政府・中長期財政試算を読み解く

~「責任ある積極財政」で実際の予算編成に直結するように~

星野 卓也

要旨
  • 政府は7月30日に中長期財政試算を公表した。年末の予算編成で「責任ある積極財政」を具体化する際の基準となる試算であり、予算編成に直結する性格が強まったことで、今後の財政政策をみるうえで重要性が格段に増している。

  • 今年1月との最大の違いは、高市政権の財政方針に基づき、毎年度「実質10兆円」の追加歳出を将来にわたって織り込んだことである。プライマリーバランスは前回試算から全般に赤字方向へ修正されたが、税収の上振れも反映されたため、悪化幅は追加歳出10兆円を単純換算したGDP比1.4%程度を下回る。

  • 3つのシナリオを比べると、高成長ケースほど政府債務残高GDP比も大きく低下している。背景には成長率上昇で長期金利が上昇しても実効金利が追い付くまで時間がかかり、その間のr-gが低く抑えられていることがある。高成長すれば債務比率の低下が保証されるわけではなく、金利がそれに応じてどの程度上昇するかも重要な要素である。

  • 足元の財政指標が大きく改善する試算となっている。2025年度の国・地方PBは、1月試算の▲7.0兆円から▲0.2兆円へ上方修正され、ほぼ均衡。社会保障基金を含む一般政府のISバランスはGDP比+0.2%の黒字の試算となっている。最終的な着地は年末公表の年次推計を待つ必要があるが、黒字化が実現すれば1991年度以来34年ぶりとなる。

  • 「債務残高GDP比の安定的な低下」の定義はまだ曖昧である。「直近実績の2024年度より2040年度が低い」という基準なら3シナリオすべてが満たすが、試算終盤に上昇経路へ入っていないことまで求めれば、条件を満たすのは最も楽観的なシナリオだけである。債務残高GDP比の安定的低下をどう定義するか、も年末予算編成における一つの焦点となる。

目次

「責任ある積極財政」下での中長期試算:何が変わったのか?

7月30日に内閣府から「中長期の経済財政に関する試算」が示された。今回の試算は、2027~2040年度の「中長期経済財政計画」を点検するための基礎資料である。骨太方針2026では、この試算を、「責任ある積極財政」の前提や政策効果、リスクを国民や市場に示す基盤と位置づけた。基本的な枠組みは6月の政府会議で先行公表されていたが、今回は足元の経済・財政状況を反映するとともに、詳細な計数が示されている。

1月試算からの最大の変更点は、「責任ある積極財政」のフレームワークに基づく追加財政支出を将来の歳出も含めて上乗せし、明示的に織り込んだことである。試算では、「強く豊かな日本」投資枠や、補正予算で講じてきた恒常的施策の当初予算化などを念頭に、2027年度以降、通常の歳出に加えて毎年度実質10兆円の国の追加財政支出を想定する。2027年度を10兆円とし、その後は物価・賃金上昇率に応じて増加させる。具体的な使途が確定していないため、公需と、企業の資本コストを引き下げる補助金に半分ずつ充てるという機械的な仮定も置かれている。

シナリオは、成長戦略実現ケース①(潜在成長率が1%台後半程度まで高まる)、同②(1%台半ば)、現状投影ケース(0%台前半)の3つが設定された。前回試算でも3通りのシナリオに基づく試算が示されていた。細部の変更はあるが、経済前提はそれぞれ近い数値となっている。それぞれ1月試算と比較すると、追加歳出の反映を受けてプライマリーバランスのパスが前回試算から全般に赤字方向へ修正されていることがわかる。一方、同時に将来にわたる税収の上振れ(土台増)も反映されたため、悪化幅は追加歳出10兆円を単純換算したGDP比1.4%程度を下回っている。

図表
図表

図表
図表

また、足元の金利上昇を背景に長期金利のパスが目先を中心に上方修正された(図表2下段)ことを受けて、財政収支と公債等残高GDP比のパスが全般的に悪化していることも目立つ。中間シナリオ(今回の成長戦略実現②と前回の成長移行ケース)について比較すると、従来は試算期間において低下傾向が続いていた公債等残高GDP比が、試算期間の延長も相まって終盤には上昇傾向に転じている。

債務残高GDP比は「成長率の高さ」ではなく「成長と金利の関係」が左右

政府債務残高GDP比の変化は、大まかには①実効金利と名目GDP成長率の差(r-g)が既存債務の比率に与える効果と、②PBの赤字・黒字幅によって決まる。名目成長率が実効金利を上回れば既存債務のGDP比は押し下げられ、PB黒字も債務比率を押し下げる。逆に、r-gがプラスとなり、PBも赤字であれば、債務比率にはより大きな上昇圧力がかかる。

今回、政府は実効金利の経路を新たに明示した(図表3)。名目長期金利が新規発行時の市場金利であるのに対し、実効金利は既発債を含む政府の実際の利払い負担を表す。国債は満期を迎えたものから順次借り換えられるため、実効金利は長期金利に遅れて上昇する。

