インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

中国当局による「反内巻」効果は道半ば、ディスインフレは長引くか

~企業間取引に価格転嫁の兆しも、消費者段階への転嫁は困難な状況が続いている~

西濵 徹

要旨
  • 中国経済は、米中関係の悪化や関税政策による外需の懸念があるなかでも、今年前半の経済成長率は政府目標を上回る伸びを記録している。これは、人民元安誘導や一帯一路の活発化による米国以外への輸出拡大により、対米輸出の減少を補ったことがある。さらに、昨年後半以降の政策転換に加え、補助金や減税などの政策支援を追い風に内需喚起が図られたことも影響している。

  • 中国国内では過剰生産能力による供給過剰が続く一方、不動産不況や若年層の雇用不振が個人消費の低迷を招き、価格競争の激化が企業収益を圧迫する「内巻」と呼ばれる動きが広がっている。中国当局は内巻問題に対応すべく、過剰生産能力や過当競争の是正への取り締まりを強化する姿勢をみせている。

  • こうしたなか、8月の消費者物価は前年比▲0.4%と3ヶ月ぶりのマイナスに転じており、生活必需品を中心とする物価下落が重石となっている。一方、コアインフレ率は前年比+0.9%と緩やかに加速しているが、依然政府目標にほど遠い状況が続く。川上段階の生産者物価は、当局の取り締まり強化を受けて企業間取引で価格転嫁が進む動きがみられるが、消費者段階への価格転嫁のハードルは依然高い状況が続く。

  • 今後は当局による「反内巻」政策が川上から川中段階にかけての物価に影響を与える可能性はあるが、消費者段階の物価への影響は不透明である。不動産不況や若年層の雇用改善が遅れるなか、先行きについてもディスインフレからの脱却には時間を要する展開が続く可能性は高いと見込まれる。

中国経済を巡っては、米中関係やトランプ米政権による関税政策の影響が外需の足かせとなることが懸念されてきた。しかし、今年前半の経済成長率は+5.3%と今春の全人代(第14期全国人民代表大会第3回全体会議)で示された政府目標(5%前後)を上回る伸びとなっている。この背景には、中国当局が米国との関係悪化を念頭に、米国以外の国・地域向け輸出拡大によって米国向け輸出の減少を補ったことがある。年明け以降の主要貿易相手国の通貨を加味した通貨バスケットであるCFETS人民元指数は調整の動きを強めるなど、実質的な人民元安誘導により輸出競争力の向上を図るとともに、中国が主導する外交戦略(一帯一路)も活発化させている。こうした動きも追い風に、アジア新興国向けやアフリカ向け輸出は前年を大きく上回る伸びが続いており、米国との関係が冷え込んでいるEU(欧州連合)向け輸出も拡大しており、米国向け輸出の減少を補う展開が続いている(注1)。さらに、中国当局は昨年後半以降に財政、金融政策の転換を図るとともに、個人消費をはじめとする内需喚起を目的とする補助金や減税を実施しており、補助対象の財を中心に需要が押し上げられる動きもみられる。

内・外需双方で下支えに向けた動きが活発化する一方、中国国内においては過剰生産能力を背景にする過剰供給懸念がくすぶるなど、負の需給ギャップが生じていると捉えられる。こうしたなか、米中関係の悪化により外需に対する不透明感が高まっていることを受けて、中国企業の間では過当競争による価格競争の激化が企業収益の悪化を招く悪循環が続いており、中国国内では『内巻』と称されるなど社会問題化している。この背景には、不動産不況の長期化による資産デフレ圧力に歯止めが掛からない状況が続いているほか、若年層を中心とする雇用回復の遅れも重なり、家計部門が財布の紐を固くしていることがある。こうした状況にもかかわらず、中国当局は直近の重要会議においても、積極的な財政政策と適度に緩和的な金融政策を通じた景気下支えの方針を堅持する一方、内需低迷の元凶である不動産問題や若年層を中心とする雇用問題への抜本的な対策を打ち出せていない。よって、足元においては個人消費をはじめとする内需の頭打ちが確認される一方、供給サイドをけん引役に景気拡大が続くなど、負の需給ギャップが一段と拡大している可能性がある(注2)。その一方、中国当局は内巻問題に対応すべく、過剰生産能力の是正と、無秩序な価格競争の抑制に向けて取り締まりを強化する方針を示しているものの、その行方については不透明なところが少なくない。

