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FRB人事介入、日本へも影響

~クック解任要求は対岸の火事ではない~

熊野 英生

要旨

トランプ大統領が、クック理事の解任手続きに入ると表明している。正当な理由がない限り、FRB理事の解任はできないので、この働きかけは暴挙と言うよりほかない。弊害は日本にも飛び火してくるだろう。円高リスクや日銀の金利正常化の足踏み、そして世界インフレの火種にもなる。

目次

FRBに人事介入

トランプ大統領が8月25日にクック理事の解任手続きに入ると発表した。FRBの独立性を脅かす暴挙である。大統領には一度指名されたFRB理事を解任する権限はないが、住宅ローンの不正疑惑を盾に取って解任を求めている。理事の解任は、連邦準備法で解任に足る十分に正当な理由がある場合に限られている。この要求に対して、クック理事は法的措置を通じて抵抗し、職務を続ける意向を示している。もしも、クック理事が交代し、トランプ氏のシンパが後任に入ってくれば、7人の理事ポストのうち過半数(4人)が利下げ賛成派になる。FRBは9月のFOMCで利下げに動くことがほぼ確定的になっているが、10月以降もさらなる利下げに向かって政治的圧力が続くことになろう。

米国金融市場では、4月18日にトランプ大統領がパウエル議長の辞任要求をしたとき、相場をトリプル安へと陥れた。中央銀行への介入不安が、マーケットの反乱を起こした。今回の措置は、その再現を彷彿とさせるが、今のところマーケットはそこまで混乱していない。しかし、さらに強権的なFRBへの政治介入が起これば、ドル売り・債券売りの可能性はまだまだあるとみられる。

筆者は、今回の措置を俯瞰してみると、これはドル安誘導に向けた布石だとみている。8月8日に任期途上で辞任したクグラー理事の後任には、スティーブ・ミラン氏が指名されている。ミラン氏と言えば、前CEA委員長であり、ミラン論文の「マール・ア・ラーゴ合意」で知られている。筆者は常々、トランプ政権はドル安誘導の誘惑を抱いているが、それを実現する手段がないと考えてきた。ミラン氏をFRBに送り込むことは単に目先の利下げを要求するだけに止まらず、将来的にドル安を演出するための下準備を進めていると理解することができる。もちろん、ドル安誘導はまだ机上の議論であり、反対論も多い。ベッセント財務長官は、基本的にドル高支持だとされている。FRBの人事介入を巡っては、そのベッセント長官もトランプ大統領に異を唱えることはしていないので、どこまでドル安誘導に反対するのかはわからない。何よりベッセント長官は、FRBに政策金利を▲1.50~▲1.75%ポイントほど引き下げることを求めている。FRBの中立金利(6月時点)が3.0%とするならば、ベッセント長官の求める政策金利水準はそれ以下の2.5~3.0%という水準になる。それが実行されれば、相当にドル安は進むはずなので、ベッセント長官も事実上ドル安には寛容姿勢であると理解した方が良さそうだ。

トランプ大統領の世界観

日本経済にとって、米国側がドル安指向であることは円高リスクになる。現状、ドル円レートは1ドル140円台後半なので、筆者は過度な円安であると認識している。だから、多少は円高になった方がよいと考えている。しかし、トランプ大統領のイメージするドル安の状態は、もっと大幅なドル安円高なのかもしれない。また、FRBが一気に利下げを進めれば、ドル円レートの変動率が大きくなる。変動率が大きくなると、日本の輸出企業の収益にも影響を与える。筆者の考え方は、経済活動を攪乱するような為替変動は望ましくなく、緩やかなペースで130円程度の円高に向かっていくことが好ましいとみている。従って、トランプ大統領のドル安指向とは相容れないものである。

トランプ大統領は、就任直後からトランプ関税を使って、貿易赤字を是正しとようとしてきた。米国が関税率を高くしても、日本や韓国、中国が自国通貨を切り下げてきたならば、各国は輸出条件を改善できる。トランプ大統領が、関税合意後に「次はドル高是正だ」と考えても何の不思議もない。将来的なドル高是正に向けて、FRBへの人事介入を通じて下準備を進めていると考えるのは自然なことだ。

