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ポスト・スターマーと英国の財政運営

~若手改革派、現職首相、穏健左派が首相の座を争う~

田中 理

要旨
  • 地方選での与党・労働党の歴史的な大敗を受け、スターマー首相の党首辞任を求める声が高まっているが、首相は続投の姿勢を崩していない。後継党首就任に意欲をみせるストリーティング保健相は、早ければ14日にも党首チャレンジを開始するとみられている。バーナム・マンチェスター市長の国政復帰が間に合わない場合、穏健左派はミリバンド元党首の擁立を検討しているとされる。党首チャレンジが開始される場合、スターマー首相も出馬の意向を示唆している。次の首相を決める労働党の党首選は、若手改革派、現職首相、穏健左派による三つ巴の戦いとなる可能性がある。首相交代の可能性や財政運営の見直しを巡って、国債市場の緊張が続くことが予想される。

英国の与党・労働党が歴史的な大敗を喫した7日の統一地方選挙後、3名の政務次官が辞任し、100人近くの党所属下院議員と支持基盤である労働組合の代表がスターマー首相の辞任を求めているが、首相は続投の姿勢を崩していない。こうしたなか、後継首相候補の1人と目されているストリーティング保険相が13日早朝にスターマー首相と面会した。面会の内容は明らかにされていないが、次期党首就任への意欲を伝えたとみられる。閣僚の立場で首相に辞任を求めたのであれば、スターマー首相は同氏を更迭することもできたが、同日に行われた国王による議会演説直前の閣内不和を回避した可能性がある。ストリーティング氏は早ければ14日にも閣僚を辞任し、党首チャレンジに名乗りを上げるとみられている。党所属下院議員の20%に相当する81名の議員が賛成すれば、労働党の党首選が開始される。

スターマー首相の辞任を求めている下院議員の全てがストリーティング氏の党首就任を支持している訳ではない。最有力候補とされるマンチェスター市長のバーナム氏が後継首相に就くためには、今後の補欠選挙で下院議員に復帰する必要がある。バーナム氏に近い議員の多くは、今回のストリーティング氏の党首チャレンジを支持しない可能性や、党首選のタイミングを遅らせるように労働党の役員会に働きかける可能性がある。マンチェスター市政を立て直し、党内外で絶大な人気を誇るバーナム氏の国政復帰を待てば、ストリーティング氏の勝機は遠退く。早期の党首選実施に動くストリーティング陣営と、党首選を遅らせたいバーナム陣営との間で、各議員への働きかけが続いている。バーナム氏の後継党首選への出馬が間に合わない場合、穏健左派(ソフト・レフト)は、別の候補を擁立することになるだろう。労働組合に近いレイナー元副首相は住宅課税逃れ疑惑を抱えており、党首経験者であるミリバンド・エネルギー相の出馬が取り沙汰されている。首相官邸は、英国と労働党を混乱に陥れるとして党首チャレンジの動きを牽制するが、党首選が行われる場合、スターマー首相自らも出馬する可能性を示唆している。

テレグラフ紙のオンライン版は、ストリーティング氏の主要政策での立場を紹介している。保険相として、国民保健サービス(NHS)の立て直しに向けた取り組みが知られるが、それ以外の政策分野については過去の発言を紐解く以外にない。経済分野では、企業や家計の税負担の重さを問題視しながらも、政府が抱える膨大な債務を軽視すべきではないとも発言しており、財政規律を重視する立場を採る。国防分野では、2030年代半ばまでに防衛費の対GDP比率を3%に引き上げるスターマー政権の方針を支持し、財源確保には福祉予算の削減が必要になる可能性を示唆している。EU関係については、同氏は閣内でも屈指のEU残留支持派だったとされ、低迷する英国経済の成長力を高めるにはEUとの関係改善が必要であるとし、関税同盟への再加盟を支持している。移民政策については、労働力人口の減少を考えると、海外からの移民労働に頼らざるを得ないと発言し、過度な移民抑制策の軌道修正に理解を示している。

英国の国債市場では、後継党首選の可能性が高まったことを受け、10年物国債利回りが5%台で高止まりしている。党内で中道寄りの立場を採り、財政規律を重視するスターマー首相が失脚すれば、政権の支持率回復に向けて、後継首相が財政拡張に舵を切るとの観測が背景にある。穏健左派が後継首相に就く場合も、金融市場の動揺を回避するため、極端な財政拡張路線に舵を切ることはなさそうだが、多少の軌道修正は避けられない。バーナム氏は過去に、所得税の最低税率の引き下げと最高税率の引き上げ、過度な緊縮路線の見直しに言及した。レイナー氏は、防衛費拡大の財源として、福祉予算を削減するのではなく、増税を行うべきと主張したことがある。他方で、スターマー首相よりもさらに中道寄りで、ブレア路線の踏襲者とされるストリーティング氏が後継首相に就く場合、財政規律に配慮した政権運営となりそうだ。首相交代の可能性や財政運営の見直しを巡って、国債市場の緊張が続くことが予想される。

以 上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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