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ドイツの年金改革と株式投資

~ドイツ国民の現金信奉は変わるか?~

田中 理

要旨
  • 高齢化による年金財政の悪化が深刻なドイツでは、年金改革を進めている。公的年金分野では、保険料率の引き上げと給付水準の維持に向けて、国債発行を原資とする基金(世代型資本)を設立し、株式投資による運用益を充てる。

  • 私的年金分野では、コストの高さやリターンの低さが課題だったリースター年金の代わりに、元本保証を緩和し、株式、投資信託、ETFなどに投資する老後資金積立口座を開始する。拠出額に応じて政府がマッチング拠出するほか、拠出額の所得控除や運用益の非課税などの税優遇措置を通じて、普及を促進する。また、全ての子どもを対象に積立口座を開設し、政府が一定金額を拠出する。

  • 今回の年金改正は、家計の株式投資や投資信託の購入を促し、「貯蓄から投資へ」の流れを後押しする。人生の早い段階で積立投資を開始することで、現金信奉が強かった国民の意識が変わり、投資文化が根付く契機となる可能性も秘めている。こうした取り組みは日本が目指す方向性とも合致する。

目次

1. 高齢化で悪化するドイツの年金財政

日本同様に高齢化が進むドイツでは、年金財政の悪化が深刻となっている。現役世代の保険料で年金給付を賄うことは難しく、多額の公費が投入されており、連邦予算の約4分の1を公的年金への助成金が占めている。今後、ベビーブーマー世代が大量に退職し始める2020年代後半から2030年代にかけて、現役世代の減少と受給世代の増加が大幅に進むことが予想され、年金財政の更なる悪化が懸念されている。メルツ首相が率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)の連立政権は、公的年金の持続性確保と私的年金の拡充を柱とする年金改革を進めている。昨年12月に改正案の大枠が閣議決定され、3月末に最終的な改正法案が連邦議会を通過した。今後、連邦参議院での審議を経て、2027年1月1日に新制度が開始される。

ドイツの年金制度は、①基礎年金に相当する賦課方式の「法定年金保険(Gesetzliche Rentenversicherung:GRV)」、②企業が従業員に提供する上乗せ年金である「企業年金(Betriebliche Altersversorgung:bAV)」、③個人が任意で加入する貯蓄・投資型の「個人年金(Private Vorsorge)」の三階建ての構造となっている。

法定年金保険は全従業員が加入する公的年金で、多くのドイツ国民が老後資金を頼っている。2018年以来、労使折半で給与の18.6%の保険料率が維持されてきたが、ベビーブーマー世代が本格的な退職年齢を迎える2030年代に入ると、20%超への引き上げが必要になるとみられている。労働組合を主な支持母体とするSPD内には、保険料率の引き上げや給付水準の引き下げに反対する声も多い。今回の改正では、年金財政を取り巻く厳しい環境を踏まえ、2028年以降の保険料率の引き上げを容認する一方で、2031年までは現役時代の所得の少なくとも48%の給付水準を維持することで決着した。保険料率の急激な引き上げを抑制し、当面の給付水準を維持するため、「世代型資本(通称:Aktienrente)」を活用する。既に政府から独立した基金「世代型資本財団(Stigtung Generationenkapital)」が創設され、国債発行や政府保有株の放出などを原資に、世界の株式市場を中心に分散投資を行っている。低利回りの国債で調達した資金を高利回りの株式で増やした運用益は、年金加入者に直接配分されるのではなく、2030年代以降に予想される急激な保険料率の上昇抑制や給付水準の維持に充てられる。

2. 株式市場への資金流入を促す新制度

今回の改正では、私的年金制度も大幅に見直される。高齢化の進展に伴い、公的年金だけで老後資金を賄うことが難しくなりつつある。政府は助成金や税制優遇を通じて私的年金の拡充を進めてきた。2001年に導入された個人年金型の保険形態を採る「リースター年金(Riester Rente)」は、100%の元本保証や最近までの低金利環境が足枷となり、コストの高さやリターンの低さ、補助金の受給手続きの複雑さなどの課題が指摘されてきた。累積の給付額が累積の拠出額以上になることを保証する規制により、高利回りだがリスクの高い資産への投資が制限され、インフレ率を加味した実質ベースの収益率がマイナスとなることも珍しくなかった。そのため、リースター年金の契約者は2018年以降、緩やかに減少しており、3700万人程度とされる制度対象者のうち、約1500万人にとどまる。

