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2025.12.05
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ブラジル、トランプ関税を巡る「実質勝利」は経済の追い風となるか
~景気は一段と鈍化も、金融市場は外部環境の改善や早期利下げ期待を受けて活況を呈する~
西濵 徹
- 要旨
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ブラジル中銀は、高インフレに対応して利上げを継続するとともに、引き締め姿勢を維持している。しかし、物価高と金利高の共存は内需の重荷となっている。さらに、トランプ米政権による関税の大幅引き上げは輸出産業に悪影響を及ぼす動きが確認されるなど、景気の下振れ懸念が高まっている。
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7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+0.43%とプラス成長を維持したものの鈍化している。個人消費が弱い一方、中国向け輸出や設備投資、政府消費が景気を下支えしている。一方、在庫調整の進展が景気の足を引っ張る動きも確認された。第2次産業は堅調だが、サービス業や農業は弱含む動きをみせた。
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米国は物価への影響を懸念して一部品目の関税を除外した。さらに、先月にはブラジル産食品に対する追加関税も撤回しており、ブラジルはトランプ関税に対して「実質的な勝利」を収めたと捉えられる。こうしたことに加え、外部環境の改善を背景に株式市場は最高値を更新するなど活況を呈している。
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インフレにさらなる鈍化の兆しがみられ、市場では早期利下げ観測が強まっている。中銀は慎重姿勢を維持しており、利下げが行われても緩やかなペースに留まると見込まれる。よって、実質金利の高水準は続くと予想される。こうした見方を反映してレアルは堅調だが、中国の動向など外部リスクには要注意である。
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ブラジルでは、2022年初めを境に鈍化したインフレが昨年以降加速に転じたことを受けて、中銀は昨年9月に利上げに動くとともに、今年6月まで7会合連続の利上げを実施した。これにより、政策金利(Selic)は15.00%と高水準で推移している。昨年末以降のインフレは中銀目標(3±1.5%)の上限を上回る推移が続いており、中銀は先月の定例会合でも3会合連続で金利を据え置くなど、引き締め姿勢を維持している(注1)。近年のブラジル経済は個人消費をはじめとする内需が成長のけん引役となってきたものの、物価高と金利高の共存が長期化して内需の足かせとなることが懸念される。さらに、ブラジルはトランプ米政権の関税政策に翻弄されてきた。ブラジルは米国にとって貿易黒字国であり、当初は相互関税の税率を一律分と同じ10%とするも、7月に税率を50%に大幅に引き上げる方針を明らかにした(注2)。トランプ氏は、その理由について「自由選挙と米国人の基本的言論の自由に対する攻撃」と「不公正な貿易慣行」を挙げたものの、実際にはトランプ氏と良好な関係にあるボルソナロ前大統領が国家転覆の計画を理由に起訴されたことが影響したと考えられる。なお、ブラジル経済にとって対米輸出額は名目GDP比2%弱に留まり、関税賦課に伴うマクロ面での直接的な影響は限定的と見込まれる。しかし、輸出全体に占める対米比率は1割強を占めるほか、一部の財では輸出に占める対米比率が高いため、輸出関連産業への悪影響は無視できない。年明け以降のブラジル景気は頭打ちの様相をみせるとともに、企業マインドも幅広い分野で悪化する動きが確認されるなど、景気の一段の下振れが懸念された。

