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2025.09.29
日本経済
経済財政政策
景気全般
雇用
人口減少・少子化
賃金
小泉進次郎候補の経済政策
~どうやって賃上げを継続するか?~
熊野 英生
- 要旨
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- 5人の候補の中で、小泉進次郎候補の経済政策に注目した。物価高対策に関しては、賃上げを主軸に置く。しかし、それをバックアップする成長戦略は手薄だ。また、インフレ連動の経済をつくると、逆にインフレ促進になるというのが経済学の知見だ。そこは金融政策の運営を絡めてもっと説明する必要があるだろう。
石破路線の継承
5人による自民党総裁選挙の行方は、10月4日の投票で決まる。それを前に、小泉進次郎候補の経済政策について、やや深く掘り下げてみたい。小泉候補は、候補者の中では成長や賃上げの方に重点をおいて政策アピールをしている傾向が強かった。また、現石破政権では、農水大臣を務めていて、今後も石破路線の継承を進める立場にもなる。石破首相が官民一体の賃上げを推進しているので、その流れを強化するための方法論が気になる。
まず、小泉候補の掲げる物価対策は、
- 2030年度までに平均賃金を+100万円ほど増加させる。それを支援する成長戦略としては国内設備投資は同じく2030年度までに+135兆円増を目指すとする。賃上げ促進税制を整備する。
- ガソリン暫定税率の廃止は実施する。
- 医療・福祉・介護・教育・保育などの公定価格分野の従事者の報酬は、物価上昇率に合わせて引き上げていく。
- 官公需の価格転嫁を進めるべく、中小企業の取引条件を改善する。
などが挙げられている。かなりオーソドックスで奇をてらわない印象がある。その代わりに、既存政策の延長に感じられ、あまり挑戦的な姿勢を強調できないというデメリットもある。しかし、筆者にはそれが現実路線に見えて、好感を覚える。
賃上げのイメージ
小泉候補の賃上げの主張は、おおむね筆者も賛成する。しかし、問題はそれをバックアップする成長戦略である。そこの示した方については小泉候補にはやや甘さがあったと思う。後述する中小企業の輸出拡大や生産性向上の処方箋も一緒に述べられていた方が、言い放しにならなく済む。ここを肉付けすることは、小泉候補の課題であろう。
次に、物価高対策のための賃上げについて、どのくらいのペースを想定しているのだろうか。「2030年度までに平均賃金を+100万円増やす」という目標に、どのくらいの現実味があるのだろうか。
最近、発表された国税庁の「民間給与実態調査」では、平均給与が2024年478万円であった。これを2030年度までに+100万円、つまり578万円にするという目標になる。
過去の数字を振り返ると、2020年の435万円をボトムに、2024年の478万円まで年平均2.4%の上昇率であった。今後、2024年478万円が、6年後の2030年度に578万円(+100万円)になるためには、年平均3.2%の上昇率が必要になる計算だ。率で言えば、1.33倍に上昇率を高める必要がある。
2025年度は春闘交渉で3.70%ものベースアップ率が実現できて、厚生労働省「毎月勤労統計」では、2025年1~7月平均の上昇率2.4%になった。そう考えると、統計は異なるが、民間給与ベースで3.2%を達成するには、春闘ベースのベア率を1.33倍に引き上げて5%前後までにする必要がある。これはちょっと高すぎる気がする。
もしも、そうした大企業を中心とする賃上げに限界があるのならば、中小企業の底上げも不可欠になる。中小企業庁のアンケートでは、コスト全体の価格転嫁率はまだ52.4%(2025年3月時点)に過ぎない。だから、小泉候補が別に主張するように、十分に転嫁を前提とした水準に官公需の価格設定を引き上げることは有益な措置になるだろう。
確かに、政府の取引価格設定をインフレ連動にして、値上げを認めることは理論的にも適切な措置だろう。名目GDPベースで官公需の占める割合は、25.7%(2024年度)にもなる。ここが年金などを含めて完全に物価スライドすれば、寄与度で4分の1の連動が見込める。今まで遅れていた公共サービスの値上げも同時に行われれば、過剰に事業者を苦しめなくても済む。
おそらく、マクロ的には当初、財政支出は激増するだろうが、物価スライドが広範囲に進めば、後から名目GDPが増えて、税収増加へと結びつくに違いない。税収の弾性値が高いとすれば、財政収支は2、3年後に遅れて改善すると見込まれる。
しかし、問題なのは物価上昇に取り残される高齢者や事業者が多く発生するリスクである。特に、総世帯の中に占める年金生活者(無職世帯)は、2025年4-6月の時点で38.1%に達する(総務省「家計調査」総世帯)。彼らは、経済をインフレ連動型に変えたとしても、年金のマクロ経済スライド制によって割り負ける宿命を背負わされている。小泉候補は、「公的年金の持続性」を主張する人々と折り合いをつけて、年金制度を含めてインフレ連動型に変えていくことが本当にできるのだろうか。
物価上昇は加速する?
