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2025.04.10
アジア経済
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トランプ相互関税で中国の根強いディスインフレ圧力はどうなる?
~資産デフレの一方で人民元安や関税による食料インフレに警戒、政策対応は困難さが増す展開も~
西濵 徹
- 要旨
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米トランプ政権の関税政策は世界経済と国際金融市場を揺さぶっている。特に中国との間で貿易摩擦が激化しており、米トランプ政権の関税政策に中国が報復に動いたことで貿易戦争は一段と深刻化している。
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外需を巡る環境悪化を警戒して、中国は内需喚起の動きを強化しているが、若年層の雇用不安や不動産市況の低迷が個人消費の重石となっている。結果、足元の物価に下押し圧力が掛かり、3月のインフレ率は前年比▲0.1%とマイナスで推移している。さらに、川上の生産者物価も商品市況の調整が重石となり、購買価格、出荷価格ともに大幅マイナスで推移するなどディスインフレ圧力が強まる展開が続いている。
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足元の金融市場では人民銀による金融緩和観測を反映して人民元安が進む動きがみられる。しかし、米国による為替操作国認定への懸念に加え、飼料用穀物を輸入に依存するなかで輸入インフレを招く懸念も重なり慎重姿勢を維持する可能性がある。不動産市況の低迷も資産デフレを通じて景気の足かせとなる。中国当局は貿易摩擦の克服に自信を覗かせるが、構造問題が経済の足かせとなる可能性に要注意である。
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足元の世界経済や国際金融市場は、米トランプ政権による関税政策の動向に揺さぶられる事態に直面している。トランプ氏は自身を「タリフマン(関税男)」を称するとともに、大統領就任前から外交手段に関税を用いて相手国にディール(取引)を持ち掛ける姿勢をみせてきた。なかでも第1次政権以降に緊張関係が続く中国に対しては、2月にすべての輸入品に10%の追加関税を課す大統領令を発令し、翌3月には追加関税を10pt引き上げて20%とするなど圧力を強めてきた。トランプ氏がこうした姿勢をみせる背景には、巨額の貿易赤字とその背後で進む製造業を中心とする国内産業の空洞化が米国経済にとっての「国家非常事態」に当たるとの認識を有していることが影響している。
そして、トランプ氏はすべての国を対象に米国からの輸入品に課す関税に加え、付加価値税(VAT)や為替政策、規制など非関税障壁を加味した平均関税率を算出した上で、その影響相殺を目的とする相互関税を課す方針を示した。相互関税については、原則としてすべての国に10%の関税を課した上で、57の国・地域を対象に『最悪の違反者』に認定するとともに、個別に上乗せの税率を課すとした(注 )。そして、中国に対しては非関税障壁を加味した実質的な関税率を67%とした上で、相互関税率をその半分に当たる34%とした。中国は追加関税には比較的抑制的な対抗措置を取ったが、相互関税を受けて米国からのすべての輸入品に一律34%の追加関税を課す報復措置に動いた(注 )。これを受けて、トランプ氏は相互関税を50pt上乗せし(34%→84%)、追加関税を併せて104%としたが、中国も報復関税を50bp引き上げて84%とした。なお、今月9日付で相互関税は一旦発動するも、トランプ氏は多くの国が米国に協議を持ち掛けたことを理由に相互関税を90日間停止した。しかし、対抗措置を取った中国には相互関税を追加で21pt引き上げ(84%→105%)、追加関税と併せて125%として即日発行した。この動きに対して中国はさらなる対抗措置を示していないものの、すでに中国の対米輸出への影響は名目GDP比3.5%、対米輸入への影響も名目GDP比0.8%程度に達すると試算される。他方、中国は米国の関税措置をWTO(世界貿易機関)による紛争処理のほか、米国企業を輸出管理リストに加えるなど対応を強化させており、米中間の貿易戦争は激化が避けられなくなっている。

こうしたなか、先月の全人代(第14期全国人民代表大会第3回全体会議)において、中国当局は上述のように対米輸出を中心に外需を取り巻く環境が厳しさを増していることを前提に、一段の内需喚起により景気下支えを図る方針を示した(注 )。中国では昨年半ば以降、家計部門への耐久消費財の買い替え促進(以旧換新)のほか、企業部門への大規模設備の更新促進など内需喚起の取り組みを強化するとともに、その実現を後押しすべく財政、金融政策を総動員してきた。よって、足元では支援対象の財で需要が押し上げられるなど政策効果が顕在化する一方、若年層を中心とする雇用回復の遅れや不動産市況の低迷が足かせとなり、全体としての個人消費は伸び悩む展開が続く。こうした個人消費の弱さが物価の重石となるなか、今年は春節(旧正月)の時期のズレが一時的に加速を招いたが、3月の消費者物価は前年同月比▲0.1%と前月(同▲0.7%)から2ヶ月連続のマイナスで推移している。前月比も▲0.4%と前月(同▲0.2%)から2ヶ月連続で下落しており、生鮮品を中心とする食料品(同▲1.4%)の下落に加え、このところの国際原油価格の頭打ちに伴いガソリン(同▲3.5%)をはじめとするエネルギー価格も落ち着いており、生活必需品を中心にインフレ圧力が後退していることが影響している。なお、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.5%と前月(同▲0.1%)から2ヶ月ぶりのプラスに転じるも、インフレ率とともに全人代で示した政府目標(2%前後)を大きく下回る推移が続く。前月比も±0.0%と前月(同▲0.2%)から下落一服も横這いで推移しており、幅広く財、サービス両面で物価に下押し圧力が掛かるなど、全般的にインフレ圧力が高まりにくい状況にある。

