- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- 中国側は米中協議でまったく譲歩する気がないのかもしれない
- Asia Trends
-
2025.09.08
アジア経済
米中関係
アジア経済見通し
中国経済
為替
トランプ政権
トランプ関税
中国側は米中協議でまったく譲歩する気がないのかもしれない
~足元の輸出入は「米国回避」の様相を強めるとともに、外需を下支えする展開が続いている~
西濵 徹
- 要旨
-
- トランプ米政権の関税政策をきっかけに、米中は一時貿易戦争に発展した。しかし、その後の協議を通じて報復関税を撤廃し、関税の上乗せ分や輸出規制を一時停止するなど、最悪期は回避されている。その一方、足元における協議は停滞しており、中国は米国のあらゆる措置の撤廃を要求する一方で、譲歩を拒んでいるとされる。これは、トランプ1次政権時の通商合意が片務的な内容であったことも影響している。
- 中国経済は様々な不透明要因を抱えるなか、米国に関税撤廃や輸出規制の緩和を要求する一方、米国以外への輸出拡大を通じて外需を下支えしている。8月の輸出額も前年比+4.4%と底堅く推移しており、米国向けは大幅マイナスが続く一方、ASEANやアフリカ、EU向けなどを中心に堅調を維持している。その一方、内需の弱さが重石となる形で8月の輸入額は前年比+1.3%と鈍化しており、堅調な輸出を追い風に生産資材の輸入は底堅い一方、内需向けの輸入は低迷が続くなど対照的な動きをみせている。
- 人民元は対ドルでは緩やかに上昇するも、通貨バスケットは数年来の安値圏で推移するなど輸出競争力の維持に繋がっている。人民元の国際化は貿易や投資の拡大を追い風に進展する可能性はあるものの、中国当局による強い管理姿勢が障害となり、投資家、ひいては金融市場との摩擦を招くと見込まれる。
このところの世界経済や金融市場を巡っては、トランプ米政権の政策運営に翻弄されている。米国は、安全保障上の脅威への対応や貿易赤字の是正を目的に関税政策を駆使した上で、相手国との協議を通じた『ディール(取引)』により米国に有利な環境の醸成を図っている。こうした状況の下、中国は当初、トランプ関税への報復措置を講じた。その結果、米中両国は互いに高関税を課し合う貿易戦争へと発展した。しかし、その後のジュネーブ協議をへて、米中は報復関税を撤廃した上で、関税の上乗せ分や輸出規制を一時停止して追加協議を行うことで合意した。さらに、6月のロンドン協議では、ジュネーブ協議での合意事項を確認した上で、追加的な了解事項で合意したことも明らかにされた。さらに、8月に関税の上乗せ分や輸出規制の一時停止期限が迫るなか、ストックホルム協議では追加で90日間延長することで合意するなど、貿易戦争は一旦回避され、米中関係は最悪期を過ぎていると捉えられる。
ただし、その後の米中関係を巡っては、様々なチャネルを通じて通商協議は行われているものの協議が進展している様子はうかがえない。中国側はトランプ米政権との関係維持に前向きな姿勢を示す一方、協議による譲歩はしない考えを堅持していることが影響している模様である。中国側は米国側との交渉に際して、米国による中国製品に対する関税と先端技術製品の対中輸出規制の撤廃、緩和を繰り返し要求する一方、他のアジア新興国などが米国に提示した実質的な見返りの提案は行っていないとされる。さらに、米国は中国に対して合成麻薬(フェンタニル)の化学原料流出の取り締まりを要請しているが、中国政府は米国がこれに関連して課す関税(20%)が撤廃されるまで具体的な行動を起こさない方針を示している模様であり、こうした姿勢も事態こう着を招く一因になっている。背景には、トランプ1次政権下で両国が合意に至った通商合意では、中国に米国の商品とサービスの輸入拡大を義務付ける一方で、米国からの見返りが乏しい『片務的』な内容であったことが影響している。
足元の中国経済については、不動産不況や若年層を中心とする雇用回復が遅れるなかで国内景気に不透明要因が山積しており、経済のさらなる悪化を招きかねない関税引き上げと対中輸出規制の撤廃、緩和を目指していることは間違いない。その一方、中国側は米中摩擦の激化を念頭に、今春の全人代(第14期全国人民代表大会第3回全体会議)において、米国以外の国や地域向けの輸出拡大に加え、多国間や二国間、地域的な経済協力の深化を通じて外需を下支えする方針を示した。年明け以降の金融市場においてはトランプ米政権の政策運営に対する不透明感が米ドル安を招く動きがみられるなか、人民元の対ドル相場もそうした動きに沿う形で緩やかに上昇してきた。しかし、主要貿易相手国の通貨を加味した通貨バスケットであるCFETS人民元指数は調整の動きを強めた結果、一時は4年半ぶりの安値水準となるなど『実質的な』人民元安が進む動きが確認されてきた。足元においては緩やかに上昇する動きがみられるものの、歴史的にみれば依然として低水準で推移しており、実質的な人民元安による価格競争力の高さが輸出を下支えしやすい状況にある。こうした事情も、中国側は米国との関係維持を模索しつつ、安易な妥協による協議の進展を無理に求めることはない一因になっていると捉えられる。

