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2025.05.14
アジア経済
米中関係
インド経済
韓国経済
トランプ関税
米中電撃合意で対米協議の「トップランナー」だったインドと韓国は?
~米国は合意を急がない可能性も、各国を巡る状況が交渉の行方に影響を与えることも考えられる~
西濵 徹
- 要旨
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- 米トランプ政権の関税政策により、世界経済と国際金融市場は混乱している。米国は一律10%の関税に加え、一部の国に税率を上乗せする相互関税を課した。さらに、中国との間では報復関税が応酬される貿易戦争に発展した。当初は米国との個別協議でインドや韓国が先行するとみられたが、英国が最初に基本合意に至った。また、米中関係も軟化し、報復関税の撤廃と協議開始が発表されるなど関係は変化している。
- 米中関係の変化を受けて、インドや韓国との交渉の見通しは不透明となっている。インドは米中摩擦のなかで中国に代わる市場として期待され、交渉が促されたとみられる。しかし、インドが要求する適用除外は難しい上、鉄鋼や自動車などの対米輸出が多いなかで追加関税の影響も懸念される。韓国も米韓FTAを基に貿易協議で先行したが、国内政治情勢の変化を受けて交渉の行方は不透明になっている。次期政権の動向にかかわらず交渉が進む可能性はあるものの、その状況は変化しつつあると捉えられる。
- こうした状況は、インドや韓国同様、貿易協議で先行してきた日本を巡る状況にも影響を与えると見込まれる。日本は米国との協議を進める一方、自由貿易の推進に向けてCPTPPを活用することが求められる。
このところの世界経済や国際金融市場は、米トランプ政権の関税政策に翻弄されている。米トランプ政権はすべての国に一律で10%、一部の国に非関税障壁に応じて税率を上乗せする相互関税を課す方針を発表した。先月初めには一律部分に加え、上乗せ分の発動に動くも、直後に中国以外の国に対する上乗せ分の発動を90日間延期した。一方、中国はトランプ関税に対する報復関税を発動し、その後は双方が報復の応酬に動いた結果、米国は145%、中国は125%と互いに高関税を課す貿易戦争に発展した。その後、上乗せ関税の対象となった国や地域を中心に米国と個別に協議が行われ、なかでもインドや韓国はその『トップランナー』と見做されてきた。
しかし、米国との貿易協議で最初に基本合意に至ったのは英国であった。英国は米国にとって数少ない貿易黒字国であり、相互関税も10%と一律分と同水準であったことを踏まえれば、合意のハードルは高くなかったと考えられる。よって、英国は他の国や地域が直面する状況と異なる。その一方、米国ではトランプ氏を中心に対中姿勢の軟化を示唆する動きがみられ、英国との基本合意が発表された直後に米中による直接協議の開催を明らかにした。さらに、米中協議の結果、米中双方が報復の応酬により引き上げられた部分を撤廃するとした。具体的には、米国は対中関税を追加関税(20%)と相互関税(34%)を合わせた54%とし、上乗せ分(24%)は90日間停止するとした。中国も対米関税を34%としつつ、上乗せ分(24%)を米国と同様に90日間停止するとしている。また、90日の猶予期間中、両国は貿易障壁の緩和や米国からの輸入拡大などに関する協議を進めるとした。その上で、トランプ氏は習近平氏との直接交渉の可能性を示唆するなど、こう着状態にあった両国関係は大きく変化している。
筆者自身は、トランプ氏が昨年の大統領選に際して対中関税について度々「最大60%」と言及していたため、報復合戦に至る直前の水準(追加関税(20%)+相互関税(34%)=54%)が基本線になると予想した(注1)。協議後に両国が公表した内容の基本線はこの見立てに沿ったものとなるも、今後の協議を進める前提として上乗せ分を90日間停止させたことは、米国が中国を他国と『同じ土俵』に置いたことを意味する。米国が対中姿勢を急速に軟化させた背景には、中国の報復措置への対抗措置として関税の大幅引き上げを迫られた結果、米国にとって中国からの輸入額は名目GDP比1.5%程度に留まるも、物価上昇を通じて国民生活に幅広く悪影響が広がると懸念されたことがある。さらに、中国は報復措置としてレアアースや永久磁石といった戦略的物資の輸出規制に動いたため、自動車や防衛関連産業、航空宇宙産業といった分野の生産活動に悪影響が出る懸念が高まったことも影響したとみられる。
