙後にねじれ議会となると、政権後半は政策が進まずにレームダック化する。当初の2年で政治的なレガシーをしっかり築き、偉大な大統領として任期を終えることを通じて、退任後に収監される可能性を限りなく減らそうと試みるだろう。有罪評決を受けた不倫口止め料事件はNY州法の違反であるため、大統領は自らを恩赦できない。

前田 和馬
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