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2025.10.31
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米中緊張緩和を促す株頼りの米景気
~米景気の不安定さが解消するまでは“TACO”は継続せざるを得ない?~
嶌峰 義清
- 要旨
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米中首脳会談では、米中がそれぞれの国に打ち出していた多くの規制の発動延期が決まった。
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中国が米国産大豆の輸入再開、レアアース規制強化の1年延期、フェンタニル管理強化を打ち出す代わりに、米国は対中関税を10%引き下げるなど、総じて見れば中国側に実利の多い交渉結果となった。
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米国が交渉を急いだ背景には、レアアース規制強化を避けることに加え、米景気が株頼みである状況で、株価下落に繋がるリスクを避けたかったことがあると考えられる。
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対中緊張緩和で弾みがつく株高
10月30日に行われた米中首脳会談では、合成麻薬フェンタニルの米国への流入阻止について中国側が協力すると表明したことを受けて、米国側が課していた対中フェンタニル関税を20%から10%に即時引き下げることが決まった。今後は、対中関税は全ての国に課している10%の相互関税に、フェンタニル関税の10%を加えた20%となる(11月10日に期限を迎える上乗せ関税(24%)については、1年間先送り)。なお、トランプ大統領は「これは1年間の合意で、1年後に延長される」と述べており、今後は同問題に関しての中国の対応を見極めて判断することが示された。
また、注目されていたレアアース規制強化については、中国がこの措置を1年間延期する一方、米国が対抗措置として打ち出していた100%の関税上乗せについても同様に1年間見送ることで合意したほか、両国が繰り出していた規制や対抗措置の多くが、撤回、ないしは発動延期という形となった。
こうした米中間の緊張の緩和は、米国を中心に主にハイテク関連株を押し上げ、日本でもハイテク株の影響を受けやすい日経平均株価の上昇に繋がっている。米中間の緊張は、米国が半導体分野での対中規制の強化、中国側がレアアースの規制強化に動いたことで、半導体やAI、高性能磁石などの産業で先行き不透明感が強かった。米中が双方ともこうした分野の規制緩和に動いたことで、広くハイテク関連分野での業績拡大への期待感が強まった。
中国側に恩恵が大きい結果に
今回の合意内容を整理すると、
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中国が米国へのフェンタニル輸出対策を講じることにより、米国は中国に課していた関税を30%から20%に引き下げ
→中国は関税対抗措置の一環として5月以降停止していた米国産大豆の購入を再開 -
米国が9月に発表していたエンティティーリスト(中国の軍事関連企業の輸出規制)の拡大(対象企業が50%以上の株を保有するグループ会社も対象とする)を延期
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中国は先に表明していたレアアースを巡る規制について、少なくとも1年間猶予
→米国は、中国が表明していたレアアース規制強化の先送りを受けて、対抗措置として打ち出した100%の上乗せ関税を1年間延期 -
米国が10月から開始していた中国関連船(中国企業が所有・運航する船舶や中国で建造された船舶など)に対する特別な港湾使用料の徴収措置を1年間延期
→中国側は同様の対抗措置を1年間延期 -
米国が検討していた対中半導体規制の強化(先端品の新規追加規制など)の延期
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TikTokについて、米国側が求めていた米国事業の分割・売却について基本合意
などとなっている。
