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おコメ券の問題点

~価格高騰を放任してしまう弊害~

熊野 英生

要旨
  • 政府は、物価高対策として、1人3,000円を念頭におコメ券を配布する見通しである(手数料を除き2,640円)。この政策は、一見すると家計に優しい印象だが、実のところコメ高騰を容認するものだ。やはり前政権の増産方針に戻して販路を内外に広げる方がよいと考えられる。
目次

自治体からの不満

政府は、物価高対策としておコメ券の配布を予定している。従来のおコメ券は、500円の券面に対して、440円分のおコメを消費者が購入できるというものであった。この比率は、今後見直される可能性もある。期限も2026年9月末までとするようだ(転売禁止)。筆者は、農業の専門家ではないが、メディアからの依頼で調べてみて、改めて気づいたことがあるので、経済レポートにしてみた。

このおコメ券の配布は、2025年度補正予算の中に盛り込まれて、約4,000億円の予算枠が念頭に置かれている。1人3,000円(6枚分)の配布になるらしい。重点支援交付金の仕組みの中では、おコメ券に予算枠4,000億円を限定している訳ではなく、幅広く食料品の高騰対策とされている。地方自治体の判断で、おコメ券にするか、ほかの商品券等にするかという選択ができる。従来型のおコメ券は手数料(60円=500円-440円、12%分)が高すぎるので、自治体の中にはおコメ券を配布せずに、別の支援ツールを選択するところも少なくないようだ。「なぜ、コメだけに用途を限定した券なのか?」という疑問も聞かれる。筆者は、地方自治体の判断に選択が任されている点については、よい判断だと感じている。

このおコメ券の最大の問題は、物価高そのものを止める対応ではないところにある。例えば、消費者が3,000円のおコメ券を使い切れば、高いお米の値段はそのまま放置される。12月11日時点で5kg4,406円(スーパーでの平均価格)まで高騰した高値は変わらない。むしろ、政府のおコメ券の支援は、需要増加を後押しするので、高値をさらに煽ってしまう可能性もある。

家計にとって、このおコメ券がどのくらいの恩恵があるかを簡単に計算してみた。1人3,000円(手数料抜きで2,640円)であれば、年間のコメ消費額に対してどのくらいになるのか。総務省「家計調査」(2人以上世帯)では、全世帯のコメ消費額は39,417円(年間、2024年10月から2025年9月)になる。実は、家計はおコメそのものの消費以外に、外食・お弁当・お総菜でも消費している。農林水産省の統計では、外食・中食の割合は32.5%(2024年)もある。それを勘案しながら計算すると、1世帯のコメ消費額は58,396円(=39,417円÷0.675(=1-0.325))だから、世帯人数2.87人×2,640円を割って、▲13.0%の負担軽減になる。コメ価格が高騰していると、外食・中食で消費しているコメ分の割引にはならないことも留意しなくてはいけない。

中長期的に心配されるのは、日本の消費者のコメ離れが高値を放置することで加速してしまうのではないかという点だ。政府には、コメ価格は市場が決めると言う人もいるが、コメ価格が高値で需要が段々と縮小し、縮小するマーケットに合わせてコメ生産を縮小させていけば、コメ農家は縮小均衡に陥っていくだろう。コメ価格を高騰させるのは、肥料や農機具のコスト増にあえぐコメ農家を救済するためだと説明するが、マーケットが縮小するとそれこそ農家を衰退させるばかりになってしまう。農家だけを救済すればよいという発想から、日本の農業を救うという産業発展の発想へと切り替えた方がよいのではないか。こうした原理は、農業の専門家ではなくとも指摘できる点である。

