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- 春闘での高い賃上げへの期待
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春闘での高い賃上げ率が期待される。本稿では、①大企業の賃上げはまだ十分に余力があることと、②中小企業の賃上げも2024年中の実績をみる限りは大手にそれなりについてきていることをデータで確認したい。好循環と言われる内需拡大の流れは、いくつものハードルを消化しながら徐々に前進している。
5%賃上げが精一杯か?
3月に佳境を迎える春闘交渉では、2025年度も高い賃上げ率が期待される。前年の2024年度は、連合の最終集計では5.10%(ベースアップ率3.66%)と非常に高い数字に着地した。このデータは初回集計の3月15日では5.28%(ベースアップ率3.70%)だったので、すでに集中回答日の直後の数字は、最終集計とほぼ同じくらいであったことが確認できる。
2025年度も同様の高い賃上げ率の継続が望まれるが、少し前まで筆者は「さすがに5%超の継続は難しいのではないか」と思い込んでいた。しかし、2024年10-12月までの財務省「法人企業統計」を分析してみると、意外に5%ペースの賃上げは大企業の財務的な足かせにはなっておらず、まだ追加的な賃上げ余力があることがわかってきた。その意味では、筆者は大企業の収益体質に関して過小評価をしていたことになる。例えば、「法人企業統計」で資本金10億円以上の大企業のカテゴリーについてみてみると、総人件費の伸び率は、2024年1.0%である。それに対して人員数は▲1.4%のマイナスになり、1人当たり人件費=賃金上昇率は2.5%へと高まっている。時系列データでみても、法人企業統計での賃金上昇率はプラスを継続している(図表1)。

ここには、後述するように、人員増加を抑えながら、賃金を上げている効果がある。厚生労働省「毎月勤労統計」の2024年データでも、現金給与総額の前年比は2.8%であり、法人企業統計の数字とほぼ対応している。
どうして大企業が高い賃上げを継続できるかと言えば、それは利益の増加幅が大きいからだ。これをデータでみると、資本金10億円以上の大企業の2024年の経常利益額は69.9兆円である。前年63.7兆円に比べて+6.2兆円の増加(前年比9.7%)になる。一方、総人件費は2024年55.6兆円で前年55.0兆円に比べて+0.56兆円の増加(前年比1.0%)に止まる。人員増加を抑制(前年比▲1.4%)した分、1人当たりで計算される賃金の増加が進んだことがわかる。総人件費はそれほど増えていないので、労働分配率が低下する格好である。
2025年度を展望すると、確かに先行きに関する不確実性は大きい。トランプ大統領が関税率の引き上げを行い、各国の貿易取引が縮小する懸念があるからだ。にわかに米経済の先行きが怪しくなってきた。トランプ大統領は、今のところ日本にとってプラスになる仕事は何一つしていないと筆者は感じる。
とはいえ、世界的なインフレ経済が継続する中で、今後とも企業の経常利益は高い伸び率が継続すると見込まれる。2024年と同じく人員抑制を継続すれば、2025年度も高い賃上げを継続できそうだ。
大企業の人員はほとんど増えていない
賃上げの伸びを支えるのは、雇用面で人員増加を抑え込んでいることが挙げられる。コロナ前の2019年頃から大企業は人員を断続的に減らし続けている。その代わりに、設備投資は2021年以降、趨勢として伸びている(図表2)。設備投資の中でも、ソフトウェア投資の増加は目立っている。直近の2024年10-12月では、さすがに設備投資、ソフトウェア投資ともに伸び率自体は下がってきているが、水準は依然としてまだ高い。おそらく、このソフトウェア投資のブームは、人手不足が構造的に深刻化する中で、AI投資を含めて労働代替を進めようという動きなのだろう。労働節約が進むことは、同時に労働生産性を上昇させる。この生産性上昇は、賃上げの原動力とも言える。

投資が積極化する動きは、他の財務データの変化とも整合的だ。設備投資で増える分、資本が生み出す収益も上積みされる。そこでは資本分配率も上がると理解できる(=労働分配率の低下)。これは生産要素の間に代替効果が働いているという変化だ。その一方で、付加価値全体も膨らむので、その規模効果(所得効果)によって賃上げも進むという理屈である。
さらに、ミクロ的な視点を持ち込むと、大企業の人員構成の中で、バブル世代(54~61歳)が役職定年等の賃金引き下げゾーンに入ってきたこともある。その分、企業は賃金配分を若手に振り向けることがし易くなっている。これは単に高年齢層から若年層への賃金シフトだけではなく、若年層に賃金を上積みして他社に流れるのを引き留めようとする圧力も加わって、総人件費を増やしているのだろう。数年後にバブル世代に支払う賃金が減っていくという観測は、経営者にとって若年層の賃上げをやり易くしているのだ。こうした大企業の構造的要因も見逃してはいけない。
中小企業の賃上げ
これまで「中小企業への賃上げの波及は進んでいない」と散々言われてきた。筆者の周りでもそうした声が一般的だ。しかし、「法人企業統計」のデータは異なる。細かいカテゴリーでみて、いずれの規模でも賃上げは進んでいる(図表3)。資本金1~10億円の中堅企業、資本金1,000万円~1億円の中小企業も、2024年にかけて賃金は上昇している。

さらに、中小企業を細かく分類して、資本金1,000~2,000万円、2,000~5,000万円、5,000~1億円の3つのカテゴリーでも2022~2024年の期間で賃上げが確認できる(図表4)。この事実は、流布されている「中小企業は賃上げできていない」という見解とは多少食い違っている。筆者が挙げた「法人企業統計」は、四半期ベースのものであり、資本金1,000万円以上を対象としている。資本金1,000万円未満を含めた全数の74.8%を占めている部分の議論である。巷間、「中小企業が雇用者数の7割」と言われるのは、正確には資本金1億円未満の70.6%(2023年度「法人企業統計」の年報)のデータだ。四半期ごとの「法人企業統計」では、中小企業のシェア7割(70.6%)のうち45.4%のシェア部分しか確認できていない。その意味で残りの25.2%の部分が賃上げできていない可能性は十分にあると思う。

それでも、他のアンケート調査などを併用すると、2025年度の中小企業の賃上げもそこそこに伸びそうだと見ることができる。中小企業の2025年の賃上げに関しては、帝国データバンクと商工リサーチの調査が参考になる。2025年2月の帝国データバンクの「2025年度の賃金動向に関する企業の意識調査」では、中小企業の賃上げ率は平均4.48%と試算されている。商工リサーチの2025年2月の「賃上げ」に関するアンケート調査では、賃上げ率の予想の分布は、3~4%が全体の28.96%と多く、次いで5~6%が全体の27.09%と多かった(全2,251社)。平均値は3.94%で、大企業の4.02%と遜色がない。
「法人企業統計」の財務データでは、中小企業の労働分配率は高くて、大企業ほどの余力があるようには見えない。その代わりに、中小企業には人手確保をしたいという強い意欲がある。余力は乏しいものの、キャッシュフローの余裕が許せば、賃上げを積極的に行うというのが中小企業のスタンスだ。これで政府が掲げる好循環が達成できると胸を張るまでは行かないが、確かに好循環シナリオが進捗を続けていることは間違いない。
熊野 英生
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