ここで注意したいのは、高成長シナリオでは実効金利の上昇と市場金利への収斂が、試算終点の2040年度時点でもなお過渡期にあることである(図表3)。2040年度の名目長期金利は、名目GDP成長率を成長戦略実現ケース①・②でともに0.4%ポイント、現状投影ケースで0.5%ポイント上回る。成長ケースで実効金利と名目成長率の差がなお小さいのは、実効金利が長期金利に完全には追い付いていないためである。この影響で2040年度のr-gは、成長戦略実現ケース①で0.0%ポイント、同②で+0.2%ポイント、現状投影ケースで+0.6%ポイントとなる。この違いが、政府債務残高GDP比のパスの差として表れている(図表4)。高成長ケースのr-gが抑えられているのは単に成長率が高いから、というわけではなく、「実効金利が均衡水準に収斂する時期が他シナリオよりも遅く(試算期間中の市場金利が上昇過程にあるため)、実効金利でみたr-gが期間中抑えられている」ことが影響している。

図表
図表

図表
図表

また、成長ケースで政府債務残高GDP比がより大きく低下するもう一つの理由は、PB黒字がより大きく確保されるためである。2040年度時点のPB黒字対GDP比は高成長シナリオから順に+1.3%、+1.0%、▲0.2%である。歳入は名目GDPに沿って増える一方、歳出は物価・賃金や高齢化に応じて増えることが想定されている。このため、名目成長率のうち実質成長による部分が大きいシナリオほど、歳入の伸びが歳出の伸びを上回りやすく、PB黒字も大きくなっている。

国の決算を織り込み:2025年度国・地方PBは概ね均衡、一般政府収支は黒字化見込みに

今回試算のもう一つの注目点は、足元の財政収支の改善である。2025年度の国・地方PBは、1月試算および6月の成長戦略試算では▲7.0兆円だったが、今回は▲0.2兆円へ6.8兆円改善した。内閣府の要因分解では、2025年度決算による税収増等が+4.9兆円、不用・繰越等が+1.9兆円の改善要因となっている。足元の改善は「実質10兆円」の追加歳出を想定しても、各シナリオでPB黒字が続く理由にもなっている(成長2ケースでは期間中黒字、現状投影ケースでは2038年度まで黒字、以後赤字)。

過去の各時点で示された2025年度PB見通しを並べると、2021年1月試算のGDP比▲2.1%から、今回の0.0%まで改善してきた(図表5)。税収の上振れ、土台増などに伴って試算パスの修正が続いたことが背景だ。なお、主目標としている国・地方の基準ではないが、2025年度の一般政府ISバランス(国・地方に加えて社会保障基金:社会保障関連の特別会計などを含むベースの財政収支に相当)も示されており、2025年度の値が+0.2%になっている(1月試算では▲0.8%)。仮に一般政府収支が黒字化すれば1991年度以来34年ぶりの出来事となる。

いずれの指標についても、地方分の決算などがまだ反映されておらず、最終実績は年末の年次推計公表を待つ必要があるが、従来の見立てよりも財政収支の改善が進んでいることは事実だろう。

図表
図表

改めて「債務残高GDP比」への目標切り替えをどうみるか

先般の骨太方針で示されたように、政府は財政運営の中核目標を従来のPB黒字化から債務残高GDP比の安定的な低下へ移す。これは「積極財政のための目標変更」という文脈で語られがちである。しかし、従来の財政健全化目標も「まずPBを黒字化し、その後に債務残高GDP比を安定的に低下させる」という二段階の構成だった。足元でPB黒字化が視野に入る中、債務残高GDP比へ重点が移ることは、従来の財政健全化路線の延長線上にあるともいえる。

骨太方針では、PBについて「一時的な悪化も許容する」ともされている。ただし、今回の政府試算では、2つの成長ケースでPB黒字が維持されることが前提となっている。金利上昇が進む下では、債務残高GDP比を低下させるためにも一定のPB黒字が必要となり、PBを無視できるわけではない。目標を債務残高GDP比へ移すこと自体は、金利を含めて財政規律を捉える観点から妥当と考えられる。

一方、「安定的な低下」をどの期間で判定するのか、どの程度のペースで低下している状態を安定的低下と見做すのかなど、その解釈にはなお余白がある。「直近実績の2024年度と比べて2040年度の公債等残高GDP比が低ければよい」という始点・終点の比較であれば、3シナリオとも条件を満たす。しかし、実効金利が市場金利におおむね収斂する試算期間の終盤に、債務比率が上昇局面へ入ることを「安定的な低下」に反するとみなすなら、評価は異なる。成長戦略実現ケース②は2030年代後半、現状投影ケースは2030年度頃から債務比率が上昇へ転じるため、この基準では同②も条件を満たさず、成長戦略実現ケース①のみがクリアする。

筆者は先のレポートで、骨太方針の決定後も年末の予算編成に向けて見極めが必要な点・解釈の余地が残る点があると指摘した。第一は、「強く豊かな日本」投資枠とつなぎ国債の規模、償還の道筋が不透明なことである。第二は、歳出余力を規定する経済前提の置き方である。楽観的な前提を置けば歳出余力も大きく算出される。ここに第三の論点として、「債務残高GDP比の安定的な低下」をどう定義するかという点も重要になりそうだ。年末の予算編成に向けて市場もこれらに注目し、その内容次第では金利が反応することも予想される。

ただし、いずれにせよ債務残高GDP比を中核目標とする以上、r-gの動向は従来以上に重要になる。実効金利が名目成長率を上回れば、財政指標の悪化や歳出余力の縮小に直結する。財政運営の中核指標が市場金利の影響を強く受けることで、債券市場を無視した極端な財政拡張路線を採ることは難しくなる。財政拡張への警戒はなお根強いほか、消費減税などを巡って紆余曲折も予想されるが、年末の予算編成は最終的にバランスを重視した内容に落ち着くとみている。

以上

星野 卓也


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