その意味では、インドや韓国は米国との交渉を巡るトップランナーと見做されてきたものの、中国との関係が大きく変化したことを受けて、交渉の行方は見通しにくくなっている。なかでもインドについては、WTO(世界貿易機関)による平均関税率は17.0%と新興国のなかで突出しているにもかかわらず、米国は相互関税率を26%とアジア新興国のなかでも低めに設定した。これは、米中摩擦が激化するなか、インドは世界最大の人口を擁する上、中長期的にも人口増加を追い風にした経済成長が見込まれるなど将来的な『市場』としての期待が高く、中国に代わる市場として注目したことが影響したとみられる。事実、両国はトランプ政権発足直後に開催した首脳会談において、両国の貿易の大幅拡大に向けた貿易協定の交渉開始で合意している。さらに、先月には米国のバンス副大統領がインドに訪問し、両国間の貿易協定締結に向けた交渉に関して大枠合意に至ったことが発表されるなど、二国間交渉が先行している様子がうかがえた(注2)。報道によれば、インドは関税品目の6割近くの関税をゼロにするほか、米国からの輸入品の9割近くに対して関税引き下げなどを通じた優先的な市場アクセスの対象とするなどの提案を行っているとされる。ただし、インドはトランプ関税の適用除外を求めているが、上述した米国と英国の合意では一律関税(10%)は維持されており、要求にほど遠い内容となっている。
さらに、インドは世界2位の鉄鋼生産国である上、鉄鋼製品輸出の約3割、アルミ製品輸出の1割強を米国向けが占めるほか、自動車輸出に占める対米比率も1割強を占める。米国は相互関税と別に、自動車、鉄鋼製品やアルミ製品に対して追加関税を課しており、マクロ的な影響は限定的と見込まれるも、関連業界には悪影響が出ることは避けられない。また、米国は半導体や医薬品に対する追加関税の賦課を目的にした調査を開始しており、仮に医薬品に追加関税が課されれば、インドの医薬品輸出全体の約4割を米国向けが占めるなか、関連産業に深刻な悪影響が出ることが予想される。こうしたなか、インド政府は米国による鉄鋼・アルミ製品への追加関税を念頭にした対抗策を検討する旨をWTOに通告している模様であり、両国の協議の行方に影響を与えることも考えられる。金融市場においては、トランプ関税によるマクロ的な影響の小ささに加え、米国との協議の進展度合いなどがインド株の追い風となる動きが確認されているものの、現時点において過度な期待は禁物と捉えられる。
他方、インド同様に韓国も対米貿易協議で先行しているとみられてきた。その背景として、韓国は米国との貿易協議を巡って、米韓FTA(自由貿易協定)をベースに協議を進めてきたことが影響しているとされる。さらに、先月まで大統領代行を務めた前総理の韓悳洙(ハン・ドクス)氏は、かつて総理代行や総理として米韓FTA交渉に関わっており、そうした経緯も影響して交渉が前進しやすい環境にあったとみられる。そして、来月に実施される次期大統領選に韓氏が首相を辞して出馬する意向を示した背景には、こうした事情も影響したとの見方もある。しかし、保守系の与党・国民の力の候補者を巡っては、執行部を中心に韓氏擁立に向けた動きを活発化させたものの、紆余曲折を経て最終的に金文洙(キム・ムンス)氏となるなど、そうした思惑は『空振り』に終わった格好である(注3)。世論調査では、革新系最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)氏が一貫してトップを走る展開が続いていることを勘案すれば、政権交代が起こる可能性は高い。よって、現政権の下で米国との貿易協議の早期妥結を進めるハードルは高まっている。なお、米韓FTAは革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元政権下で交渉が開始されるとともに、締結されており、次期政権の枠組みにかかわらず交渉が進むとの見方はある。とはいえ、米国との貿易協議を巡ってトップランナーと目された韓国を巡る状況が大きく変化しつつあることは間違いないと捉えられる。
こうした状況は、トップランナーの一翼と見做されてきた日本の交渉の行方にも少なからず影響を与えると見込まれる。米国が追加関税を課す自動車や鉄鋼・アルミ製品を巡る問題のほか、米国産農産品の輸入など様々な議論を呼ぶテーマが山積するが、日本としては真正面から米国との協議を前進させることが望まれる。その一方、世界経済への影響に鑑みれば、自由貿易の重要性をあらためて世界に広げるべく、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)も活用しつつ、様々な国や地域との間で協議を進めることも必要になろう。
注1 5月9日付レポート「金融市場の期待通り、米中協議は関係改善の一歩目となるか」
注2 5月2日付レポート「再び活況を呈するインド金融市場に「死角」はないか」
注3 5月12日付レポート「韓国大統領選・候補者出揃う、革新系野党優位の情勢は変わらず」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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