こうしたなか、8月の輸出額は前年同月比+4.4%となり、前月(同+7.2%)から鈍化するも引き続き前年を上回る伸びを維持するなど、底堅く推移している。当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比はほぼ横ばいで推移しているとみられ、トランプ関税による悪影響が懸念されるなかでも底堅い動きが続いている。国・地域別では、米中関係を巡る不透明感が重石となる形で米国向け(前年比▲33.1%)は引き続き大幅マイナスで推移しているほか、ウクライナ戦争以降に関係深化の動きがみられるロシア向け(同▲16.7%)も前年を大きく下回る伸びに留まるなど、貿易決済を巡る懸念が足かせとなっている可能性がある。その一方、トランプ米政権は中国による『迂回輸出』を念頭に、7月に第三国を経由して米国に輸出された財に最大40%の追加関税を課す旨の大統領令を発令させている。しかし、米関税・国境警備局(CPB)によれば、米国と自由貿易協定(FTA)を締結していない国から輸出された財については、その部品が第三国で生産された場合でも『実質的な転換』がなされた国で生産したと表示可能である。よって、現時点においては追加関税の対象に関するガイダンスのほか、迂回輸出の定義も示されておらず、追加関税の影響はないと見込まれる。こうしたことから、ASEAN向け(前年比+22.5%)も引き続き高い伸びを維持するなど輸出をけん引しているほか、中国が主導する外交戦略(一帯一路)が活発化していることを反映してアフリカ向け(同+25.9%)は高い伸びが続いている。そして、EU向け(前年比+10.4%)も引き続き高い伸びが続いており、米国『以外』の国や地域向けの輸出拡大が輸出全体を下支えする展開が続く。

その一方、8月の輸入額は前年同月比+1.3%と前年を上回る伸びが続いているものの、前月(同+4.1%)から鈍化しており、上述のように底堅い動きをみせる輸出とは対照的な状況にある。当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比は3ヶ月ぶりの減少に転じていると試算されるなど、頭打ちの動きを強めている。中国国内における個人消費をはじめとする内需の弱さを反映して、中国国内での需要を前提とした一般貿易(前年比▲2.1%)は前年を下回る伸びとなるなど力強さを欠く一方、輸出財の生産を目的とする加工組立関連(同+11.2%)や輸入財による加工組立関連(同+10.2%)は前年を上回る伸びで推移するなど対照的な動きをみせている。こうした状況を反映して、財別でも半導体(前年比+8.4%)のほか、機械製品関連(同+5.2%)やハイテク関連(同+3.4%)といった生産資材の輸入に底堅い動きがみられる。また、トランプ米政権が銅に対する追加関税を発動させるなど、サプライチェーンの強靭化に動いていることに対抗して、銅鉱石(前年比+13.9%)の輸入も堅調に推移するなど、対抗策を模索している可能性も考えられる。国・地域別でも、米国から(前年比▲16.0%)は大幅マイナスで推移しており、こうした動きも米国との協議を通じて中国側が安易な妥協に動く可能性が低いことを示唆している。

このように、足元の中国の輸出は依然として堅調な動きをみせている。こうした動きは人民元の国際化の流れを後押しする可能性はある。ただし、人民元の対ドル相場を巡っては、中銀(中国人民銀行)が営業日前にその目安となる基準値を公表し、上下2%の変動幅の間で市場取引が行われる管理変動相場制が採用されるなど、自由市場とはほど遠い状況にある。さらに、その基準値の設定を巡っても、中国当局の意向が強く反映される傾向があるなど恣意性が度々問題視されるとともに、金融市場における利用は限定的なものに留まる一因となっている。トランプ米政権の誕生をきっかけに、全世界的な地政学リスクがあらためて意識されるなか、中国による貿易決済のほか、一帯一路などを通じた投資活動なども追い風に人民元の利用機会が拡大する可能性は見込まれる。しかし、中国当局は人民元への管理を志向しており、開放性を求める投資家との間で摩擦が生じることは避けられない。このことが人民元の国際化を阻む要因となることには、引き続き留意する必要がある。
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
中東情勢緊迫化による原油高を受け、アジアではどういう動きが出ているか ~需要抑制、省エネキャンペーン、代替燃料・電化前倒し、脱石油への取り組み加速の動きも~
アジア経済
西濵 徹
-
台湾・3月輸出額は過去最高額を更新(Asia Weekly(4/6~4/10)) ~台湾、タイ、フィリピンで原油高がエネルギー価格を大きく押し上げる動き~
アジア経済
西濵 徹
-
中国、企業はインフレに直面も、家計はデフレ圧力を脱せず ~中東情勢悪化による原油高の一方、家計部門は雇用不安と不動産不況の「呪縛」が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
韓国中銀、李昌鏞総裁最後の定例会合は「様子見」を強調 ~中東情勢は物価や景気にリスク、金融市場の動向をみつつ様子見姿勢が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ベトナムの高成長目標に暗雲、1-3月GDPは前年比+7.83%に鈍化 ~イラン情勢、強権姿勢への懸念はあるが、金融市場は「その後」を見据える動きも~
アジア経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
中東情勢緊迫化による原油高を受け、アジアではどういう動きが出ているか ~需要抑制、省エネキャンペーン、代替燃料・電化前倒し、脱石油への取り組み加速の動きも~
アジア経済
西濵 徹
-
中国、企業はインフレに直面も、家計はデフレ圧力を脱せず ~中東情勢悪化による原油高の一方、家計部門は雇用不安と不動産不況の「呪縛」が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
韓国中銀、李昌鏞総裁最後の定例会合は「様子見」を強調 ~中東情勢は物価や景気にリスク、金融市場の動向をみつつ様子見姿勢が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ベトナムの高成長目標に暗雲、1-3月GDPは前年比+7.83%に鈍化 ~イラン情勢、強権姿勢への懸念はあるが、金融市場は「その後」を見据える動きも~
アジア経済
西濵 徹
-
インド中銀、景気見通しを下方修正も、様子見姿勢を維持 ~様子見姿勢継続も、見通しの再修正の可能性は残り、市場もイラン情勢の動向に左右される~
アジア経済
西濵 徹

