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2025.11.25
日本経済
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高市政権
中小企業の賃上げ促進はどうなったか?
~高市政権にも引き継がれるバトン~
熊野 英生
- 要旨
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高市政権の総合経済対策をつぶさに読むと、好循環を後押しし、中小企業の賃上げを側面支援するような内容が存在する。決して石破政権が岸田政権からつないだリレーのバトンを落とした訳ではなく、政府の中ではバトンを引き継ぐ項目は存在する。本稿ではそうした点に注目して内容を紹介するものである。
賃上げ環境の整備は残った
高市政権の経済対策は、何かと財政拡張ばかりが目立つ。筆者は、まるで石破前政権から、政権交代の大転換が起こったような印象も受けている。石破政権の経済・財政・物価の安定的バランスの追求が崩れたことは残念であるが、発表された総合経済対策の資料を目を通すと、重要な中小企業政策・賃上げ促進は、どうにか生き残っていた。特に、「中小企業・小規模事業者をはじめとする賃上げ環境の整備」という項目である。今回の総合経済対策には、三本柱の第一の柱として、「生活の安全保障・物価高への対応」という構成がある。そこでは、賃上げ促進がきちんと謳われている。
石破・岸田政権までは、経済の好循環を高め、賃上げ率を高めることが、家計の物価高対策の中核であった。その推進の課程では、春闘で従業員の3割を占める大企業を中心とした賃上げはできても、7割を占める中小企業の賃上げは不十分だという議論があった。その課題に応えるまでの間に石破政権は倒れてしまい、高市政権に交代した。当初、高市首相は好循環や賃上げの推進には積極的ではない印象もあったが、とりまとめられた総合経済対策には盛り込まれていて、筆者は胸をなで下ろしている。
具体的な賃上げ環境の整備とは
では、どのような賃上げ促進の具体策が盛り込まれているのかを列挙してみたい。財政出動と関係しているのは、重点支援交付金である。交付金が支給される対象には、推奨事業メニューというものがある。すでにある賃上げ促進税制を活用しにくい中小企業・農林水産事業者には、この推奨事業の実行を通じて、交付金が支給されることが、間接的に賃上げの実現につながる。
次に、「労働供給制約社会の中堅・中小企業の『稼ぐ力』強化戦略(仮称)」をつくり、そこで①価格転嫁、②省力化投資、③M&A・事業承継、④売上拡大・投資拡大の促進を考える。注目したいのは、生産性向上に向けて、売上を意欲的に増やすための「100億宣言企業」のプランである。中小企業庁が旗を振り、売上規模を将来的に100億円超にしたい企業が名乗りをあげて、政府がそれを間接的に支援する枠組みである。
企業にとって、事業拡大をしようとすれば新しい人材を外から採用しなくてはいけなくなる。外からの人材は給与水準が高く、その採用では内部の給与水準との格差を埋める圧力が生じる。技能労働者は特に不足しており、社外人材の登用は内部労働市場の賃上げ圧力の増大に寄与するというのは、実務的にもよくわかる理屈だ。
トランプ関税対策
来春の賃上げを側面支援するときに忘れてはいけないのが、トランプ関税対策だ。当初の高市政権の政策運営では、ここが抜け落ちているように感じた。石破前首相はトランプ関税を国難と呼んでいた。相互関税は当初公表の24%から15%へと引き下げられたが、国難は続いている。2025年度上期決算では、自動車大手の業績には甚大な打撃があった。
この点、政府は資金繰り支援を中心に、国難対策を推進している。常々、これだけでは弱いと筆者は考えてきたが、総合経済対策では「プッシュ型伴走支援体制を強化して、よろず支援拠点に生産性向上支援センターを設置する」としている。これがどこまで有効なのかは未知数だ。それでも、商工団体などと協力して伴走支援体制をつくろうとする考えもあり、方向性としては改善している。
私案:賃上げ促進策
筆者はエコノミストなので、賃上げ促進のためのプラス・アルファの政策が何かを常に考えている。それは、(1)中小企業の輸出拡大と、(2)AI活用による省力化・AIサポート人材の育成と派遣である。それに(3)賃上げ促進税制の拡充を加えると、3つである。
現状、企業規模別の輸出額は約85%が大企業によって行われていて、中堅・中小企業は僅か15%しかない。中堅・中小企業の海外向け輸出をもっと大胆に増やせば、そこで投資拡大と事業拡大のための人材採用・育成が加速する。個別にみると、食料品、金属製品、木材・木製品、繊維などは相対的に輸出志向が強い。そうした業種で政府が輸出促進すれば、アジア諸国や欧州に輸出が伸ばせる。逆に、自動車・部品は中堅・中小企業の輸出がほとんどない。その状況を政府の支援で変えて行った方がよい。
AI活用では、労働生産性を高めることが肝要になる。筆者の分析では、人員が減って資本生産性が高まると1人当たり人件費が増えることがわかった。中小企業の場合、社内にAI人材がおらず、社外からその利用の仕方を指南するエキスパートが居れば画期的にスキルの習熟が進むだろう。マクロ的にAI化は人員削減圧力になるが、そこは労働移動の仕組みを在籍型出向・転籍を増やすことで労働市場の流動性を高めればよい。
税制に関しても、かなり改善されたが、もう一段の改善はできる。中堅・中小企業では人員の高齢化が進んで、定年などの退職者が増え、総人件費が前年比で減ることも多い。現行制度ではいくらベースアップをしても、総人件費が増えなければ税優遇が行われない。特に中小企業に関して、純粋にベースアップをしたら手厚い恩恵が及ぶような見直しを期待したい。
おそらく、ここで筆者が示した私案は、政府の経済対策や成長戦略の枠組みの中でも実行可能である。特に、中小企業の輸出拡大は、それほど非現実的なことではなく、「100億宣言企業」や「重点支援地方交付金」、「『稼ぐ力』強化戦略」の範囲内でも推進可能である。高市政権下でも、そうした成長戦略の質的改善を行っていただきたい。
熊野 英生
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