インフレ圧力が高まりにくい背景には、企業部門が直面する川上段階において物価上昇圧力が後退していることも影響している。3月の生産者物価(購買価格)は前年同月比▲2.4%と26ヶ月連続のマイナスで推移するとともに、前月(同▲2.3%)からわずかにマイナス幅も拡大している。前月比も▲0.2%と前月(同▲0.2%)から9ヶ月連続で下落しており、米トランプ政権の関税政策が世界経済の足かせになるとの見方を受けた商品市況の調整を反映して、幅広く原材料価格に下押し圧力が掛かっていることが影響している。さらに、原材料価格の低下を反映して中間財や最終財の価格も抑えられており、3月の生産者物価(出荷価格)も前年同月比▲2.5%と30ヶ月連続のマイナスで推移しており、前月(同▲2.2%)からマイナス幅も拡大するなど下振れしている。前月比も▲0.4%と前月(同▲0.1%)から4ヶ月連続で下落するとともに、そのペースも加速しており、幅広く消費財価格が下振れするとともに、耐久消費財(同▲1.0%)は下落基調を強めている。一連の内需喚起策にもかかわらず、全体としての個人消費が力強さを欠く推移をみせるなかで企業部門の価格競争が激化しており、物価が高まりにくい状況が続いている。よって、先行きも川上段階から、消費者など川下段階にかけて物価上昇圧力が高まりにくい展開が続くことにより、ディスインフレ圧力が根強く残る可能性は高まっていると捉えられる。

一方、米中貿易摩擦を巡っては、上述のように輸出への直接的な影響が名目GDP比3.5%に及ぶなど実体経済面で深刻な悪影響を与えることは必至であり、中国当局は米国に代わる輸出先の多様化を通じた外需下支えを図ることが予想される。さらに、景気下支えに向けた内需喚起の動きを一段と強めることも予想され、金融市場においては中銀(中国人民銀行)が一段の金融緩和に舵を切るとの観測を反映して人民元相場は調整の動きを強めている。人民元安は価格競争力の向上を通じて輸出を押し上げることが期待されることも、こうした見方が強まる一因になっているとみられる。ただし、金融市場の思惑が反映されやすいオフショア人民元(CNH)に対して、当局の意向が反映されるオンショア人民元(CNY)の調整ペースは小幅に留まるなど、景気下支えの重要性は理解しつつも、引き続き漸進的な対応を維持する可能性が考えられる。この背景には、米トランプ政権の相互関税の算出に為替政策が加味されており、人民元安の動きが大幅になれば米国が「為替操作国」認定などを通じてさらなる措置に動く可能性が懸念されることがある。もうひとつは中国側も米国からのすべての輸入品に84%の報復関税を課したが、飼料用穀物など農産物を米国からの輸入に依存しており、生鮮食料品を中心とする食料インフレを招くことが懸念されることがある。中国はトランプ1次政権下での米中摩擦の激化を受け、米国に代わる穀物の輸入先として中南米諸国との関係深化を図ってきたが、人民元安は輸入物価を通じて食料インフレ圧力を増幅させ、輸出競争力向上の影響を相殺することも考えられる。こうした事情も当局が慎重姿勢を維持する一因になっているとみられる。こうした背景には、歴代政権がインフレ退治に手間取るとともに、過去にはインフレをきっかけに政治情勢が不安定化する事態に直面した歴史も影響していると捉えられる。

他方、昨年来の対策強化にもかかわらず、足元の不動産価格は頭打ちの動きが続くなど資産デフレが幅広い経済活動の足かせとなるとともに、ディスインフレ圧力を払しょくできない一因になっている。米トランプ政権の関税政策をきっかけとする金融市場の混乱を巡っては、中国においても主要株式指数が大幅に調整するなど悪影響を招いたものの、報道では大手証券会社が株価安定に向けて協調する方針を示すとともに、企業も自社株買いを活発化させるほか、国有銀行や政府系ファンドといったいわゆる『国家隊』による買い支えの動きもうかがえる。しかし、不動産需要のボリュームゾーンである若年層の雇用不安がくすぶるなか、不動産市況の見通しは立ちにくく、資産デフレ圧力が重石となる形でディスインフレ基調が根強く残る一方、上述のように食料品など生活必需品を中心とするインフレが実質購買力の重石となれば、個人消費をはじめとする内需を取り巻く状況は一段と厳しくなることも考えられる。中国当局は米中貿易摩擦の影響克服に自信を覗かせているが、中国経済が抱える構造問題が足元を揺るがす可能性に留意する必要性は高まっている。

注1 4月3日付レポート「「トランプ関税」の新興国経済への影響は?」
注2 4月7日付レポート「中国がトランプ相殺関税に報復、25年成長率は「4%割れ」も視野に」
注3 3月5日付レポート「2025年全人代開幕、次期5カ年計画への基盤強化を目指す方針」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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