石破前政権の方針

コメ政策の方針は、現在の高市政権と石破前政権では大きく転換したように感じられる。象徴的なのは、石破政権のコメ増産から、180度反転して高市政権は減反政策への回帰である。筆者は、石破政権の増産方針を支持していた。コメ価格が高騰するのに対して、コメ供給を増やすことが価格安定に資する。僅かな期間に2倍以上に跳ね上がったコメ価格では、需要が冷えて今後の消費者離れを誘発してしまう。増産して価格が下がれば、需要拡大が見込める。増産して拡大した生産量は、その一部を輸出に回せばよい。2024年のコメ輸出額は僅かに120億円(援助米を除く)である。この金額は、コメ加工品などをひっくるめても636億円と大きくない。過去5年間で輸出額はかなり増えているとしても、まだ十分とは言えない。香港、米国、シンガポールなど現在の主要輸出先でもっと販路を広げられるはずだ。輸出に振り向ける生産分が常に十分にあれば、国内のコメ価格が高騰したときに、輸出していた分を国内に回すことで農家は安定した利益を得られる。また、輸出から国内へ販路がシフトすれば、供給増によって国内価格の値下がりが期待できる。逆に、国内コメ価格が下がり過ぎれば、今度は国内から海外向け輸出へと生産がシフトして、下がり過ぎた価格が元に戻る。つまり、輸出分をバッファーにして内外価格にはリバランス効果が働く。

現状では、国内価格が高くなり過ぎると、国内では消費者のコメ離れが生じる。海外からの輸入米も国内市場へと流れ込んで、米農家の販路を奪っていくことにもなりかねない。そうした可能性を頭に入れると、増産の方針が食糧安全保障の考え方にも資する。

コメ需要の先細り

中長期的には減反を続けて、目先はおコメ券を配ってしのぐという発想は、農業を産業として育成していく方針とは相容れないと感じられる。農産物輸出については、「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」で2030年までに5兆円という目標がある。2024年には1.5兆円という輸出実績がある。現在、世界中に和食店が広がり、インバウンドでも自国に帰って日本産のおコメを食べたいという潜在ニーズが広がる可能性がある。減反方針であれば、当然ながら潜在ニーズを取り逃してしまい、活路となるコメ輸出などは拡大できそうにはない。

家計のコメ消費量は、ここにきて少し増えている。総務省「家計調査」(2人以上世帯)では、1世帯平均で年間61.23kgの消費量になっている(2024年10月から2025年9月まで)。2020年は64.53kg、2021年60.80kg、2022年57.38kg、2023年56.65kg、2024年60.20kgだから、2023年をボトムにして2025年9月まで若干ながら消費量は持ち直している。確かに、農林水産省の統計では、趨勢的には減少傾向を辿っている。この総務省データは、明るいニュースにも聞こえる。

趨勢的な減少の背景には、主婦が働いていて、なるべく料理時間を短くしたいというニーズがあるのだろう。調理時間はパンや麺の方が短く、洗い物もパンや麺の方が楽である。就労時間が長くなり、家事時間が圧迫されているから、コメ離れが進むという趨勢的な傾向もある。年代別にみると、シニアは自炊してコメ中心の食事をする傾向があるのだが、年金生活世帯が中心で収入が固定的だという弱点がある。年金生活世帯はコメが高騰すると、コメの消費量も抑えることになってしまいやすい。コメ価格高騰は、高齢化する消費市場では需要を抑制する弊害が大きい。

しかし、こうした趨勢的変化があっても、前述のように、ここにきて消費量がいくらか増加しているデータもあるのは驚きである。理由は、主食のコメの代替品であるパン、麺類の高騰だろう(図表1)。原材料になる小麦価格が2021~2023年にかけて高騰し、その波及効果が加工品であるパンや麺にも及んだ。これに対して、コメ価格は、少し前までは価格安定が続いてきた。家計は割安だったお米に需要をシフトさせてきたと考えられる。その流れが現在まで続いてきていると考えられる(価格に対する需要の弾力性は低く、消費量の変化には大きなタイムラグがある)。

この状況は、急激にコメ価格が高騰してきたことから、今後は変わっていく可能性がある。コメと競合する小麦価格が世界市場に連動して趨勢的に上がっていくことを考えると、中長期的にコメ消費に対して代替効果が働いて、需要が押し上げられる可能性はある。しかし、ここにきての急激なコメ価格高騰があれば、せっかく定着してきたコメ消費への回帰の動きを途絶えさせてしまうだろう。従って、筆者は産業育成としても、価格安定を重視して、目下のコメ高騰を放置するようなことはしない方がよいと考える。

図表1
図表1

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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