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2025.09.16
アジア経済
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中国、8月経済指標の弱さを確認も、大規模刺激策は期待しにくい
~内需は総じて力強さを欠くも外需に底堅さ、人民元安誘導による景気下支えが続く可能性~
西濵 徹
- 要旨
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- 米中関係は、関税の応酬により一時貿易戦争に発展したが、ジュネーブ、ロンドン、ストックホルムでの協議を経て関税の上乗せ分や輸出規制が一時停止されるなど、最悪の事態は回避されている。直近のマドリード協議では、TikTokの米国事業の売却で枠組み合意に達したが、詳細は不透明な上、関税や輸出規制に関する進展は乏しい。中国は米半導体大手への調査を開始するなど強硬姿勢を維持する動きをみせる。
- 足元の中国景気については、不動産不況や雇用回復の遅れがディスインフレを招くなか、過当競争の動きも悪循環に繋がっている。8月の鉱工業生産は前年比+5.2%と鈍化するも、当局の生産抑制策は道半ばの状況が続く。小売売上高も前年比+3.4%と鈍化しており、補助金効果が続く一方で個人消費は二極化が続いている。固定資本投資も年初来前年比+0.5%と鈍化しており、不動産投資の低迷が続いているほか、住宅価格も下落基調が続くなど、底がみえない状況で、先行きの見通しが立ちにくい状況にある。
- 金融市場では、経済指標の弱さを受けて追加刺激策への期待が出ているが、年前半の経済成長率は政府目標を上回るなか、米国以外向け輸出も堅調に推移しており、大規模な政策は見込みにくい。人民元はドル安基調を背景に底堅いが、外需を下支えするために上昇ペースは抑えられる展開が続くであろう。
米中関係を巡っては、トランプ米政権による関税政策を受けて、中国が報復関税を課したことで米中双方が互いに高関税を課す貿易戦争に発展した。しかし、ジュネーブ協議を経て、米中は報復関税を撤廃した上で、関税の上乗せ分や輸出規制を一時停止することで合意した。さらに、6月のロンドン協議では、ジュネーブ協議での合意事項を確認した上で、追加的な了解事項で合意したことが明らかにされた。そして、一時停止期限の到来直前に行われたストックホルム協議では、一時停止期限を90日間延長することで合意し、貿易戦争に陥る事態は回避されている。今月14~15日にかけて実施されたマドリード協議では、中国系動画投稿アプリ(TikTok)の米国事業の売却期限について、米中間で『基本的な枠組み合意』に至ったことは明らかにされたものの、その詳細については依然として不明なところが少なくない。また、関税や輸出規制などに関する協議については、大きな進展がうかがえないなど今後の追加協議に持ち越されている模様である。一方、米中協議の背後では、中国当局が米半導体メーカー(エヌビディア)に対して独占禁止法違反を理由とする予備調査の開始を明らかにするなど、米国に対して一歩も引かない姿勢をみせている。その意味では、米中関係は最悪の事態に陥ることこそ回避しているものの、米国による圧力に対して中国はまったく譲歩する姿勢をみせておらず(注1)、今後の協議もこう着状態が続く可能性は小さくないと捉えられる。
なお、中国国内においては、不動産不況による資産デフレに加え、若年層を中心とする雇用回復の遅れがディスインフレ圧力を招く一方、企業の過当競争による価格競争の激化が収益悪化を招く悪循環(内巻)が社会問題化している。こうしたなか、中国当局は過剰生産能力の是正と、無秩序な価格競争の抑制に向けた取り締まり強化に動いており、企業間取引の段階においてはその効果が発現する兆しがうかがえる(注2)。こうしたなか、8月の鉱工業生産は前年同月比+5.2%と前月(同+5.7%)から鈍化して丸2年ぶりの低い伸びとなるなど、足元の生産活動は頭打ちの動きを強めている様子がうかがえる。ただし、前月比では+0.37%と前月(同+0.38%)からわずかにペースは鈍化するも引き続き拡大しており、中国当局による過剰生産能力の是正の動きにもかかわらず、供給サイドをけん引役にした拡大が続いている。不動産不況の余波が続いていることに加え、中国当局の過剰生産能力是正の取り組みも奏功してセメント(前年比▲6.2%)や板ガラス(同▲2.0%)など建材関連の生産は下振れしているほか、トランプ米政権による鉄鋼製品やアルミ製品に対する追加関税の影響も重なり粗鋼(同▲0.7%)やアルミニウム(同▲0.5%)の生産も前年を下回る水準に留まる。また、マイコン設備(前年比▲13.1%)やサービスロボット(同▲6.5%)、移動通信端末(同▲5.7%)の生産も前年割れとなるなど、過当競争の抑制に向けた動きもみられる。その一方、世界的に安価な中国製品による過剰供給が『デフレの輸出』を招いているとされる太陽光電池(前年比+16.8%)や発電機(同+30.7%)のほか、EV(電気自動車)をはじめとする新エネルギー車(同+22.7%)の生産はいずれも高い伸びが続いている。さらに、これらの生産に必要な金属切削機(同+16.4%)や産業用ロボット(同+14.4%)、鋼材(同+9.7%)の生産は引き続き高い伸びが続いており、米国『以外』向け輸出の堅調さが足元の輸出を下支えする様子がうかがえる。よって、現時点において中国当局による『反内巻』の効果は道半ばの状況にあると捉えられる。

