インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

中東情勢悪化で注目された「ホルムズ海峡の封鎖」は現実的か?

~経済、外交の両面でイランの「生殺与奪」を握る中国の存在を鑑みれば、そのハードルは極めて高い~

西濵 徹

要旨
  • イスラエルによるイラン攻撃と、その後の両国による報復の応酬により中東情勢は緊迫化し、米国の核施設空爆により事態のさらなる悪化が懸念された。しかし、米国の提案とカタールの仲介により、イスラエルとイランは停戦に合意し、沈静化の兆しがみられる。一方、イランは今後も核保有に向けた動きを強める可能性があるほか、報復姿勢を維持する考えをみせており、不透明感は完全に払しょくされたとは言いがたい。
  • イラン情勢が悪化した際に注目されるのが、イランによるホルムズ海峡封鎖の可能性であろう。同海峡は世界の原油供給の約2割が通過する重要なルートであり、仮に封鎖されれば世界経済に重大な影響を及ぼすことが予想される。今回はイラン国会が封鎖を承認したことを受けて、金融市場ではそうした懸念が高まるとともに、国際原油価格は大きく上振れして一時年初来高値をうかがう動きも確認された。
  • しかし、同海峡はイラン産原油の主要な輸送路でもある。米国の経済制裁の影響でイラン産原油輸出の約9割を中国向けが占める。中国は中東産油国からの原油輸入も多い。よって、仮に封鎖に動けばイラン経済のみならず、中国経済への悪影響が対中関係に打撃を与える可能性がある。中国との経済、外交面での依存関係を勘案すれば、実行は極めて困難であり、現実には「抜かずの宝刀」と捉えることができる。
  • とはいえ、追い詰められたイランが最終手段としてホルムズ海峡の封鎖に踏み切る可能性は完全に否定できない。その意味では、金融市場への観測効果としては一定の影響力を持ち続けていると言えよう。

中東情勢を巡っては、イスラエルによるイランへの攻撃をきっかけに、双方が報復合戦の様相を呈するとともに、米国がイランの核施設に対する爆撃に動いたことを受けて、緊迫の度合いが一段と高まる懸念が広がった。しかし、その後は米国の提案とカタールの仲介により、イスラエルとイランが停戦に同意したことが明らかになるとともに、双方が『勝利宣言』により矛を収める様子が確認されるなど、事態は鎮静化に向かいつつあるとみられる。なお、事態がこのまま収束に向かうか否かは依然として不透明なところが少なくない。さらに、一連の動きを受けて、イランは国体護持の観点から核保有への意欲を一段と強める可能性があるほか、仮に今後攻撃を受ければ報復に動くとの考えを示しており、そうした点でも不透明感がくすぶる状況は変わらないと捉えられる。

なお、イランを巡る状況が悪化する度に話題になるのが、イランが攻撃艇や機雷などを用いてホルムズ海峡の封鎖、ないし、同海峡を航行する船舶に対してミサイル攻撃などを仕掛けるというものである。今次局面においても、イランの国会がホルムズ海峡の封鎖を承認した旨の報道が出るとともに、同国のアラグチ外相が選択肢のひとつと述べるなど、そうした懸念が急速に高まる動きがみられた。ホルムズ海峡はペルシャ湾とオマーン湾を繋ぐ狭い水路であり、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、クウェートといったペルシャ湾沿岸の産油国にとって最重要な輸出ルートとなっている。同海峡を通過する原油は、世界で1日当たり消費される量の約2割(1800万バレル)に相当するなど、仮にそうした事態となれば世界的な原油需給に深刻な悪影響を与える。よって、国際原油価格は大きく上振れして年初来高値をうかがう水準となるなど、緊迫感が強まる事態となった。上述のように事態が沈静化に向かっていることを受けて、足元の国際原油価格は一転頭打ちして事態が悪化する直前の水準となるなど、一巡している様子がうかがえる。

図表
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しかし、ここであらためて考えたいのは、イランが本当にホルムズ海峡の封鎖に動けるのか否かである。というのも、上述したように同海峡は1日の原油供給量の約2割が通過しているが、そのなかにはペルシャ湾内で採掘されたイラン産原油も含まれている。米国の経済制裁の影響により、多くの国がイラン産原油の輸入を中止しており、現時点においてイランの原油輸出の約9割を中国向けが占めており、産油量の半分が中国向け輸出に割り当てられる格好となっている。さらに、原油以外を含めた輸出全体の約3割を中国向けが占めるなど、外貨獲得の観点から中国を無視できない状況にある。他方、中国はイラン以外の他のペルシャ湾岸産油国からも大量の原油を輸入しており、仮に同海峡を封鎖すれば中国経済に深刻な影響を与えることは避けられない。その一方、イラン最大の港湾であるバンダル・アッバース港はホルムズ海峡の北岸に位置しており、地理的に同海峡封鎖の影響を掻いくぐることは可能と捉えられる。ただし、イランは近年、米国をはじめとする西側諸国との関係が悪化するなかで、中国との関係を深化させ、輸入の4分の1強を中国からの輸入が占めるなど、中国と切っても切れない関係にある。両国の関係が深化していることに鑑みれば、中国がイランによる同海峡封鎖にどういった対応をみせるか不透明だが、実体経済に悪影響を与える懸念が高まるなかで静観することは困難と捉えられる。仮に中国がイラン向け輸出を抑制する動きをみせれば、世界的にインフレ鈍化が進んでいるにもかかわらず、足元のイランのインフレ率は40%近傍に達するなか、物資不足がインフレを一段と深刻化させるなど国民生活に深刻な悪影響を与える可能性がある。

図表
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イランと中国との関係を巡っては、2023年に中国が仲介する形でサウジアラビアとの国交正常化が図られるとともに、そのことをきっかけにUAEも同国との関係を格上げさせるなど、地域情勢の安定化に重要な役割を果たしてきたことも無視できない。仮にイランがホルムズ海峡の封鎖に踏み切れば、ペルシャ湾岸の産油国との関係が悪化することは避けられず、結果的に関係改善を仲介した中国の顔に泥を塗る事態となることも予想される。サウジやUAEなど湾岸協力会議(GCC)が今月開催した首脳会議に中国も参加しており、枠組の拡大を模索する動きが確認されたことに鑑みれば、イランを巡る情勢が悪化した場合においても、中国が近年の関係深化を理由にイランに肩入れするかは見通しにくい。こうした状況は、イランの伝統的な友好国であるロシアとの関係を巡っても、軍事支援を要請したにもかかわらず、明確な回答を得られないなど一枚岩にほど遠い状況にあることにも現れている。その意味では、経済的にも外交的にもイランの生殺与奪を握っていると捉えられる中国の動向を勘案すれば、その実現性は極めて低く、いわば『抜かずの宝刀』と捉えることができる。

ただし、「窮鼠猫を噛む」ということわざにもあるように、あらゆる面で追い込まれたイランが最終的な手段としてホルムズ海峡の封鎖に動く可能性をまったく否定することが出来ないのも実情であろう。もっとも、そのような場合には世界経済に深刻な悪影響を与えることは必至であるとともに、そのことがイランに対する世界的な感情悪化を招くなど自らを一段と窮地に追い込むことも予想される。その意味では、言及することで金融市場の『観測』に影響を与えるレベルが最も効果的な策になっていると捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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