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- 混乱するイラン外交を読むための理論的武器
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ホルムズ海峡を巡って、開放されるのか、まだまだ封鎖が続くのかが見えにくくなっている。一方、株式マーケットでは停戦合意を先取りして、株価はイラン攻撃前の水準まで戻っている。こちらは、楽観的な見方に傾いていると感じられる。株価の先行きをどう理解すればよいのだろうか。
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本稿では、経済学の道具を使いながら、株価の先読みの根拠と、そこで残されている課題を示してみたい。
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TACOの理論
個人的には、誰か特定の個人を口汚くののしるのは嫌いである。だからTACOという言葉も好きではない。それでも、トランプ大統領の行動をTACO(タコ)と呼んでいる理由について、その根拠を考えてみたい。TACOは略語で、「Trump Always Chickens Out」の頭文字を取ったものだ。トランプ大統領はいつも臆病になって妥協する、という悪口を隠語として、トランプ大統領のディールは「TACOだ」と言っている。ホルムズ海峡の封鎖を巡る交渉についても、このTACOの理論が当てはまるとされる。最後はどうせトランプ大統領が妥協して、ホルムズ海峡の開放をするに違いないという思惑である。
少し簡単に経緯を述べておくと、第2回協議を前にして、4月16日にイランのアラグチ外相が完全開放すると述べた。その直後、トランプ大統領はイランが開放しても、米軍が海上封鎖を続けると応じてしまった。イランの革命防衛隊は、それに怒って、16日のアラグチ外相の話とは違って、再封鎖に動くことになる。まさしく二転三転で何が真実なのかがわからなくなる状況である。しかし、こうした経緯があっても、トランプ大統領は最終的にホルムズ海峡の開放に向けて何らかの妥協をするに違いないという思惑が強くある。当初に示したイランへの要求15項目(核開発凍結など)のいくつかを交渉過程で曖昧にする可能性である。
象徴的なのは、株価の動きである。株式マーケットはこの交渉がいずれ妥結されると楽観的にみて、大幅にリバウンドしている。日経平均株価も、3月31日を大底にして、4月中旬までリバウンドしている(図表1)。停戦合意でホルムズ海峡の開放が果たされれば、いずれ企業業績が回復するだろうと強い期待感があるのだろう。それこそ、TACOの理論を信じたTACOトレードである。

筆者は、個々の成り行きの背景に何があるのかは外交評論家のように詳しく知らないが、経済学の知見を使って、TACOトレードを信じる人の考え方を合理的に解釈することはできる。ホルムズ海峡の封鎖については、トランプ大統領とイラン首脳との交渉ゲームになぞらえると、理屈は次の通りになる。
まず、①代表的な経済学的交渉ゲームには、テロリストと政府の身代金の交渉を扱う事例がある。テロリストは、どこかの空港で人質を取って身代金を要求する。②政府は、公式には「絶対に身代金を支払わない。テロリストは厳罰に処する」と宣言して、強気の言葉を連呼する。テロリスト側も、人質の命はどうなるかわからないと脅し続ける。③しかし、水面下の交渉では、政府は身代金を支払って、人質解放を優先する。テロリストが空港から逃げ出すのも許してしまう。政府は、人命救出を優先し、徹底的なテロリストの撲滅は後回しにしてしまう。
このストーリーのポイントは、公式には身代金はNoと言っていても、最後は妥協して支払う(=身代金にYes)という流れに変わるところだ。この流れは、「Chickens Out」というものと同じ構図である。ゲーム理論では、時間的非整合性と呼ぶ。筆者の理解では、TACOの理論的な解釈は、この時間的非整合性の戦略を地で行っているというものだ。トランプ大統領を口汚くののしるのは歓迎できないが、巷間言われるTACO理論には合理性もある。相手を脅した後で、最終的に相手に妥協することが双方に合理的なのだ。最初の脅しは、平時の規律を守らせるための厳格なルールである。しかし、いざとなると、ルールは変更されて、人質の救出が優先される。そのとき、政府はルール変更は例外中の例外だったと弁明する。それはメンツを保つ意味もあるし、政府が規律を維持して、テロ事件の再発防止をするのにも役立つ。これが、今、イラン外交が収拾に至っていないのに、なぜ日米株価が大きくリバウンドしているのかという1つの説明になる。おそらく、マーケットは、交渉のテーブルに着いた時点から、その結末をある程度は織り込みにかかったと言える。