中央銀行の信認低下

ベッセント長官は、すでに11人の次期FRB議長候補を選定し、候補を絞って秋に面談を進めようとしている模様である。人物の選定が決まれば、10・11月に指名されて、途中退任したクグラー理事の任期満了(現在はミラン氏がここまで引き継ぐ予定)の2026年1月に任命する可能性がある。パウエル議長が2026年5月までトップを務めるとしても、2026年1月以降は死に体になることが懸念される。

そうなると、潜在的なインフレ圧力は半ば無視されることになる。物価と雇用の安定という2つの使命のうち1つがないがしろにされて、FRBの権威は地に墜ちることになる。米国発の経済リスクは、単に円高だけではなく、このインフレ・リスクの放置にもある。

では、日本への影響はどうなるのだろうか。まず、米国で利下げによってインフレ加速が現実化すれば、米長期金利は上昇し、債券売りになる。すると、日本の長期金利にも上昇圧力が徐々に高まってくるだろう。日本の黒田緩和がそうだったが、中央銀行の独立性が低下して政府の意向が強まると、きっとトランプ大統領はFRBへの財政ファイナンスを要求してくるのではないだろうか。米長期金利上昇を抑制することを口実にして、FRBが長期国債を購入するような施策を進めることも考え得る。そうなれば、さらなるドル安要因になる。

もう1つの影響は、為替への円高圧力が日銀の追加利上げを遅らせることだろう。1985年のプラザ合意後は、日銀が円高を警戒して低金利政策を採ったことが後のバブル経済の引き金になった。今後、FRBへの人事介入がさらに進んで、2026年以降の利下げの見通しがはっきりしてくれば、円高がさらに進んで、日銀の利上げの姿勢にも影響してくるだろう。円高リスクは、国内での金利正常化を阻んで、金融緩和状態の長期化を予想させる結果を招く。

さらに言えば、日銀に働くような潜在的な金融緩和の圧力は、ECBなど各国での緩和圧力へと広がるだろう。これは、トランプ関税と合算されて作用する各国への緩和圧力にもなる。しかし、現段階で、あまり過剰な金融緩和を各国が行えば、それが間接的に世界的なインフレ傾向の芽になる。コロナ禍の初期に各国が、金融・財政政策を一斉に緩和方向に変えたことは、現在に続く世界インフレの火種になった。そうした圧力にも注意が必要だろう。

日本企業への影響

相互関税15%は、日本の輸出企業への重荷であるが、円安によって間接的に減殺されていると考えられる。FRBの利下げとそれに伴うドル安・円高は、相互関税15%の負担を大きくする。しかし、輸出企業がトランプ関税を米国内での販売価格に転嫁しようとするとき、米国でインフレが加速していれば、値上げはやりやすくなる。よって、トランプ大統領のFRB介入は、日本の輸出企業にはプラスとマイナスの両面があると言えそうだ。

では、米国経済のマクロ環境はどうだろうか。輸出企業にとって、米国経済が好調であることは都合がよい。しかし、歴史的教訓として、政府の介入で中央銀行がインフレを無視したときには、後々になって無視できないほどのインフレになった段階で強烈な利上げを余儀なくされている。2度のオイルショックは、結局のところインフレで後手に回った結果、必要以上の金融引き締めで景気にマイナスに働いた。中央銀行の独立性を脅かすことの弊害は、後から必要以上の金融引き締めが求められるということになる。日本企業には、巡り巡って打撃を与える。

ドル安の弊害

最後に、ドル安になると、対米投資が減ってしまうという可能性はどうだろうか。きっとトランプ大統領は、各国との関税合意によって、対米直接投資は為替変動と無関係に大幅に増えるはずだと思うだろう。「ドル安の弊害などはない」と息巻くに違いない。

日本にとってドル安は、対米投資の負担を軽減できる効果がある。現在、約束した5,500億ドルの対米投資は、80兆円と言われている(1ドル145円換算)。もしも、1ドル130円になれば80兆円が72兆円(▲1割減)で済む。ドル安が対各国通貨で進めば、日本もEUも韓国も、対米投資を実質的に減らすことができる。

また、航空機などを各国企業が米国から購入するときに、その代金はドル安になるほど少なくて済む。飽くまでドル・ベースで対米投資をアピールしたいトランプ大統領にとって、ドル安が投資にマイナスという考え方はしないのではないだろうか。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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