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2025.06.13
アジア経済
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国際的課題・国際問題
トランプ政権
トランプ関税
「トランプ劇場」の背後で強かさを増す中国外交の行方
~グローバルサウスのみならず、主要国にも影響力拡大を目指すなかで関係の再構築は避けられない~
西濵 徹
- 要旨
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このところの世界経済や国際金融市場は、米国の関税政策により混乱している。米国は安全保障上の理由や貿易赤字の縮小に向けて関税政策を駆使し、特に中国との間では高関税を応酬する貿易戦争に発展した。米中協議を経て報復課税は撤廃されたが、その後も中国のレアアース輸出を巡る懸念を受け、米国は半導体輸出規制や学生ビザの取り消しなど対抗措置に動いた。再度の協議を経て関係改善が確認されたが、今後もトランプ氏の「暴言」と「尻込み」に揺さぶられる展開が続く可能性は高いと見込まれる。
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一方、中国は米国が内向き姿勢を強めるのを尻目に、「自由貿易の旗手」として新興国との連携強化による影響力拡大を図っている。地理的に近いASEAN諸国をはじめとするアジアに加え、中東、中南米、アフリカ諸国との関係深化を図るなど、米国の空白を埋める動きをみせている。近年は新興国の間で「脱ドル」を目指す動きがみられるなか、中国は人民元建て融資枠を創設するなどその「受け皿」となるとともに、人民元の国際化を推進することも期待される。米国のUSAID廃止によるソフトパワーの喪失の影響も懸念される。
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米トランプ政権による「米国第一主義」は伝統的な同盟国との関係にも溝を生じさせている。その結果、中国の外交戦略に対抗する国際的な結束は弱まることも懸念される。世界は、不可逆的に影響力の拡大を目指すことが予想される中国との関係を再構築する必要に迫られることは避けられないであろう。
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このところの世界経済や国際金融市場を巡っては、米トランプ政権の関税政策に揺さぶられている。米国は、安全保障上の脅威を理由に、通商拡大法232条を適用して自動車や鉄鋼製品、アルミ製品に対する追加関税を課している。さらに、貿易赤字の縮小を目的に、すべての国に一律10%、一部の国や地域に非関税障壁に応じて税率を上乗せする相互関税を課す方針を示した。4月には相互関税の発動に踏み切るも、直後に国際金融市場に動揺が広がったため、中国以外の国・地域に対する上乗せ分を90日間延期し、その間に各国・地域と個別協議を行うこととした。他方、中国はトランプ関税への報復措置に動いたため、米中は報復措置を繰り返した結果、互いに高関税を課す貿易戦争へと発展した。
しかし、高関税による実体経済への悪影響が懸念されたことを受け、先月の直接協議を経て米中双方が報復関税の撤廃で合意した。米国は対中関税をフェンタニル対策のための追加関税(20%)と相互関税(34%)を合わせた54%とするも、上乗せ分(24%)を90日間停止し、中国も対米関税を34%とするも、上乗せ分(24%)を同じく90日間停止し、その間に米中は追加協議を行うとした。しかし、その後は米国から協議の行き詰まりを示唆する発言が相次いだ。その背景に、中国が対抗措置として実施したレアアース(希土類)やレアメタルの輸出規制が協議後も解消しなかったことがある。米国は対抗措置として中国に対する半導体の輸出制限とともに、米国の大学に留学する中国人学生を念頭に学生ビザ(査証)を取り消すなどの動きをみせた。
その後は米中首脳による電話会談に加え、英国において米中による直接協議が行われた結果、米中双方は先月の直接協議での合意事項の履行を確認した。しかしながら、一連の協議を経て、中国にとってレアアースやレアメタルが交渉の『切り札』となっていることがあらためて浮き彫りとなった。米トランプ政権は今後も中国に対する強硬姿勢を維持する可能性はくすぶることを勘案すれば、中国が今後の協議で妥協する可能性は極めて低いであろう。その意味では、今後も米トランプ大統領による『暴言(TALO)』後に『尻込み(TACO)』展開が繰り返される可能性は高く、世界経済や国際金融市場は良くも悪くもこうした状況に順応せざるを得ないのが実情であろう。
なお、米トランプ政権が関税をてこに様々な国や地域に対する『圧力』を強める背後で、中国は(実態は別にして)『自由貿易の旗手』然とした姿勢をみせるとともに、いわゆる「グローバルサウス」と称される新興国での影響力を拡大させる動きをみせている。この背景には、今年3月に開催された全人代(全国人民代表大会)において、米中摩擦の長期化を前提に、米国「以外」の国や地域向けの輸出を活発化させる方針が示された。さらに、外交関連では多国間、二国間、地域的な経済協力の深化を図るとした上で、具体的にはASEAN(東南アジア諸国連合)を念頭にした自由貿易圏の強化や、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への参加プロセスの推進により、外需の掘り起こしを活発化させるとしている。上述のように、米トランプ政権が『米国第一主義』を旗印に内向き姿勢を強めるなか、中国は積極外交を展開することが見込まれた。