じゃんけんゲーム
次に、トランプ大統領がイランとの交渉をうまく妥結させたとして、しっかり合意が履行されるのかを考えたい。結論は、合意は不安定な構図が残ると考えられる。その理由も、ゲーム理論の考え方が援用できそうだ。
まず、交渉相手が2人のときは、先々の結論が読みやすい。ところが、3人になるとその3人の利害がずれてくることがある。例えば、じゃんけんを考えると、パーはグーに勝ち、グーはチョキに勝つ。チョキはパーに勝つから、相手がこの3つのどれを出すのかわからない。この利害関係の対立が読めないとき、交渉者は手を読まずに次の手を勝手に決める。イランと米国とイスラエルもこの関係に似ている。
事情を解説すると、そもそもイランが核開発をするのは、一義的にイスラエルを意識してのことだ。米国は、イランの核開発を阻止したいから、イラン攻撃を始めた。しかし、米国は相手の出方を過小評価して、イランの早期降伏に失敗する。「5~6週間で終わる」はずが、長期化している。こうなると、米国には分が悪い。原油高騰は、トランプ大統領が中間選挙までに支持率を落とす要因になる。本音では、トランプ大統領はイランと一刻も早く停戦をしたいはずだ。そのためには、イスラエルの軍事行動を抑えて、イスラエルに自制を求める。イスラエルがレバノンへの攻撃を止めたのは、背後にトランプ大統領の指示があったからだろう。達観すれば、米国はグーで、イスラエルはチョキである。イランはパーで、米国には強いが、イスラエルには弱い。この不安定な3者の関係があるから、中東和平は安定した着地点(鞍点)が見い出しにくい。お互いに手の内をさらけ出して、対面で議論しなければ、疑心暗鬼に陥って「では勝手に行動させてもらいます」という結果になりがちだ(ナッシュ均衡)。
このアンバランスな状態を解消するには、手を明かして、お互いに痛み分けするしか落とし所がない。それでもアンバランスが残るから、別の誰かが合意を仲介して、お互いの約束を守らせるように働きかける。今回、パキスタンやトルコが、和平合意に協力しようとする理由は、米国、イスラエル、イランの利害から政治的に独立している立場だからだ。だから、仲介役を買ってでることで、和平合意がまとまって、原油価格の下落のような各国共通の利益を導きやすい。
本来、国連がそうした仲介をする立場にあるのだが、トランプ大統領は国連のルールを無視した単独行動に出やすい。こうした姿勢が、3者の合意形成を難しくしている。筆者は、イラン攻撃が終結した後は、米国を国際的な秩序の中に封じ込める枠組みを再構築する必要があると考える。このまま3か国だけが交渉すると、先行きはどこかで和平合意が崩れる可能性が高い。理由は、イスラエルが合意を破って、米国にイランを攻撃させる関係を作ることにメリットを感じているからだ。米国はグーで、イスラエルはチョキだと述べたが、内心ではイスラエルは米国に従わずに、イランの体制が戦闘継続で弱体化した方がよいと考えている可能性がある。トランプ大統領にとっては、ネタニヤフ首相のそうした思惑をどこまで封じられるかが和平合意の鍵になるのだが、その関係性をどこまで理解しているかは疑問である。
結論を述べると、停戦合意は時間的非整合戦略の通り、いずれ合意をみると筆者は予想する。しかし、米国とイスラエルとイランの関係には、じゃんけんにも似た不安定な構造があるため、国連や第三者の介在で痛み分けで合意した状態を監視して、和平合意を長持ちさせる工夫がなくてはいけないと考えている。長期的には、そうした介在なしには、中東情勢の緊張緩和は成り立たない。これが、少し達観したところからの学問的知見になる。
熊野 英生
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