これにより、中国側はフェンタニルの管理強化と引き換えに10%の関税引き下げを勝ち取った。また、米国産大豆の購入を抑えていたが、その代替としてブラジル産大豆を購入したことが市況の上昇と輸送費の増加によるコスト高を招いており、再び米国産大豆を購入することでこれを解消できるなど、プラス面が目立つ。そのほか米国からかけられていた規制(エンティティーリストの拡大、中国船への入港料、半導体規制強化など)については、レアアース規制強化を延期させることで先送りとなった。
一方、米国にとっても中国への大豆輸出再開はプラスだが、その恩恵は大豆農家に限られる(トランプ大統領の支持基盤へのアピールには繋がる)。また、フェンタニルの規制強化によって、社会問題化している若者のフェンタニル関連死は減少する可能性はあるが、薬物蔓延の劇的な改善に繋がるかは未知数だ。
したがって、経済的な側面だけで今回の米中合意を評価すれば、米国は「対中関税を10%引き下げることで、対中大豆輸出の再開につなげた」ということにとどまる。むしろ、中国が米国への対抗措置として打ち出したレアアース規制の強化(輸出規制対象元素の拡大、中国産レアアースを0.1%以上含む海外製造を含む各種製品の輸出管理、関連技術の輸出管理など)が、極めて有効な策であることが証明されたといえる。
株価下落がアキレス腱の米国が折れた
米中両国のファンダメンタルズをみると、両国とも芳しくない。中国景気は、若年失業と不動産不況から脱せず、内需の低迷が続いている。政府の景気対策の効果も薄く、成長押し上げのための生産拡大は、却って需給を悪化させ、デフレ圧力を強める格好となっている。一方で、外需については高関税によって米国向けには大幅に落ち込んでいる。アジア周辺国や欧州向けの輸出を拡大させることで米国向けの落ち込みをカバーはしているものの、外需にドライブをかけて景気を牽引させるには至っていない。7~9月期の実質GDP成長率は前年同期比+4.8%と、4四半期ぶりに5%を割り込んだ。年初来(1~9月)の成長率は同+5.2%と、政府目標である“5%前後”を維持しているものの、前期比ベース(年率)では今年に入ってから3四半期連続で4%台にとどまるなど、実質的には政府目標を下回るペースでの成長にとどまっている(図表1)。

中国のような計画経済を行っている国では、目標を下回る経済成長や、不動産不況や若年失業問題の解決の遅れは、政府の責任を問われてもおかしくない。しかし、景気の停滞を“米国の一方的な高関税”の責任とすることは可能だ。また、政府が進めている反腐敗運動では、この10月にも軍関係者や閣僚経験者の軍籍・党籍剥奪が行われた。こうした動きも、景気低迷に対する国民の不満をそらしていると考えられる。
これに対し、米国では総じて見れば景気は堅調に推移している。米景気の命綱とも言える個人消費が好調さを保っているためだ。一方で、雇用は減速傾向を辿っており、特に4月以降はその傾向が顕著だ。その一因として、トランプ関税によるコストを企業が吸収し、収益性の悪化を雇用の削減で補っている可能性がある。これまでのところ、失業率は緩やかに上昇しているものの引き続き歴史的な低水準にあって労働需給が逼迫していることを示している。これにより、賃金上昇率も鈍化傾向を辿ってはいるものの、物価上昇率を上回る伸びを維持、実質賃金の拡大傾向は続いている。一方で、消費者の財布の紐の緩み具合に繋がる消費者の景況感は、歴史的に見れば消費が失速してもおかしくはない水準で低迷している(図表2)。

このように、雇用・所得環境の鈍化、消費者マインドの低迷にもかかわらず個人消費が堅調さを保っている背景には、株高による効果があると推察される。見方を変えれば、株高による資産効果と消費者の景況感の改善効果が無くなれば、個人消費も減速傾向を辿っていくリスクがある。特に、中国が打ち出していたレアアース規制の強化策は、世界中の企業が対象となり、実行されれば世界中のハイテク産業に甚大な影響を及ぼし、世界的な株安に繋がった可能性もある。
憲法上不可能であることは承知しながらも3期目にも意欲を示し、来年秋に中間選挙を控えるトランプ米大統領にとっては、肝いりの政策であった相互関税が、これによって生じるインフレ懸念によってFRBの利下げを阻害すると同時に、雇用の減速を通じて景気の悪化に繋がるようなことは避けたいと考えるだろう。したがって、足元の景気の状態ではどうしても株式市場の動向に配慮せざるを得ず、対中姿勢に影響を及ぼしているとしても不思議ではない。
嶌峰 義清
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