今回の改正では、従来のリースター年金に代わり、より高いリターンを目指す「老後資金積立口座(Altersvorsorgedepot)」が開始される。新制度では元本保証が廃止ないし緩和され、銀行、証券会社、保険会社、資産運用会社、資産保管銀行(カストディアン)、オンラインブローカー(ネオブローカー)などで専用口座を開設し、株式、投資信託、上場投資信託(ETF)などの金融商品を自由に選んで運用する。リスク回避志向の高い加入者向けには、拠出額の80%程度を保証する金融商品も選択可能となる。なお、新たな制度の普及を促進するため、加入者の拠出額に応じて政府がマッチング拠出する。年間360ユーロまでの積立に対して政府が50%を補助し、その後1800ユーロまでは25%を補助する。つまり、年間で1800ユーロを積み立てた場合、政府から540ユーロが拠出される。また、年間300ユーロ以上の自己拠出を条件に、子ども1人につき300ユーロが追加拠出される。25歳未満で積立を開始する場合、200ユーロが追加拠出される。自営業者も制度の対象となるほか、自ら投資を行う余裕がない低所得者に対しても、政府が定額の助成金を口座に入金する。

6~18歳の全ての子どもを対象に、「早期開始年金(Frühstartrente)」と呼ばれる仕組みも開始される。毎月1人あたり10ユーロ、年間で120ユーロが専用口座に拠出され、退職年齢(現在の制度では67歳)後に引き出しが可能になる。積み立てられた資金は、18歳に到達した段階で老後資金積立口座に移管され、任意で積立を継続できる。こうした取り組みを通じて、全ての国民が成人に達した段階で証券口座を持ち、長期運用を通じた複利の恩恵を理解している状況を作り出し、老後に備えるとともに、保守的な貯蓄文化を変革することも目指している。

税制面では、拠出金の一定額を所得税から控除でき(年2100ユーロの控除額を2030年までに3500ユーロに拡大予定)、運用期間中は口座内の売買益や配当金が非課税となる。受給時には所得として課税されるが、退職後に受け取る場合は所得税率が低くなり、節税効果がある。日本のNISAの税優遇措置に、政府のマッチング拠出が加わった制度と整理できる。

3. 世界で広がる「貯蓄から投資へ」の流れ

新制度の始動により、現預金や国債などの低利回り資産に滞留していた家計資産の一部が株式市場に流入することが期待できる。Schildbach,J., & Walther, U. (2026)は、生産年齢人口の半数が老後資金積立口座を開設する場合、政府の拠出分を含めて年間で480億ユーロの資金が資本市場に流入し、このうち290億ユーロが株式市場に流入すると試算している。その多くが期待リターンの高い米国株に流入するとみられるが、最近の欧州の成長期待の高まりや一定の「ホーム・バイアス」を想定すると、約40%に相当する120億ユーロ程度が欧州株に流入する可能性があると指摘する。

ドイツの家計貯蓄率は20%を超え、欧州諸国の中で有数の高さを誇るが、家計資産の収益率が低い。これは、家計の金融資産に占める現預金や保険・年金の割合が高く、株式投資や投資信託の割合が少ないことが背景にある。今回の年金改正は、家計の株式投資や投資信託の購入を促し、「貯蓄から投資へ」の流れを後押しする。人生の早い段階で積立投資を開始することで、現金信奉が強かった国民の意識が変わり、投資文化が根付く契機となる可能性も秘めている。こうした取り組みは日本が目指す方向性とも合致する。

また、株式市場への資金流入は、企業の資金調達を容易にし、中長期的な成長資金の供給源となる。ロシアによるウクライナ侵攻後のエネルギー価格の高止まりで、欧州最強を誇ったドイツの従来型産業の多くが競争力を失っている。世代型資本の株式運用益の活用は、企業の社会保険料負担の上昇抑制を通じて、企業のコスト増加圧力を緩和することにもつながる。

【参考文献】

Schildbach, J., & Walther, U. (2026). Private pension reform in Germany – a bold move towards capital markets. Deutsche Bank Research

以 上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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