経済学の知見を使うと、小泉候補のインフレ連動型の経済は、物価上昇が加速しやすい制度設計を広げることになり、多くの国民をさらなるインフレに巻き込むことになりそうだ。そのときに、敢えてインフレ経済を前提にして国民生活をうまく回していくには、日銀の利上げが不可欠だ。円安傾向を是正して、無職世帯でも預金金利の引き上げによって年金以外の収入を増やすことが可能になる。小泉候補は、金融政策の判断は日銀に任せる旨を述べていて、インフレと同時に日銀の利上げを通じて高すぎるインフレ率にはブレーキを踏んでいく意向なのだろう。
筆者もいつまでもデフレ経済を引きずった体制を温存するよりも、摩擦は大きくてもインフレ経済と共存する選択の方がよいと考える。その場合、無職世帯が預貯金だけではなく、株式・投資信託などを保有して幅広く運用の成果を享受できる体制づくりも必要になってくる。これは、岸田・石破路線の継承でもある。もう一歩進めるくらいの覚悟で臨んでほしいと思う。
難題はいくつもある
これは、小泉候補に限った話ではないが、次期首相になろうと思うのならば、目の前に乗り越えなくてはいけない壁がある。
まずは、「トランプの壁」である。相互関税は15%になり、それなりの関税負担が対米輸出企業にのしかかる。石破首相は、具体的な対応策として相談窓口を全国1,000か所に設けて、公的金融機関の支援をするとした。ただこれでは、来年の春闘交渉は暗いのではないか。もっと、目先の対応を講じてもよいはずだ。
例えば、米国以外の輸出先の開拓である。TPPには韓国も参加意欲を示している。日本の中堅・中小企業は、輸出全体の15%しか占めていない。だからこそ、中堅・中小企業の輸出拡大をJETROなどを窓口にしてアジア向けなどに展開を促した方がよい。
対米投資80兆円の目標は、トランプ大統領との約束になる。日本企業にもそこへの参画が求められるが、それは日本企業の限られた投資余力を米国向けにシフトさせることにはならないだろうか。討論会を聞いていると、小泉候補を含めて各候補の認識は甘い気がする。国内投資+135兆円増も、この問題を視野に入れていない気がする。
また、討論会での小泉候補の回答には、経済安全保障で企業の投資が増えるというものがあった。実は、そうした見方はバイデン前政権時代に、サリバン大統領補佐官が唱えていたレジームであり、トランプ政権の下では昔の話になっている。例えば、海外からTSMCのような競争力のある企業を誘致して日本で生産したとして、その生産物をどこで売ろうというのか。バイデン政権下では、中国にあったサプライチェーンを日本や韓国に移して米国に輸出するという方法が推進された。トランプ大統領はそんなことは考えていないだろう。今後は、日本に海外企業を誘致して、アジアなど米国以外に売り込むことを念頭におかなくてはいけない。小泉候補を含めて、経済安全保障を強調する人々は、パラダイムが変わったことを自覚して、別の輸出先を開拓することに力を尽くさなくてはいけないだろう。
こうしたトランプ政権下で、日本がどう対処していくかという問題は、今日的課題として候補者の頭の中の世界観を刷新して考えるべき問題である。
人口減少・人手不足問題
テレビ討論会をみていて、ややがっかりしたのは各候補が、人口減対策に明快な意見を示していなかった点だ。例えば、経済成長すれば少子化は緩和されるという意見も聞いた。地方が人手不足で成長できずにいるときに、「経済成長すれば」という言葉はやや矛盾を感じてしまう。「AI活用で・・・」という話も、少し抽象論に聞こえる。1年前の総裁選では小泉候補は、解雇規制の緩和に言及した。筆者は、小泉候補に対して勇気ある発言だと感じた。しかし、今回はその意見を単に封印しただけで、議論を進めていない。
もしも、筆者ならば解雇、つまり金銭解雇の対処は最終手段であって、決して頻発することはないと説明する。AI等の活用で必要でなくなった社内労働力は、在籍型出向・転籍によって、人手不足の中小企業などへとシフトさせる選択肢を取る。経済政策としては、生産性上昇のためにそうした労働移動に公的支援を加えることが有益だと主張する。労働移動をもっと活発化させないと、日本の会社の生産性は決して高まらない。年功序列の温存は、若い人材の能力開発を阻み、役職定年で能力を死蔵した人々を数多く生じさせる素地を生み出す。企業内の人員構成が頭でっかちになる中で、小泉候補が提起した解雇規制の緩和は、活発な議論のきっかけになったかもしれないと感じた。
少子化対策は、もっと深掘りしてよい問題だ。日本の婚姻件数は50万組を割り込んで、地方では深刻さを増している。若年労働者の給与をもっと劇的に引き上げて、地域内でのマッチングに地場企業が熱心になってもよい。筆者は、企業内での結婚に関するハラスメントの過剰な警戒感は、少子化を進める一因だと感じている。自民党総裁選という場で、そうしたミクロの議論をするのは限界があると思うが、「経済成長すれば少子化は緩和される」という話に終始するようでは困る。
熊野 英生
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