このように内需の弱さが懸念されるなか、中国当局による『反内巻』の動きが活発化しているにもかかわらず、8月の消費者物価は前年同月比▲0.4%と前月(同+0.0%)から鈍化して3ヶ月ぶりのマイナスに転じるなど、ディスインフレ圧力の根強さがあらためて確認されている。前月比は+0.0%と前月(同+0.4%)から上昇ペースが鈍化しており、国際原油価格の安定を受けてガソリン(同▲0.9%)などエネルギー価格に下押し圧力が掛かるとともに、果物(同▲2.8%)や水産品(同▲0.9%)、豚肉(同▲0.5%)など生鮮品を中心とする食料品価格も下落しており、物価の重石となっている。なお、物価変動の大きい食料品やエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.9%と前月(同+0.8%)から緩やかに加速しており、1年半ぶりの高い伸びとなっている。ただし、前月比は+0.0%と前月(同+0.4%)から上昇ペースは鈍化しており、一部の財価格に上昇圧力が掛かる動きがみられる一方、サービス物価は横這いで推移している。コアインフレ率は緩やかに加速しているものの、全人代で示された政府目標(2%前後)にほど遠い推移をみせており、インフレ圧力が高まっていると判断するのは依然として早計と捉えられる。

図表1
図表1

さらに、川上の段階に当たる生産者物価(調達価格)は前年同月比▲4.0%と31ヶ月連続のマイナスで推移するも、前月(同▲4.5%)からマイナス幅は縮小している。前月比も+0.0%と前月(同▲0.3%)から14ヶ月ぶりに下落基調から脱しており、建材関連や化学原材料関連、農産品関連で下落の動きが続いている一方、国際商品市況の上昇を反映してエネルギー関連や非鉄金属関連における物価上昇が相殺している様子がうかがえる。また、川下の消費者段階の物価に影響を与える生産者物価(出荷価格)は前年同月比▲2.9%と35ヶ月連続のマイナスで推移するも、前月(同▲3.6%)からマイナス幅は縮小している。前月比も+0.0%と前月(同▲0.2%)から9ヶ月ぶりに下落基調から脱しており、中国当局による反内巻の動きが効果を上げている可能性が考えられる。上述したように、川上段階においてエネルギー関連や非鉄金属関連で物価上昇圧力が高まっていることを反映して、生産財関連の出荷価格が軒並み上昇するなど、価格転嫁の動きが進んでいる様子がうかがえる。ただし、川下の消費者段階の物価に直結する消費財価格については、日用品のみならず、耐久消費財の出荷価格も下落基調が続いており、企業間取引では当局による取り締まり強化の方針を受けて価格転嫁が進む動きはみられるが、消費者段階への価格転嫁のハードルは依然として高いと捉えられる。

図表2
図表2

先行きについては、中国当局による反内巻に向けた取り締まり強化の動きを反映して、川上段階から川中段階にかけて緩やかに物価上昇圧力が高まる可能性はある一方、消費者段階にかけて価格転嫁が進むかは見通しが立ちにくい。さらに、不動産市況の低迷による資産デフレや若年層を中心とする雇用不振が続くなかで仮に物価上昇圧力が高まれば、実質購買力に下押し圧力が掛かることで需要の足かせとなるなど、反ってディスインフレ圧力を助長させる可能性も考えられる。来月には4中全会(第20期中央委員会第4回全体会議)の開催が予定されているが、同会議では来年から始まる次期5カ年計画(第15次5カ年規画)の制定に関する議論が中心であることを勘案すれば、具体的な政策の発表を期待することは難しい。よって、消費者段階におけるディスインフレの脱却にはなお時間を要する展開が続く可能性は高まっている。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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