こうしたなか、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+0.43%とプラス成長を維持したものの、前期(同+1.29%)から鈍化して3四半期ぶりの伸びに留まるとともに、中期的な基調を示す前年同期比の伸びも+1.8%と前期(同+2.4%)から鈍化して3年半ぶりの伸びとなるなど、景気は頭打ちの様相を強めている。失業率は低下が続く一方で、雇用の拡大ペースは鈍化するなど雇用改善の動きに変調の兆しが出るなか、物価高と金利高の共存により実質購買力に下押し圧力が掛かっており、個人消費の拡大ペースは鈍化している。なお、トランプ関税による悪影響が懸念されたものの、その背後で関係が深化する中国向け輸出の拡大などを追い風に輸出は底入れの動きを強めている。また、対内直接投資の堅調な流入も追い風に、金利高にもかかわらず設備投資が押し上げられるとともに、ルラ政権による財政運営が後押しする形で政府消費も拡大して景気を下支えしている。個人消費の弱さを反映して輸入の拡大ペースは輸出を下回り、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は2四半期連続のプラスとなっている。その一方、在庫投資による成長率寄与度は2四半期連続でマイナスとなるなど、在庫調整の動きが進む動きが確認されており、景気の実態は数字ほど悪くはないとも捉えられる。分野ごとの生産動向については、外需の堅調さを反映して鉱業部門がけん引役となる形で第2次産業の生産は堅調な推移をみせている。一方、個人消費の低迷を反映してサービス業の生産が鈍化して足元の景気の足を引っ張っており、農林漁業の生産も前期に下振れした反動で2四半期ぶりの拡大に転じるも力強さを欠いている。


前述したように、トランプ米政権はブラジルに対して50%の高関税を課しているものの、米国の物価に悪影響が出ることを懸念して、航空機やエネルギー関連のほか、オレンジジュースなどは対象から除外した。その後も米伯両国は担当者レベルでの通商協議を継続するとともに、10月末にマレーシアで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議に際して行われた両首脳による直接会談で、通商合意に向けた協議を加速化することで合意した。そして、トランプ氏は先月、幅広い輸入食品を対象にすべての国に課した相互関税の対象から除外する大統領令に署名しており、これに伴いブラジルから米国に輸出される牛肉やコーヒー、ココア、果物などに対する追加関税(40%)が撤回されている。これは、米国のコーヒー輸入のうち約3割をブラジルからの輸入が占めるほか、ハンバーガー向けの牛肉もブラジルが重要な供給国となっていることが影響している。このため、ブラジルは最終的にトランプ関税を巡って『実質的な勝利』を収めたと捉えられる。このところの金融市場においては、10月末の米中首脳会談を経て米中摩擦が事実上『棚上げ』されたことや、FRB(米連邦準備制度理事会)による利下げ観測も追い風に活況を呈する動きがみられるなか、ブラジルにおいても外部環境の改善が期待されることを反映して主要株式指数(ボベスパ指数)は最高値を更新している。

足元の株式市場が活況を呈する動きをみせる背景には、高止まりしてきた物価に変化の兆しが出ていることも追い風になっていると考えられる。ブラジル地理統計院が先月末に発表した先月中旬時点におけるインフレ率は前年同月比+4.50%と10月(同+4.94%)から鈍化しており、金融市場においては引き締め姿勢を維持してきた中銀の対応が変化するとの期待が高まっている。なお、中銀のガリポロ総裁は、その後もインフレ率を目標域内に収めるまで必要に応じて政策金利を維持する方針を示している。しかし、インフレ鈍化の動きが確認されるとともに、景気も頭打ちの様相を強めるなど一段のインフレ鈍化を促すとの期待が高まっていることを受けて、金融市場においては来年早々にも利下げに動くとの見方が広がりをみせている。とはいえ、中銀は伝統的に慎重な政策運営を志向してきたことを勘案すれば、仮に利下げが実施された場合も緩やかなペースに留めると見込まれ、実質金利(政策金利-インフレ率)は引き続き大幅なプラスで推移すると予想される。こうしたことから、先行きも投資妙味は極めて高い展開が見込まれ、通貨レアルの対ドル相場は堅調な推移をみせている。ただし、米中首脳会談を経て米中摩擦が後退していることを受けて、中国はブラジルからの穀物輸入を再び抑制させる可能性も考えられるため、引き続き外部環境の動向に注意を払う必要性は残ることは間違いない。


注1 11月6日付レポート「ブラジル中銀、3会合連続の金利据え置きで政権の圧力をけん制」
注2 7月10日付レポート「ブラジルが突如トランプ関税の「標的」に!?」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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