その一方、中国当局は昨年後半以降、財政、金融政策を転換させるとともに、補助金や減税を通じて個人消費を中心とする内需喚起を図る動きをみせており、対象となっている財で需要が押し上げられる動きがみられる。しかし、不動産不況による資産デフレが逆資産効果を招いていることに加え、若年層を中心とする雇用回復の遅れが家計部門の財布の紐を固くするなか、全体としての個人消費は力強さを欠く推移をみせている。こうしたなか、8月の小売売上高は前年同月比+3.4%と前月(同+3.7%)から鈍化して8ヶ月ぶりの低い伸びとなるなど、生産同様に頭打ちの動きを強めている。前月比は+0.17%と前月(同▲0.13%)から3ヶ月ぶりの拡大に転じるなど、頭打ちの動きが続いた流れに持ち直しの兆しはうかがえるものの、個人消費は引き続き力強さを欠く推移が続いている。中国当局は5月中旬、浪費や腐敗防止を目的に条例改定による『倹約令』に動いており、その影響を受ける形で外食関連(前年比+1.0%)の伸びが鈍化するなど個人消費の足を引っ張っている。さらに、不動産不況の行方に見通しが立たない状況が続いて需要の重石となっていることを反映して、建材(前年比▲0.7%)は前年を下回る水準に留まるとともに、EVの普及も追い風に石油製品(同▲8.0%)に対する需要も大きく下振れしている。一方、補助金の対象拡大の動きも追い風に家具(前年比+18.6%)や家電製品(同+14.3%)、通信機器(同+7.3%)など耐久消費財に対する需要が押し上げられる動きが続いている。さらに、中国当局による倹約令にもかかわらず宝飾品(前年比+16.8%)は引き続き高い伸びをみせるとともに、体育・娯楽関連(同+16.9%)も堅調な推移をみせており、家計消費を巡る動きは二極化の様相を強めている様子がうかがえる。ただし、耐久消費財の買い替え促進の動きによる反動が出ることが懸念されるほか、消費全体が勢いを欠くなかで先行きの個人消費には不透明感が高まることは避けられないであろう。

また、設備投資やインフラなど公共投資、そして、不動産投資の動きを示す固定資産投資も8月は年初来前年比+0.5%と前月(同+1.6%)から鈍化しており、2020年10月以来となる低い伸びとなっている。当研究所が試算した月次ベースの前年同月比も8月は▲1.9%と2ヶ月連続で前年を下回る水準となるとともに、前月(同▲0.1%)からマイナス幅も拡大するなど減少傾向を強めている。前月比も▲0.20%と前月(同▲0.50%)から3ヶ月連続で減少しており、投資活動が低迷している様子がうかがえる。実施主体別では、国有企業(年初来前年比+2.3%)は前年を上回る伸びを維持する一方、民間投資(同▲2.3%)は対照的な動きをみせており、投資活動を巡っても『国進民退』の様相を強めている。さらに、対象別では、設備投資関連(年初来前年比+14.4%)は高い伸びが続いており、中国当局が内需喚起に向けて更新投資促進策に動いていることが奏功する一方、建設関連(同▲2.2%)は前年を下回る水準で推移しており、建設投資の弱さが投資全体の足を引っ張っている。8月の不動産投資は年初来前年比▲12.9%と前月(同▲12.0%)からマイナス幅が拡大しており、当研究所が試算した単月ベースの前年同月比の伸びも前年同月比▲13.5%と前月(同▲12.4%)からマイナス幅が拡大するなど、減少傾向を強めている。こうした状況を反映して、8月の新築住宅価格は調査対象の70都市のうち57都市で下落が続いているほか、実勢を反映した中古住宅は69都市とほぼすべての都市で下落するなど、市況の底がみえない状況が続いている。分野別でも、オフィス向け不動産(年初来前年比▲17.8%)や商業用不動産(同▲9.5%)のみならず、住宅向け不動産(同▲11.9%)も前年を大きく下回る伸びが続いている。中国では長らく蓄財手段として不動産が投資対象となってきたものの、市況の底がみえない展開が続くなかで投資が手控えられており、ディスインフレの元凶となっていることを勘案すれば、脱却の道筋は見通せない展開が続くであろう。

金融市場においては、経済指標の弱さが確認されたことを受けて、中国当局が追加的な景気刺激策を迫られるとの見方が出ている。しかし、今年前半の経済成長率は+5.3%と政府目標(5%前後)を上回る実績をみせているほか、内需は力強さを欠く動きをみせているものの、外需は米国以外向け輸出の堅調さが米国向け輸出の低迷をカバーする展開が続くなど底堅い動きをみせていることを勘案すれば、大規模な景気刺激策に動く可能性は低いと見込まれる。その一方、トランプ米政権の政策運営に対する不透明感に加え、FRB(米連邦準備制度理事会)による利下げ観測も追い風に米ドル安圧力が強まるなか、人民元の対ドル相場は底堅い動きをみせているものの、外需を下支えする観点から先行きの人民元の対ドル相場の上昇ペースは抑えられる可能性は高い。年明け以降の人民元バスケット(CFETS人民元指数)は調整の動きを強めており、実質的な人民元安が進んできたことも外需を下支えしてきたなか、足元では底打ちに転じる動きがみられるものの、先行きは上値が抑えられることで外需を支える展開が続くと見込まれる。こうした事情も、中国当局が大規模な景気刺激策に動く可能性を減じると予想される。

注1 9月8日付レポート「中国側は米中協議でまったく譲歩する気がないのかもしれない」
注2 9月10日付レポート「中国当局による「反内巻」効果は道半ば、ディスインフレは長引くか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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