インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ブラジル大統領選は激戦必至、左派と右派の対立に新たな動き

~ルラ氏が優位も、物価高・高金利に米国の介入やスキャンダルも重なり逆風も多い~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルでは10月4日に大統領選挙の第1回投票が行われる。世論調査では左派の現職ルラ大統領が首位を維持するものの、支持率は40%程度にとどまり、右派のフラビオ・ボルソナロ上院議員との決選投票に進む可能性が高い。足元では中道候補のアウグスト・クリー氏が支持を伸ばしているが、認知度の低さから選挙戦を左右する可能性は限定的とみられる。ルラ氏の支持率低下には、物価高と高金利の長期化による家計負担の増大に加え、トランプ米政権との関係悪化が影響している。さらに、フラビオ氏や最高裁のモラエス判事を巡る不正資金・利益相反疑惑など相次ぐスキャンダルも、政治不信を強める要因となっている。

  • 経済面では、インフレ鈍化を受けて中銀は3月以降4会合連続で利下げを実施したものの、政策金利は14.00%と依然として高水準にある。7月のインフレ率は前年比+4.44%と中銀目標の範囲内に収まっているが、イラン情勢を受けた原油高の再燃やエルニーニョによる食料・電力価格上昇が先行きのリスクとなる。4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+1.93%に鈍化し、個人消費や輸出、設備投資が低迷した。在庫投資が成長率を押し上げた面も大きく、実際の景気は数字以上に弱い可能性がある。産業別でも、大豆やコーヒーの豊作による農林漁業が景気を下支えする一方、製造業やサービス業の伸び悩みが重しとなった。

  • 金融市場では、原油高が交易条件の改善やペトロブラスの業績改善期待を通じてレアル相場やボベスパ指数を下支えしている。一方、景気の弱さを背景に追加利下げ観測が強まるなか、大統領選を見据えた燃料補助金の拡充による財政悪化やインフレ再燃も懸念される。先行きは、原油など商品市況に加え、大統領選の行方やエルニーニョによる異常気象が景気・物価・金融市場を大きく左右するとみられる。

目次

【物価高と金利高の共存、米国の介入、スキャンダルも重なり、大統領選は激戦の様相】

ブラジルでは、10月4日に大統領選挙(第1回投票)が実施される。世論調査によれば、第1回投票は一貫して左派・労働者党(PT)から出馬する現職のルラ大統領の優位が伝えられる一方、支持率は40%程度で推移しており、決選投票に進む可能性が高い。次点には、右派・自由党(PL)から出馬するフラビオ・ボルソナロ上院議員(ボルソナロ前大統領の長男)がつけており、左派と右派の両者による決選投票になると見込まれている。

足元ではルラ氏の支持率が低下しており、中道・アバンテから出馬する精神科医で作家のアウグスト・クリー氏の支持率が上昇するなど受け皿となる動きがみられる。背景には、左派と右派の対立に伴う二極化に有権者が疲弊しているとの見方もある。とはいえ、クリー氏の支持率は最大で10%程度にとどまり、有権者の半数以上が同氏を認知しておらず、同氏が「台風の目」となる可能性は低い。ルラ氏の支持率低下の背景には、物価高と高金利の共存が長期化するなかで家計部門の債務負担が増加し、消費者心理が悪化していることが影響している。さらに、ルラ政権とトランプ米政権の間の緊張感が高まるなかでトランプ氏はフラビオ氏を後押しするなど、選挙に直接、間接的に介入することでルラ政権に揺さぶりをかけている(注1)。

こうしたなか、候補者に関するスキャンダルが噴出している。フラビオ氏を巡っては、経営破たんした中堅銀行(バンコ・マスター)経営者であったダニエル・ボルカロ氏から、ボルソナロ前大統領に関する映画制作資金の拠出を受ける交渉を行っていたとされる。同行は不正融資疑惑が明らかになり、2025年11月に当局による清算命令が下るとともに、2026年3月にボルカロ氏が収監されたことで原資が不正資金であったとの疑惑が出た。さらに、ボルソナロ前大統領夫人(ミシェリ氏)との対立が表面化する動きがみられた。

司法を巡っても新たなスキャンダルが浮上している。最高裁判所のモラエス判事は「民主主義の守護者」を自認し、2024年には偽情報対策を目的にSNSのX(旧ツイッター)のサービス停止を命じたことで、米国との関係が悪化するきっかけになった。また、同氏は、2022年の大統領選で敗北した結果を覆すべくクーデターを計画したとして起訴されたボルソナロ前大統領らの裁判を担当し、トランプ米政権から経済制裁を科された。その後、米国は同氏に対する経済制裁を解除したものの、同氏は米国と対立するルラ政権にとって象徴的な存在となってきた。しかし、同氏もボルカロ氏と親密な関係にあるうえ、妻が経営する事務所との巨額契約に同氏自身が関わっていた疑惑が出ている。この問題がルラ氏の支持に与える影響は不透明ではあるが、政界全体に巣食う汚職体質への懸念は選挙戦の行方に少なからず影響する可能性は残る。

