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2025.06.11
アジア経済
フィリピン経済
国際的課題・国際問題
フィリピン上院、サラ副大統領への弾劾を差し戻し、罷免は遠のく
~マルコス家とドゥテルテ家の対立は一層激化へ、その行方は日本にとっても無視できないものに~
西濵 徹
- 要旨
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- フィリピン上院は、10日に弾劾裁判所を設置した上で、下院が2月に決議したサラ副大統領に対する弾劾訴追案を差し戻す決定を行った。これにより弾劾手続きは継続されるものの、裁判の開始が遅れるほか、サラ氏が罷免される可能性は大きく低下した。先月の中間選挙では、下院ではマルコス派が多数を維持するも、上院ではドゥテルテ派が善戦した。ドゥテルテ家も存在感を強めるなど、両家の対立は鮮明になった。
- 弾劾裁判を巡っては、3年後の次期選挙を見据える形で上院での多数派工作が激化しており、ドゥテルテ派が影響を与える動きがみられた。結果的に、ドゥテルテ派のデラロサ議員が提出した弾劾取り下げ動議は差し戻しに修正されるも、圧倒的多数が賛成するなど、弾劾裁判が事実上の停滞状態にある。
- この結果は、マルコス大統領にとって政権運営や後継者の選定に影響を与えることが予想される。一方、サラ氏にとっては、弾劾裁判を経て無罪となれば次期大統領選への足掛かりとなる可能性がある。両家の対立の行方は、南シナ海問題、ひいては日本の安全保障にも影響するなど、その動向に注意が必要である。
フィリピンの国会上院(元老院)は10日に弾劾裁判所を設置した上で、今年2月に下院(代議院)が決議したサラ・ドゥテルテ=カルピオ副大統領に対する弾劾訴追案について(注1)、訴追を求めた議会下院に差し戻すことを決定した。決定では、一連の手続きが憲法に反していないことを確認した上で、先月実施された中間選挙で改選された下院が訴追決定を維持するとしており、弾劾手続きそのものは維持されている。しかし、弾劾裁判の本格開始が遠のくことは避けられない上、サラ氏が罷免される可能性が大きく低下していると判断できる。
先月実施された中間選挙は、マルコス政権に対する『中間評価』の意味合いに加え、政界を巻き込んだマルコス家とドゥテルテ家による『代理戦争』の様相を強めたため、その結果が政界に与える影響が注目された(注2)。全議席が改選された下院選ではいわゆる『マルコス派』が多数派を維持する一方、半数改選の上院選では『ドゥテルテ派』が勢力を伸ばすなど、互角の戦いとなった。さらに、ドゥテルテ前大統領も地盤の南部ダバオ市長選に当選するとともに、ドゥテルテ家からも多数の当選者が出るなど存在感を示す格好となった。よって、マルコス政権は残りの任期中について、ドゥテルテ家、なかでもサラ氏の動向を注視せざるを得ない状況になったと捉えられる。こうしたことから、直後にマルコス政権は内閣改造を実施し、経済政策に注力することにより政権の『死に体(レームダック)』化の回避を目指す姿勢をみせた(注3)。
その一方、サラ氏に対する弾劾裁判を行う上院でドゥテルテ派が一定の議席を確保したことに加え、非改選議員の間では弾劾に関する態度を明確にしない議員が多数に上ることから、両派が集票に向けた攻防戦を劇化させた。さらに、中間選挙では終盤にかけてドゥテルテ氏やサラ氏の支持者が勢いを増した上で、その集票力の高さが確認されたことを受けて、3年後に実施される次期選挙への影響が態度を左右することも予想された。こうしたなか、弾劾裁判所の審議では、ドゥテルテ前政権下で国家警察長官として麻薬戦争を指揮し、今回の中間選挙で再選したデラロサ上院議員が弾劾裁判の取り下げを要求する動議を提出した。その後に協議を経て動議は差し戻しに修正される一方、審議に際しては裁判官役を担う議員が宣誓を行うも、一部の議員は法服の着用を拒否するなど弾劾裁判を拒否する様子もうかがえた。その結果、差し戻し動議は23名(1名欠員)の上院議員のうち18名が賛成する圧倒的多数で可決されるなど、サラ氏が弾劾裁判を経て罷免される可能性は低下したと判断できる。
この結果、マルコス大統領としては政権運営の行方に加え、現行憲法で大統領任期が1期6年までとされるなか、政治的影響力を維持する観点から後継者を育成する重要性が高まるものの、その選定にも影響を与えることは避けられない。他方、サラ氏にとっては弾劾裁判を経て無罪となれば、2028年5月にも実施される次期大統領選に向けて弾みが付くなど、今後の政治生命を大きく左右することも予想される。両家の動向は、マルコス政権発足以降に対中関係が悪化するきっかけとなった南シナ海問題の行方を左右するほか、その行方はわが国にとってもシーレーン確保の観点から経済、外交、安全保障面など様々な面で影響を与えることに鑑みれば、これまで以上に注意を払う必要性は高まっている。
注1 2月6日付レポート「フィリピン・サラ副大統領は弾劾裁判へ、中間選挙は激化必至の情勢」
注2 5月13日付レポート「フィリピン中間選、マルコス家とドゥテルテ家の「代理戦争」は互角か」
注3 5月26日付レポート「フィリピン内閣改造、政権は経済注力で「死に体」回避を目指す模様」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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