事実、米国による相互関税の発動を巡るドタバタ劇の直後、中国の習近平国家主席はベトナム、マレーシア、カンボジアのASEAN3ヶ国を歴訪するとともに、トランプ関税による経済への悪影響が懸念されるなかで連携を呼び掛ける動きをみせている。なお、ベトナムとカンボジアについては、ともに米国が高い相互関税(それぞれ46%、49%)を課す方針を示したほか、マレーシアも経済構造面で外需依存度が相対的に高く、24%とした相互関税が課されることに伴うマクロ的な影響は大きい。さらに、ベトナムとマレーシアは、昨年のBRICS首脳会議で将来的な加盟に向けた「パートナー国」となっており、同じくパートナー国となったインドネシアが今年1月に正式加盟したことを念頭に、加盟手続きの加速化で合意した可能性も考えられる。
さらに、先月には、ASEANとアラブ産油国の湾岸協力会議(GCC)が開催した首脳会議に中国が参加しており、枠組みの拡大を模索する動きがみられるなど、中国が全人代で深化を図るとした多国間システムを一段と広げる取り組みも前進している。同会議では、中国の李強首相がトランプ関税を念頭に、貿易障壁の撤廃と市場の開放拡大を呼び掛けるとともに、世界貿易機関(WTO)を中核とする多国間貿易体制の維持を求める考えを示し、トランプ政権が誕生する以前の米国が主張してきた議論を展開するなど、米国の主張を完全に代替する動きをみせている。
他方、近年米中摩擦が激化するなか、中国はそれまで米国に依存してきた穀物輸入の多様化を図るべく、中南米諸国からの輸入を拡大させており、結果的に中南米諸国は中国経済への依存度を強めている。こうしたなか、先月に開催された中国と中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)閣僚級会議では、中国は地域の開発支援を目的とする100億ドル相当の人民元建て融資枠の設定や新規のインフラ投資、ビザ免除を打ち出すなど関係深化を図る考えを示している。なお、2015年に始まった中国・CELACフォーラムでは、中国の一帯一路構想に基づくインフラ投資のほか、投資や貿易を巡る対話が行われており、過去にも融資枠の設定による経済協力の深化が図られてきた。なお、今回は融資枠を人民元建てとしており、ここ数年の新興国の間では『脱米ドル』を志向する動きがみられるなか、中国がそうした思惑の『受け皿』になるとともに、人民元の国際化を後押しすることも期待される。そして、中南米地域は伝統的に『米国の裏庭』と称されてきたものの、こうした地域への影響力を拡大させることで、米中摩擦が一段と激化する場合の持久力を高めることを狙っている可能性も考えられる。
そして、トランプ政権は、連邦政府による歳出削減を目的に、政府効率化省(DOGE)が主導する形で国際開発庁(USAID)を事実上解体している。なお、USAIDはインフラ支援のみならず、社会・経済開発を通じて米国の「ソフトパワー」推進の一翼を担ってきたものの、そうした機能は急速に萎むことは避けられなくなっている。さらに、USAIDはアフリカ地域において電力整備事業を支援してきたものの、突然の事実上解体に追い込まれたことを受けて、事業は停滞を余儀なくされるなど地域経済に悪影響を与える懸念が高まっている。また、トランプ政権の下では南アフリカとの関係が急速に悪化するなか、中国は米国の抜けた『穴』を埋めるべく支援に動く方針を示している。さらに、中国は同国が外交関係を有するアフリカの53ヶ国を対象とする支援を呼び掛けるとともに、関税撤廃を盛り込んだ新たな経済協定に向けた交渉を進める方針を示すなど、経済関係の深化を図る動きをみせている。近年、中国は資源確保を目的にアフリカとの経済関係の深化を図ってきたが、今後はそうした動きを一段と加速させる可能性も予想される。
主要国を巡っても、米トランプ政権が自国中心主義の色合いを強めるなかで、EU(欧州連合)やカナダとの関係に『すき間風』が広がりをみせており、日本を含むG7(主要7ヶ国・地域)として中国の外交戦略に一枚岩で対抗姿勢をみせることのハードルは高まっている。こうした状況を勘案すれば、中国は新興国のみならず、EUやカナダなど米国との関係に変化が生じている主要国にも関係強化を模索する動きを強めることが予想される。米トランプ政権は「米国を再び偉大に(MAGA)」を旗印に様々な動きをみせているものの、その背後で信頼を失うだけでなく、これまで米国の世界的な影響力の源泉であったソフトパワーの低下も避けられない。その一方、中国は構造問題を理由に国内経済に様々な問題を抱えるなか、国内情勢によってスピードに変化が生じる可能性はあるものの、不可逆的に世界的な影響力拡大を目指す動きを進めることが予想される。世界はいよいよ中国との付き合い方を真剣に考える必要に迫られるであろう。
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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