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遠退くECBの追加利下げ

~利下げ再開には新たな決め手が必要~

田中 理

要旨
  • 昨年6月以降、大幅な利下げを続けてきたECBは、3会合連続で政策金利を据え置いた。先行きの不確実性の高さを理由に、ECBは利下げ再開の余地を残している。だが、足元の景気・物価指標は僅かに上振れし、貿易摩擦や地政学的なリスクのエスカレートも回避されている。下限の政策金利は既にECBが想定する中立金利の中央値に達し、スタッフ見通しでの一時的な物価の目標下振れ予想も追加利下げを決める決定打とはなっていない。利下げ再開には景気や物価の大幅な下振れを示唆する新たな材料の出現が必要とみられ、筆者はECBが今後も様子見姿勢を続けるとの見方を維持する。

  • ECBは同日、デジタルユーロの導入に向けた準備期間が終了し、2026年中に必要な法整備が進むことを前提に、2027年央に試験運用を開始し、2029年中に初回発行を計画していることを発表した。デジタルユーロの発行がECBの金融政策運営にどのような影響を与えるかは、今後の詳細な制度設計や流通量などに依存する。デジタル取り付けや金融政策の波及経路が弱まることを懸念する声もあるが、個人の保有上限設定や小売店の保有制限などが検討されており、流通量が爆発的に拡大しない限り、大きな影響はないと考えられる。

欧州中央銀行(ECB)は10月30日に終わった理事会で、7月・9月に続き3会合連続で政策金利を据え置いた。ラガルド総裁は理事会後の記者会見で、今回の利下げ見送りの決定が全会一致によるものであったことを明かした。昨年6月以降、通算で8回・合計200bpの利下げを実施したことで、下限の政策金利(預金ファシリティ金利)は2.0%と、ECBが想定する中立金利(1.75~2.25%)の中央値に到達している。声明文では「力強い労働市場、民間部門の健全なバランスシート、過去の利下げが景気の底堅さの重要な要因であり続けるが、とりわけ世界的な貿易摩擦や地政学的な緊張を背景に、先行きは引き続き不透明である」と指摘したうえで、「データに基づいて理事会毎に適切な金融政策スタンスを決定する。政策金利の決定は、インフレ見通しとそれを取り巻くリスクに関する評価、今後発表される経済・金融データ、基調的なインフレの動き、金融政策の伝達の強さを考慮して行われる。事前に特定の政策金利の経路を約束することはない。インフレ率を中期的な目標に向かって持続的に安定させ、金融政策の伝達が円滑に機能するように、その責務の範囲内であらゆる手段を調整する準備がある」との従来の政策指針(フォワード・ガイダンス)を維持した。景気の持続的な回復と中期的な物価安定の達成を巡って不確実性が残るなか、先行きの利下げ再開の選択肢を排除しない姿勢を打ち出した。

ハト派で知られるフランス中銀のビルロワドガロ総裁が10月14日に「次の政策金利の変更は利上げよりも利下げの方が妥当で、そうなる可能性が高い」と指摘したほか、一部の市場参加者の間では次回12月や来年前半にかけて、ECBが利下げを再開するとの見方も散見される。だが、同日発表された7~9月期のユーロ圏の実質GDP成長率の速報値は、米国による関税引き上げ前の駆け込み輸出の反動減が予想されたにもかかわらず、前期比+0.2%と前期の同+0.1%から僅かに加速した(項目別の詳細は速報段階では未発表)。また、31日に発表されるユーロ圏の統一基準消費者物価(HICP)の速報値は、既報のドイツとスペインの国別計数の動きから判断して、9月確報の前年比+2.2%からやや上振れすることが予想される。

次回12月17・18日の理事会では、四半期に1回のスタッフ見通しが発表され、予測期間が2028年まで1年間延長される。9月のスタッフ見通しでは、エネルギー価格の沈静化を背景に、ユーロ圏の消費者物価は2026年1~3月期から2027年4~6月期に前年比2%を割り込んだ後、2027年末の予測期間の最終期に向かって同2%に収斂すると予想されていた。物価の一時的な下振れを理由に利下げを再開するのであれば、過去3回の理事会でも利下げを見送る必要はなかった筈だ。ECBは今回の理事会で引き続き、景気の下振れリスクと上振れリスクの双方に言及したが、最近のパレスチナ自治区ガザでの停戦合意、米国と中国との貿易協議の前進、今夏の米国とEUとの貿易合意などを受け、下振れリスクの幾つかが和らいでいることを指摘した。理事会内では、サプライチェーンの混乱が生じた場合の物価の上振れ圧力や、中期的な物価安定の達成には賃金やサービス物価の更なる沈静化が必要であるとの声もある。インフレ再加速を警戒するタカ派の反対を押し切って利下げを再開するには、景気や物価の大幅な下振れを示唆する新たな材料の出現が必要とみられ、筆者はECBが今後も様子見姿勢を続けるとの見方を維持する。

ECB理事会は同日、2023年11月に始まった「デジタルユーロ」の導入に向けた準備期間が終了し、2026年中に必要な法整備が進めば、2027年央から試験運用を開始し、2029年中に初回の発行を目指す方針であることを明らかにした。デジタルユーロは、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)の一種で、デジタル取引の拡大で現金決済が減少するなか、現金を補完するデジタル形式の法定通貨として、ECBや欧州委員会が近い将来の発行に向けた検討を進めている。デジタルユーロを利用する個人は、市中銀行などにデジタル口座を開設し、現金と同様に無料で小売業者との決済や個人間の資金移動を行うことが可能になる。小売業者はデジタルユーロでの支払いを拒否することはできない。

デジタルユーロがECBの金融政策運営にどのような影響を与えるかは、今後の詳細な制度設計や発行開始後の流通量などに依存する。金融危機時に個人が銀行預金をデジタルユーロに移す「デジタル取り付け」のリスクを指摘する声もあるが、デジタルユーロに保有上限を設定することや付利しないことが検討されている。また、デジタルユーロの普及拡大に伴い、公開市場操作や常設ファシリティを通じた資金調整など金融政策の波及経路が変わる可能性や、銀行の預金基盤の縮小による信用創造機能への影響を懸念する声もある。現在、個人のデジタルユーロの保有上限を設定することや、小売店のデジタルユーロの保有を制限する(支払いで受け取ったデジタルユーロは直ちに銀行口座に送金する)ことなどが検討されている。ECBはデジタルユーロの発行に伴う金融政策の伝達メカニズムや銀行の信用創造機能への影響が極力でないように検討を進めており、流通量が爆発的に拡大しない限り、大きな影響はないと考えられる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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