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2026.04.03
アジア経済
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インド中銀、ルピー支援策に舵も、楽観しにくい展開が続く
~対外収支悪化、物価高に加え、中東向け輸出や移民送金減少など悪材料が続く可能性~
西濵 徹
- 要旨
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- イラン情勢の悪化による原油高は、インド金融市場が混乱する引き金となっている。インドは、2月にロシア産原油の輸入停止を条件に、関税引き下げで米国と合意した。しかし、イラン情勢の悪化を受けて、米国は時限的にインドによるロシア産原油の輸入を認めている。とはいえ、原油高止まりによる対外収支の悪化とインフレ圧力の高まりが懸念されている。
- インドの原油収支はGDP比3.2%の赤字と、原油高はマクロ経済を下押しする。インド政府はLPGの増産や、石油製品への輸出関税賦課など国内供給優先策を打ち出しており、今後は輸入増と輸出減が重なる形で収支のさらなる赤字拡大が見込まれる。また、中東向け輸出(GDP比1.5%)の減少や、中東在住移民900万人超からの送金(GDP比3%弱)の目減りも景気を下押しするリスクとなることが懸念される。
- インド金融市場では、株式、為替、債券の「トリプル安」が進行し、ルピー相場は3月末に一時過去最安値を更新した。RBIは為替介入に加え、NDF取引禁止など投機規制を強化し、足元のルピー相場はやや安定を取り戻している。しかし、トランプ大統領のイラン攻撃継続方針により情勢が長期化するリスクは高い。猛暑による電力需要増も懸念される。インド経済は構造的な脆弱性を抱えるなか、金融市場についても、イラン情勢の行方次第ではあるものの、当面楽観視しにくい状況が続くであろう。
このところのインド金融市場では、イラン情勢の悪化を理由とする混乱に直面している。背景には、イラン革命防衛隊によるホルムズ海峡の事実上封鎖を受けた原油価格の上昇がある。インドは、原油の大部分を海外からの輸入に依存している。ウクライナ戦争以降、欧米などはロシアに対する経済制裁を強化する一方、インドはこうした動きに同調せず、物価安定を重視して割安なロシア産原油の輸入を拡大した。結果、ウクライナ戦争以降、インドの原油輸入に占めるロシア産比率は3分の1を上回る水準に達した。しかし、トランプ米大統領はウクライナ戦争の早期終結を目指し、インドがロシア産原油の輸入を拡大したことを理由に関税を大幅に引き上げる「ペナルティ」を課した。その後の米国とインドによる協議を経て、インドがロシア産原油の輸入を停止する見返りに、米国はインドに対する関税を大幅に引き下げることで合意した。その後、イラン情勢の悪化による原油価格の上昇を受け、米国は30日間の時限措置としてロシア産原油の輸入を認めている。とはいえ、原油価格は高止まりしており、輸入増による対外収支の悪化や物価上昇など、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)のさらなる脆弱化が懸念される状況が続いている。足元のインフレ率はRBI(インド準備銀行)が定める目標レンジ内で推移しているものの、先行きは原油高に加え、ルピー安による輸入物価の押し上げも重なり、幅広くインフレ圧力が強まる懸念が高まっている。

インドの原油や石油製品などの収支(輸出と輸入の差し引き)はGDP比3.2%の赤字と試算され、原油価格の上昇はマクロ面で経済の足を引っ張ることが懸念される。その一方、インドは多数の石油精製施設を抱えており、海外から輸入した原油をインド国内で精製し、海外に輸出する構造を有する。公式統計では、インドの原油備蓄は精製会社分を含めて約74日分あるとされるものの、イラン情勢の長期化により、インド政府は石油製品の国内供給を優先する姿勢を強めている。具体的には、企業に対してLPG(液化石油ガス)の生産最大化を指示したうえで、国内向けのLPG供給を優先することを義務付けている。3月末には、国内への供給を確保することを理由に、軽油に1リットル当たり21.5ルピー、航空燃料に同29.5ルピーの輸出関税を課した。したがって、先行きは輸入が押し上げられる一方、国内優先により石油製品輸出が下押しされることにより、収支の赤字幅は一段と拡大することが予想される。なお、インドは一次エネルギーに占める石炭比率が5割弱とアジア新興国のなかで相対的に高く、原油高の影響を受けにくいとされるものの、足元では需要の高まりを反映して石炭価格も上昇しており、インフレが懸念される。さらに、インドの中東湾岸諸国向け輸出はGDP比1.5%と試算され、イラン情勢の緊迫化やホルムズ海峡の事実上封鎖、その長期化に伴う下振れは避けられなくなっている。そのうえ、中東湾岸諸国には900万人を上回る移民労働者が居るとされ、その送金額はGDP比3%弱に達するため、その減少が経済成長のけん引役である個人消費など内需の足を引っ張ることも予想される。

こうした事情を反映して、インド金融市場においては株式、為替、債券のすべてに売り圧力がかかる「トリプル安」に直面してきた。RBIはルピー安を阻止すべく為替介入を積極化させてきたものの、イラン情勢の緊迫化を受けた「有事のドル買い」の動きに加え、前述した経済のファンダメンタルズの悪化懸念も材料にルピーに売り圧力が強まり、ルピー相場は3月末に一時過去最安値を更新した。こうしたなか、RBIは4月1日、ルピー相場の安定を目的に、投機的取引への取り締まりを強化するとともに、銀行の国内ポジション規制を厳格化する方針を明らかにした。具体的には、認可ディーラーに対してルピーに関連するNDF(ノン・デリバラブル・フォワード)をインド国内の居住者、または非居住者に提供することを禁じるとしている。この決定を受けて、調整が続いたルピー相場は足元でやや反発している。しかし、米国時間1日にトランプ米大統領は、イランに対する攻撃をあと2~3週間程度継続する方針を明らかにしており(注1)、イラン情勢の長期化も懸念される状況にある。さらに、インド気象局(IMD)は2026年の夏は例年より猛暑日が増えるとの予報を出しているうえ、2月はすでに観測史上5番目に暑かったことで電力需要はすでに想定を上回っているとされる。仮にイラン情勢が夏場に及ぶとともに、ホルムズ海峡の事実上封鎖も長期化すれば、原油価格の高止まりが対外収支のさらなる悪化、物価上昇を招くほか、中東向け輸出や移民送金の減少による景気の下押しも重なる展開が予想される。インド経済は様々な構造的な脆弱さを抱えるなか、当面の金融市場はイラン情勢の動向を睨みつつ、楽観視が難しい展開が続くことに留意が必要である。

注1 4月2日付レポート「イラン情勢は「ドンロー主義」を促進、アジアで米国の影響力低下は必至」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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