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2026.03.27
国際秩序
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民主主義
トランプ政権
自由はなぜ静かに劣化するのか
~Freedom in the World 2026と、報道機関・シンクタンクに求められる責任~
石附 賢実
1. 自由の後退は「非連続」から「漸進」に
2026年3月19日にFreedom Houseが公表した“Freedom in the World”(以下、本報告書)の2026年版は、世界の自由度が20年連続で低下している現状を改めて示した。これは、クーデターといった体制転換等の「非連続」な変化ではなく、多くの国において、漸進的に自由が侵食されていることを意味する。自由な国(Freedom Houseが“Free”と分類する国。他に“Partly Free”と“Not Free”がある)の人口は世界の2割強にとどまる。Freedom Houseが本拠とする米国自身も引き続きFreeに分類されているとはいえ、自由度スコアは81点と過去最低かつG7で最低にとどまっている(資料1)。
1973年以来、半世紀以上続いている本報告書は、各国の自由度の変化を長期的に捉える数少ない時系列データの一つである。自由な世界を米国から広げていきたいとの思いで始まったはずの本報告書だが、まさか米国自身の自由度がこれほどまでに低下し、その行方が懸念されるとは、調査開始当時には全く想像できなかったであろう。筆者が本報告書に注目し、民主主義陣営と権威主義陣営のパワーバランスの推移を発信し始めたのは、5年前の2021年である(石附2021)。しかし、昨今の情勢に鑑みるに、もはや「陣営」の概念すら崩れ去ろうとしており、ここ数年の国際秩序の変化を改めて痛感するところである。

2. 国家の制度の疲弊はどこにあらわれるか
先に述べた通り、世界的に自由は漸進的に侵食されている。国家において、民主主義はある日突然、失われるというよりも、制度が形式的には維持されながら、その機能が徐々に低下する形で後退することが多い。このような制度の機能低下の背景には、時の政治リーダーのインテグリティや意思決定スタイルが影響を与える側面もあると考えられる(石附2025)。
こうした背景を踏まえると、制度の疲弊を把握するうえで、情報空間を注視することは有用である。Freedom Houseが米国について「トランプ政権の大統領令の主要な標的の一つが、メディアと高等教育機関」と指摘していることは、この点を象徴している。米国においては、ホワイトハウスや国防総省における特定メディアの取材機会の制約やアクセス制限が論争の的となっている。制度が形式的に維持されていても、情報アクセスの公平性や透明性が損なわれれば、言論の自由は質的に変容する。
背景には、情報のあり方そのものが制度の機能に直結しているという構造がある。選挙や政策決定は、正確な情報に基づく判断を前提としており、情報の信頼性が低下すれば、制度は形式的に存続していても、その実効性と社会的信認の双方が損なわれる。
筆者自身もシンクタンクに所属し、様々な社会課題について発信する立場にあるが、生成AIの台頭や偽情報が氾濫するなかで、信頼性の高い情報を発信することの意義と、それを支える組織の自由と独立性について、一つの課題として意識している。報道機関もシンクタンクも、政府からの検閲や直接的な圧力のみならず、資本やスポンサーからの影響を受け得る。
実際、CNNを含む米国の主要報道機関に関連して、親会社や資本関係の変化が報道のあり方に与える影響をめぐり、議論が広がりをみせている(注1)。報道が公共財としての性格を持ちつつも、事業ポートフォリオの一部としての位置付けが強まる中で、経営判断や資本構造が編集領域に及ぼし得る影響は無視できない。
このように、自由の後退は、制度の廃止や明確な変更としてではなく、情報の質の低下やアクセスの歪みといった形で現れる。情報空間は制度の状態を映す鏡であると同時に、その持続性を左右する基盤でもある。
3. おわりに~情報の質を支える報道機関・シンクタンクの責任
情報の質を支えるものは、制度や仕組みだけではない。最終的には、発信主体一人ひとりの姿勢にも依拠している。筆者は、情報発信は「ファクト」「解釈・分析」「意見」という段階を経て成り立つと考えている。本来であれば、この順序を踏まえることで、情報の信頼性と説得力は担保される。
しかし現実には、生成AIやSNSの普及により、このプロセスが短絡化され、「ファクト」や「解釈」を十分に経ないまま「意見」が流通する場面も少なくない。その結果、情報空間においては、正確性よりも拡散性が優先される傾向が強まっている(注2)。
さらに、情報空間の質は発信主体のみならず、受信する側の行動にも大きく依存する。近年は、アルゴリズムによる情報の最適化やSNSを通じた情報流通の変化により、個々人が接する情報が偏在しやすい環境が生じている(髙宮2026)。こうした環境においては、受信者が自ら情報の出所や根拠を意識し、複数の視点から検証する姿勢を持つことが重要となる。情報の質は発信と受信の双方の努力によって支えられるものである。
このような環境下においては、「ファクトに基づき」「適切な解釈・分析を経て」「意見を発信する」という基本的な営みを愚直に積み重ねることが、結果として情報空間の質を維持することにつながる(資料2)。とりわけ、報道機関やシンクタンクといった主体においては、このプロセスを自律的に担保し続けること自体が、自由な社会の基盤を支える行為であることを自覚しなければならない。

自由が静かに劣化するのは、それを支える情報の質と発信主体の独立性が、制度の枠組みを維持したまま徐々に損なわれていくためである。
本報告書は、世界で自由度の後退が継続していることを示している。特に米国をみると、民主主義の制度を支える情報空間の基盤が侵食されつつあることがうかがえる。自由や民主主義といったものを維持することは決して容易ではなく、情報の質や発信主体の独立性が保たれることは、その必要条件であろう。とりわけ生成AIの普及や偽情報が溢れる現状において、情報の信頼性を確保することが極めて重要となる。報道機関やシンクタンクといった主体が、政府や資本からの影響を受けることなく、検証可能な情報を継続的に発信できる環境を維持することは、自由や民主主義といった社会の基盤を守る営みそのものである。
【注釈】
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例えば、日本経済新聞電子版では、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーおよび傘下の報道機関CNNをめぐる動向とトランプ大統領の思惑に関する報道がなされている(2026年2月28日付)。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN27C540X20C26A2000000/ -
小野寺拓也・田野大輔(2023)は、「ナチスは良いこともした」といった言説について、アウトバーン建設や福祉政策等の個別の事象のみを取り上げ、その歴史的文脈や政策の全体像を踏まえないまま評価に結びつける点に問題があると指摘している。これらの政策は、包摂と排除を伴う体制運営や戦時動員の一環として位置づけられるものであり、個別に切り出して評価することは本質を見誤らせる。また、こうした断片的理解が近年の情報環境のもとで拡散しやすい構造にも言及している。
【参考文献】
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Freedom House(2026)“Freedom in the World 2026”
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髙宮咲妃(2026)「フィルターバブルがウェルビーイングに与える影響」
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小野寺拓也・田野大輔(2023)「検証・ナチスは『良いこと』もしたのか」
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石附賢実(2021)「世界自由度ランキングが語る民主主義の凋落と権威主義の台頭」
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石附賢実(2025)「時評『パワハラと戦争、そして民主主義』」
石附 賢実
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