【物価高と高金利の共存、外需を巡る不透明感が景気の足かせとなる展開】

一方で、同国ではインフレが常態化してきたが、2025年半ばを境に鈍化に転じたため、中銀は2026年3月会合で約2年ぶりの利下げに舵を切った。その後は、イラン情勢の悪化による原油高がインフレを招くことが懸念されたものの、中銀は慎重に金融緩和を継続し、8月会合まで4会合連続で利下げを実施した。とはいえ、政策金利(Selic)は14.00%と世界的にみて依然として極めて高水準にある。なお、米国とイランによる停戦合意を受けた原油高の一服も追い風に、7月のインフレ率は前年比+4.44%、コアインフレ率も同+4.49%とともに中銀目標(3±1.5%)のレンジ内に収まるなど落ち着きを取り戻しつつある(図1)。しかし、足元ではイラン情勢の不透明感を理由に原油高が再燃している。さらに、エルニーニョ現象の発生により、同国では北部・北東部・中西部で降雨不足と熱波が発生するほか、南部では降雨過多となる傾向がある。その結果、農業生産の悪化による食料インフレに加え、電力の約6割を水力発電に依存するなかで電力不足が幅広い経済活動に影響を与える懸念もある。このため、ルラ氏にとっての逆風が止みそうにない状況にあると捉えられる。

図表
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物価高と高金利の共存が内需の足かせとなるとともに、米国との関係悪化が外需の重しとなることが懸念されるなか、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+1.93%と前期(同+4.36%)から伸びが鈍化した(図2)。一方で、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率は+2.0%と前期(同+1.8%)から加速した。しかし、アジアなどではAI(人工知能)・半導体関連需要が外需を押し上げてイラン情勢悪化の影響を相殺する動きがみられるものの、同国景気はそうした動きが追い風とならず、依然として力強さを欠いている。

図表
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前期はルラ政権が実施した課税最低限引き上げによる実質減税、最低賃金の実質引き上げなど可処分所得の増加を追い風に個人消費が拡大した。しかし、インフレ鈍化や中銀による断続的な利下げの効果が期待されたにもかかわらず、可処分所得増加の効果が一巡したことで個人消費は減少に転じている。一方で、イラン情勢の悪化による供給懸念や原油高を受けて、同国は原油生産を拡大させている。さらに、米連邦最高裁は相互関税を違法とする判決を下し、直後に米国政府は相互関税を停止し代替関税を導入するなど、実質的に関税率が引き下げられた。にもかかわらず、輸出は2四半期連続の減少で推移するなど景気の足を引っ張っている。また、高金利が設備投資の足かせとなるとともに、公共投資の進捗低迷も固定資本投資の足かせとなっている。さらに、在庫投資の成長率寄与度は大幅プラスで推移していると試算されるなど、在庫の積み上がりの動きが成長率の押し上げ要因となっており、景気の実態は数字に比べて弱い可能性が考えられる。

分野ごとの生産動向を巡っても、原油をはじめとする鉱業の生産拡大の動きが期待されたものの、製造業での生産低迷の動きが工業部門の生産の足かせとなっている。さらに、内需の弱さを反映してサービス業の生産も鈍化するなど、景気の重しとなっている。一方で、大豆やコーヒーの豊作を反映して農林漁業の生産は大きく上振れしており、足元の景気を下支えした。とはいえ、先行きはエルニーニョ現象の影響が懸念される点には注意が必要である。

【原油高は通貨レアル・主要株価指数に追い風も、選挙や異常気象の影響に注意】

景気の弱さが確認されたことは、ルラ氏にとって逆風となり続ける可能性がある。こうした状況に加え、前述のようにインフレが鈍化基調にあることから、金融市場においては中銀が追加利下げに追い込まれるとの見方が根強い。イラン情勢の不透明感を受けた原油高が交易条件の改善を通じて景気の押し上げにつながるとの期待もある。また、このところの原油高は通貨レアル相場の追い風になることが期待されるものの、ルラ政権は大統領選を見据えて燃料価格の抑制を目的とする補助金政策の拡充に動くなど財政悪化が警戒されるとともに、需要喚起によるインフレ懸念が足かせとなる懸念はくすぶる。

一方で、中銀による追加利下げ観測に加え、このところの原油価格の上昇は指数寄与度の大きい国営石油公社(ペトロブラス)の業績改善を促すとの見方も重なり、主要株価指数(ボベスパ指数)は上昇している(図3)。先行きについては、原油をはじめとする商品市況の動向に加え、大統領選挙の行方、異常気象が物価などに与える影響に左右される可能性に注意が必要である。

図表
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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