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日銀会合、反対2票とETF売却

~約50兆円の含み益の行方~

熊野 英生

要旨

9月の決定会合では、2名の政策委員が「現状維持」の執行部の意見に反対票を投じた。驚きである。この会合では、日銀保有のETFを売却する方針も示された。株式市場では、それに驚いて急落する場面もあった。現在の株価で計算すると約50兆円もの日銀の含み益は、今後、政治的にどう利用していくかという議論の火種になると筆者は予想する。

目次

反対票2人の意味

9月18・19日の日程で行われた日銀の金融政策決定会合は、少し驚きの結果になった。政策判断の現状維持に対して、高田委員と田村委員が反対票を投じたのだ。2名は利上げ方向で、大勢の現状維持に反対した。一部の見方では、年内利上げの可能性は自民党総裁選挙によって「波風を立てないように来年に延期するだろう」と変わってきている。そうした中、この反対票の意味は大きい。年内利上げを強く意識させるものだからだ。無論、誰が次の首相になるかで変わってくる。そうだとしても、筆者が従来から予想する12月利上げの公算は高いとみられる。日銀ウォッチャーの中では10月利上げとみる人も多数出てくると思う。発表に前後して、ドル円レートのリアルタイムチャートは大きく円高に振れた。これも、筆者と同じ読みを多くの投資家たちがしているからだろう。

もう1つのショックは、日銀保有のETF売却を発表したことだ。これは事実上、株式の売却になる。簿価37.1兆円(9月10日時点)の保有株式売却を一度に行えば市場に激震が走るので、日銀は年間3,300億円(簿価)でと発表している。それでも、日経平均株価は9月19日の午前中まで急激に上昇していたので、絶好の売場を提供した格好になってしまった。

なぜ今なのか?

不思議に思うのは、高田委員と田村委員の2名はどうして今のタイミングで反対票を入れたのか。7月22日に日米関税交渉が合意されて、その後で7月会合があった。植田総裁は、7月会合後の記者会見でかなり歯切れが悪かったのを覚えている。時間が経って、トランプ関税の悪影響が和らいだことが、両委員の見方を利上げに動かした可能性はある。

両者の発言では、高田委員は、「物価が上がらないノルムが転換し、『物価安定の目標』の実現が概ね達成された」、田村委員は、「物価上振れリスクが膨らんでいる中、中立金利にもう少し近づけるため」として政策金利を現状0.50%から0.75%へと引き上げることを主張したとされる。

筆者は、伏線として米国事情があると思う。パウエルFRB議長は、トランプ大統領から圧力を受けて中央銀行の信認が揺らいでいる。9月のFOMCは、政治的圧力とは独立した判断を下すような、ぎりぎりの内容であった。FRBの独立性が脅かされているからこそ、日銀は常に政治的要因から独立していることをアピールした意識が働いたとも考えられる。高田委員と田村委員は、年内利上げが政治的要因で遠のくことを嫌がっており、あえて年内利上げの思惑を高めるために反対票を投じることをしたという解釈ができる。

ETF売却の計画

日銀は、売却時期の分散に配慮しつつ、年間3,300億円(簿価)のEFTを売却するという。REITの方は年間50億円の売却予定である。

この発表は、唐突感は間違いなくあった。9月19日の日経平均株価は、発表直後に一時は▲800円も下落した。それまで日経平均株価が、連日最高値を更新して、株価水準45,000円に到達した。だから、日銀はこのくらい株価が上昇すれば自分たちが株式売却を明らかにしても、株式市場に小さなショックで済むという読みがあったと思う。筆者も、最高値だから売却はあってもおかしくないと感じる。日銀も、なるべく株価にショックを与えないように、株価が高いタイミングを選んできたという印象が強い。日銀の説明では、この株式処分のペースは、東証プライム市場全体の売買代金に占める売却額0.05%の割合に過ぎないとしている。需給面で相場を急落させるインパクトはないという意味である。日銀の意向は、過剰反応をしてほしくないというものであろう。

日銀のETF売却について、筆者は焦点は別にあると思う。おそらく、市場の混乱はごく一過性だろう。それが落ち着いて、しばらくすると政治的に日銀の売却益について関心が集まるに違いない。

9月10時点のETF保有額は簿価で37兆1,862億円である(毎旬報告)。REITは6,550億円である。この時価を推定すると、簿価3,300億円が2025年3月末時点の時価で6,200億円になると日銀は公表している。3月末の日経平均株価は35,617.56円だから、平均取得価格は18,957.73円になる。ならば、9月19日の日中高値45,508.67円で計算すると、含み益は52.1兆円にも膨らむ(45,000円ならば51.1兆円)。もちろん、これを一気に利益確定する訳ではないから、誰かが自由に使えるものではない。日銀の決算で今後その売却益は国庫納付されて、政府のその他収入になる。2024年度決算では、日銀納付金は2.15兆円であった(この中にはETF分配金も含まれる)。こうした資金を今後の景気対策などの財源にしようという議論は、必ず政治サイドから出てくると予想される。

日銀からすれば、これは困った問題である。国庫納付には、実現される含み益がちょっとずつしか出てこない。例えば、簿価3,300億円ならば、実現益は株価45,000円で約4,500億円に過ぎない。それに、日銀のバランスシートには長期国債がある。今後の金利上昇によって長期国債の含み損は膨らむだろう。また、フローの部分では、当座預金の利払費用が膨らんで利益を圧迫していくから、将来は毎年のようにETFの実現益は、金融機関への利払費に使われていく格好になる。含み益の約50兆円は、使うに使えない資金でしかないのだ。

トランプ政権とFRBの独立性とは別に、日本では中央銀行の含み益を巡って、政治との駆け引きが強まっていくと筆者は予想する。

今後の金融政策

9月会合で反対票を入れた2名は、10月、12月の会合でも引き続き利上げ方向で意見を述べていくだろう。他のボードメンバーは、それに追随していく公算は高いとみている。

10月の会合では、日銀短観が10月1日に発表されるので、これが有力な判断材料になっていくだろう。植田総裁は、いつものように「もう少し様子をみたい」と発言するに違いない。その場合、11月半ばまでに主要企業の決算が発表され、12月初には冬のボーナスが支給される。年末商戦の動向がそこからわかる。12月中旬の決定会合では、そうした材料に基づき、「もう少し様子をみたい」という植田総裁も、利上げに納得していくだろうというのが筆者の見立てである。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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