インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

バングラデシュ・ユヌス首席顧問、ラマダン前の総選挙前倒しを表明

~最長で残り半年ほどに、選挙の行方は南アジアの地政学的バランスに影響を与える可能性も~

西濵 徹

要旨
  • バングラデシュ暫定政権のユヌス首席顧問は、民政移管に向けた総選挙を来年2月に実施する意向を示した。選挙はラマダン前に行う方針の一方、ユヌス氏自身は出馬しない。同国では学生デモを機に昨年8月にハシナ前首相が辞任・国外逃亡し、その後に暫定政権が発足した。暫定政権の下で選挙制度や行政改革が進められているが、公務員や国軍・野党などの反発が続いている。一方で「反ハシナ」色が強まるなか、ハシナ氏に禁固刑が、前与党・アワミ連盟は政治活動を禁じられている。新紙幣からはハシナ氏の父で「建国の父」ことラーマン初代大統領の肖像も消えた。ただし、外交面ではインドとの関係が悪化するなかで中国に接近し、パキスタンと関係改善が進む動きもみられる。総選挙の行方は、南アジアにおける地政学的バランスが変化する可能性もあり、その動向に注意を払う必要性は高まっている。

バングラデシュの暫定政権を率いるムハマド・ユヌス首席顧問は5日、民政移管に向けた次期総選挙の実施時期を来年2月とする意向を示した。ユヌス氏は、選挙管理委員会に対して来年2月のラマダン(断食月)が始まる前に総選挙を実施するよう要請する方針を示したとされる。なお、ユヌス氏自身は次期総選挙に出馬しない意向を明らかにしている。来年のラマダンは2月17日ないし18日に始まり、総選挙まで最長でも残り半年余りとなるなかで『政治の季節』が活発化することが予想される。

同国では、昨年8月に学生デモの激化を受けて当時のシェイク・ハシナ首相が辞任し、隣国インドに逃亡する事態に発展した(注1)。その直後から、国軍主導による暫定政権樹立が模索されるも、デモを主導した学生団体や野党が反発を強めた。最終的に学生団体の要請を受けてユヌス氏が暫定政権トップ(首席顧問)を務めることに同意し、病気療養中であったフランスから帰国して暫定政権が発足した。ユヌス氏の下、暫定政権は早期の民政移管実現に向けて選挙制度や汚職防止といった諸改革に着手したものの、その過程では度重なる方針転換を迫られた。行政機構改革を巡っては、暫定政権が示す大胆な改革案に公務員が反発を強めた結果、一部で譲歩を迫られるとともに、政情が不安定化する動きも表面化した。さらに、総選挙の実施時期について、ユヌス氏はすべての政党による合意を経た実施を目指す一方、国軍や最大野党・バングラデシュ民族主義者党(BNP)などは選挙を経ていない暫定政権は正統性を欠くと主張した上で、早期実施とその後に成立する政権での改革実現を求めていた。

他方、同国内においては『ハシナ色』の排除の動きが着々と進んでいる。ハシナ氏がインドに逃亡したことを受けて、同氏が不在の中で進められた特別法廷は先月、法定侮辱罪を理由に禁固6ヶ月の判決を下すとともに、同氏が率いた前与党・アワミ連盟(AL)に対して一切の政治活動を禁じる判断を下している。また、6月に流通が開始された新紙幣では、ハシナ氏の父で『建国の父』とされるラーマン初代大統領の肖像が消える一方、国会議事堂や独立記念碑、宮殿、寺院に変更された。その一方、新紙幣に昨年ハシナ前政権を崩壊に追い込むきっかけとなった学生デモを象徴する絵柄が印刷されることを巡って、国民の間で学生デモに対する歴史的評価が定まっていないことを理由に議論が高まった。こうしたなか、ハシナ前首相が辞任に追い込まれてから丸1年が経過したことを受けて、暫定政権は前政権が崩壊するきっかけとなった学生デモを巡って、治安当局との衝突により死亡した学生たちを「国民的英雄」に認定することなどを次期政権に求める宣言を公表した。

その上で、ユヌス氏は次期総選挙の実施時期を来年2月とする意向を示し、6月に来年4月前半と示したスケジュールから2ヶ月程度前倒しする方針を示したと捉えられる(注2)。ユヌス氏がスケジュールの前倒しを表明した背景には、行財政改革に対する反発が根強く残る一方、これを着実に前進させるためには国軍やBNPなどの支援が不可欠であり、早期の選挙実施を求める声に配慮した可能性が考えられる。また、BNPにとっては国民の間に『反ハシナ』色が根強く残るとともに、直近の世論調査で支持率がトップを走るなか、早期の選挙実施により政権奪取を確実にしたいとの思惑もある。その一方、インドに逃亡したハシナ氏を巡っては、インド政府が同氏の身柄引き渡しに応じないことを受けて関係に亀裂が生じている。こうしたなか、BNP幹部やその他のイスラム政党の幹部は相次いで中国を訪問するなど中国に接近しているほか、かつて独立戦争で戦火を交えたパキスタンとも関係改善の動きが進んでいる。その意味では、南アジア地域におけるインドとその周辺国とのパワーバランスが中国を介する形で変化しており、次期総選挙の行方は地域の地政学的バランスにも影響を与える可能性があり、今後の動向に注意を払う必要性は高まっている。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