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7月雇用統計の下方修正と金融政策の行方

~景気減速感が強まるなか、9月利下げの確率が上昇~

前田 和馬

要旨
  • 7月雇用統計における非農業部門雇用者数は3か月移動平均で+3.5万人と、雇用者数の鈍化傾向が鮮明となっている。また、5~6月実績は前回公表値から-25.8万人となるなど、調査回答企業の増加、及び季節調整の更新によって大幅に下方修正された。
  • この間、7月の失業率は4.2%(6月:4.1)と小幅に上昇したものの、依然低水準を保っている。移民流入の鈍化は雇用者数の伸びを下押しする一方、労働供給の鈍化にも繋がるため、失業率の上昇は抑制されている。
  • 9月FOMCの利下げを巡っては、失業率を中心とした雇用市場の動向と消費者物価指数における関税の影響度合いが引き続き焦点となろう。なお、辞任するクグラー理事の後任が9月FOMCに参加する場合、現時点においても少なくとも3名の投票メンバーが利下げを主張する見通しだ。

雇用者数の大幅な下方修正

7月雇用統計における非農業部門雇用者数は+7.3万人と、市場予想の+10.4万人を下回った。加えて、5月実績が-12.5万人、6月実績が-13.3万人とそれぞれ大幅に下方修正された。2000~24年における修正幅([速報値-翌々月の公表値]の絶対値)の平均値は5.1万人であり、今回の修正幅はこれを大幅に上回る(図表1)。業種別にみると、民間部門が5~6月の合計で-13.9万人、政府部門が-11.9万人と共に下方修正された。

今回の下方修正は主に2つの要因に分けられる。まず、時間を経た回答企業の増加だ。雇用統計は回収された調査票が適宜追加されることで、過去2か月分の実績値が更新される。こうした更新は業種ごとに上昇修正と下方修正がばらつく傾向にあるため、雇用者数全体の修正が大きく片方に振れることは少ない。一方、6月実績は民間のサービス業や地方政府の教育部門などの幅広い業種で下方修正となった結果、全体の雇用者数が大幅に下方修正された。

次に、5月実績の下方修正は季節調整の問題に起因する要素が大きい。季節調整値から計算される前月差が-12.5万人の下方修正となった一方、(季節調整前の)原数値の実績値は-2.8万人しか改定されておらず、6月実績のようにサンプル数増加による影響は限られる(6月は原数値も-18.2万人の下方修正)。2020年以降のコロナ感染拡大及びその後の景気急回復を背景に、通常みられていた季節性の除去が困難になっているとみられる。

トランプ大統領は1日に「正確な雇用者数が必要だ」「(重要な数値は)政治的に操作されてはならない」と述べ、統計公表元の労働統計局(BLS)のマッケンターファー局長を解任した。一方、クリントン政権下で財務長官を務めたサマーズ氏は「これらの数字は数百人のチームが詳細なマニュアルに基づき算出するため、BLS長官が操作したとは考えられない」とトランプ大統領の決定を批判した(注1)。なお、雇用統計は家計調査と事業所調査の2つから構成されており、両者ともコロナ以降に回答率が低下傾向にある(図表2)。BLSはこの背景に在宅勤務の拡大などを指摘しており(注2)、調査方法の変更等の対策に取り組んでいる。とはいえ、米国の非農業部門雇用者数は約1.6億人であり、0.1%の誤差でも10万人以上の違いが生じてしまうなど、速報性と正確性を両立することは容易ではない。

図表
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雇用の実態:移民によるかく乱

7月の雇用統計の結果、非農業部門雇用者数のトレンドを示す前月差の3か月移動平均は+3.5万人(6月:+6.4万人)と、減速傾向が鮮明となっている。また、上記の季節調整の問題を踏まえて前年比でみた場合においても、雇用者数の伸びは明らかに鈍化している(図表3)。業種別にみると、足下の雇用の伸びは医療・社会福祉が牽引しており(図表4)、こうした業種は景気動向の影響を受けづらい。一方、製造業、小売や娯楽・宿泊などは低迷が目立つ。加えて、今回のような雇用者数の下方修正は景気後退時によくみられており、この背景には景気悪化時に経営が苦しい企業の回答が滞りやすいことがある。

一方、こうした雇用の伸びの減速に対して、7月の失業率は4.2%(6月:4.1%)と現時点では大きく上昇していない。雇用者数の伸びは企業の労働需要のみならず、移民を中心とした労働供給の影響を受けるためだ。トランプ大統領就任以降の移民取り締まり強化を背景に、不法移民の流入は大幅に減少している。不法移民が労働許可を得るのは入国後180日以上経ってからであり、年初からの不法移民の流入減の影響は年後半の雇用者数に影響する。一方、移民を中心とした求職者の減少は失業者数の抑制にもつながるため、失業率は低位に留まっている。

パウエル議長は7月FOMC後の記者会見で「今見るべき主な指標は失業率」と指摘し、足下の雇用者数の鈍化が移民政策の影響を強く受けていることを強調した。また、7月雇用統計の公表後においても、NY連銀のウィリアムズ総裁は「労働市場は依然として底堅い」、クリーブランド連銀のハマック総裁が「(労働市場は)十分にバランスが取れた状態」とそれぞれ述べるなど、(7月FOMCにおける据え置き判断を正当化するように)労働市場への基本的な捉え方が変わっていないことを強調した。実際、FRBが目標とする「完全雇用」に最も近い指標は失業率であり、弱さが鮮明であった雇用者数の変化ではない。

図表
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9月利下げの可能性が上昇

しかし、景気後退時の失業率は急上昇する傾向にあり、足下の雇用鈍化や採用低迷は失業者急増の懸念を強めている。4~6月期の実質GDP成長率は前期比年率+3.0%(1~3月期:-0.5%)と再びプラス成長へと回帰したものの、7~9月期GDPは関税引き上げによる物価上昇と消費減速を背景に減速感がより鮮明に現れる可能性が高い。

7月雇用統計の結果を踏まえ、FF金利先物に基づくFed Watchでは9月FOMC(9/16~17開催)における利下げ確率が80%まで上昇したほか、10月・12月における連続利下げが中央値予想となった。なお、9月FOMCまでには8/12に7月消費者物価指数、9/5に8月雇用統計、9/9に雇用統計ベンチマーク改定の暫定値、9/11に8月消費者物価指数がそれぞれ公表される(このほか、8/21~23にジャクソンホール会議)。これらの指標で「景気減速が強まり失業率の上昇懸念が鮮明となるのか」、或いは「関税によるインフレ圧力が抑制された状況が続くのか」が、9月の利下げ確度を占ううえで注目される。

なお、現時点において、少なくとも3名が9月FOMCで利下げを主張する可能性がある。

まず、ボウマン副議長とウォラー理事の2名は(金利据え置きが決定された)7月FOMCで利下げを主張しており、9月も同様の主張をするだろう。8月1日に両氏が公表した7月FOMCの政策判断を巡る声明文によると、「関税による物価上昇は一時的であり、見過ごすのが適切」とし、抑制的な政策金利を中立水準に向けて引き下げるべきと指摘した。一方、景気動向を巡ってはウォラー理事が「民間雇用は失速しつつあり、様子見姿勢は慎重すぎる」と現状の弱さを強調する一方、ボウマン副議長は「労働市場は完全雇用に近いものの、景気の軟化と労働市場の悪化リスクに積極的に備えるべき」と先行きへの懸念を強調するなど、足下の景気認識には若干の相違がみられる。

次に、(8月8日に辞任する)クグラー理事の後任候補が9月FOMCに参加する場合、トランプ大統領の意向に沿い利下げを主張するだろう。2026年1月に任期を迎えるクグラー理事は8月1日に突如辞任を表明し(辞任理由は不明)、トランプ大統領は8月3日に後任を「数日内に発表する」と述べるなど、9月FOMCより前に理事を就任させることに意欲的とみられる(ただし、上院の承認か休会任命の手続きが必要)。なお、後任候補は次期FRB議長の有力候補とも考えられる(FRB議長は理事7名から選任。パウエル議長の任期は26年5月)。次期FRB議長としてはこれまでにハセット国家経済会議委員長、ウォーシュ元FRB理事、ベッセント財務長官、ウォラー理事が有力視されており、(現職のウォラー理事を除く)これらの候補から理事が選定される可能性がある。

図表
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以上

前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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