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- 長期金利の急上昇、金利ある世界に移行
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長期金利が上昇している。物価上昇ペースが上振れして日銀の利上げ予想が強まっていることや、与野党協議が財政拡張に傾く動きがその背景にはある。「金利のある世界」に移行したため、財政要因で長期金利が動きやすくなっていることに政治が鈍感であれば、予想外に金利上昇が進む可能性がある。
予想外だった金利上昇
長期金利が急速に1.50%水準に近づいている(図表)。日銀がマイナス金利を2023年3月に解除して約1年近くで、これほど長期金利が上昇しようとは誰が予想し得ただろうか。筆者自身、当分は1%が上限くらいだと高を括っていたから、予想外だった。興味深いのは、最近は米長期金利が上がっていない点だ。通常、日本の長期金利は米長期金利と連動することが多い。今回はそうではなく、日本独自の変化として長期金利が上昇している点である。
日本の要因を考えてみると、いくつか思い当たる要因がある。今になって、長く金利を動かしてこなかった諸要因が日本の長期金利を動かしているのだろう。すでに、私たちは1年も前から「金利のある世界に移行しました」と自覚している。それは、財政要因や物価変化によって、金利上昇が起きることについて、私たちが覚悟すべきだということを示す言葉だった。しかし、実際にそれが起こってみると、意外なほど人々の自覚ができていなかったことを思い知らされる。特に、政治の世界では、「金利のある世界」への移行を自覚しないように、税収見通しが上振れればその分をすべて減税・歳出拡大に回しても構わないという言動が続いている。筆者はそこにも金利上昇の原因があるように考えている。

3つの原因を振り返る
まず、ここにきて進んでしまった金利上昇の要因をじっくりと考えてみたい。最初に結論から言えば、①物価上昇率の上振れ、②米財務長官の意図、③与野党合意の影響、の3つである。
わかりやすいのは、物価上昇率の上振れである。2024年12月、2025年1月と消費者物価(CPI)は伸び率が高まっている。総合指数・前年比で、10月2.3%、11月2.9%、12月3.6%、1月4.0%とかなりのピッチで伸び率が高まった。米や野菜も含めて高い伸び率になっているのは、地球温暖化等で趨勢的に食料品が高騰する傾向にあることを窺わせる。1月時点の日銀の展望レポートは、2025年度のコアCPIの見通しは前年比2.4%であった。物価の巡航速度がさらに上がっていくと、日銀は1月利上げに続いて、近々、再度の利上げに前向きになりそうである。日銀の2025年内の利上げ回数が増えることは、長期金利上昇の要因となる。そう解釈すれば、物価上昇ペースが以前の想定よりも上がっていることを受けた長期金利上昇と言えるだろう。
そこに微妙に加わっているのは、トランプ関税の間接効果である。ベッセント財務長官は、関税逃れの方策として、通貨切り下げを各国が採ることを警戒している。相互関税の適用では、非関税障壁があると感じられる国に対しても、関税をかけるとしている。日本の円は、通貨切り下げ政策に該当するのだろうか。その正否は別にして、ベッセント財務長官からの厳しい目もあって、日本は為替介入がたとえドル売りの操作であっても実施しにくくなっているとみられる。日銀の低金利政策も、為替を通貨安気味に誘導しているという批判をかわすために、着実な追加利上げを進めざるを得なくなっている。そうした脈絡からも、日銀の年内利上げペースは以前よりも速まっていく方向に傾く。長期金利上昇にもそうした見通しの変化が影響していると考えられる。
政府予算案の修正
第三の要因として、2025年度予算案を巡る与野党の交渉がある。石破政権が発足したときには「3月危機」の観測があった。石破政権は予算案を通せずに倒閣するのではないかという懸念である。しかし、その点は意外に上手に切り抜けている。新聞報道では、日本維新の会が予算案に賛成する方針を決めたとされる。石破政権の戦略は、国民民主党と日本維新の会を天秤にかけて、両者の要求をいくらか抑え込もうとするものだった。国民民主党が「年収の壁」の178万円に固執した場合、与党は国民民主党の同意に頼らず、維新の会の方に流れる。維新の会が主張する教育無償化の要求が過度になっていくと、今度は国民民主党の方に流れていく。野党両方の間には競争圧力が働くのだ。こうした与党側の天秤作戦は、上手だったと思える。
与党、国民民主党、日本維新の会の三者がそれぞれに妥協点を探ろうとする結果、歳出拡大の規模は相対的に小さくなる。「年収の壁」対応を所得制限を細かくしながら低所得層で150~160万円(政府案123万円)まで引き上げると、▲1~2兆円の税収減になりそうだ。教育無償化と併せて、2025年度予算案は財政赤字拡大の方向にいくらか修正されそうだ。
しかし、政治の世界では、税収が増えるのだから減税・給付金を増やしてもよいだろうという機運がまだまだ根強い。すでに「金利のある世界」に移行して、財政要因が長期金利上昇を促すことをあまり痛切には考えていない印象もある。今夏に向けて、参議院選挙で野党などが各種の家計支援を掲げてくる可能性も否定できない。政治が財政赤字拡大にあまりに鈍感であれば、予想外に金利上昇が進む可能性がある。
今のところ、政府の当初予算案では、財政赤字額(=新規国債発行額)は、2025年度28.6兆円と過去よりも著しく縮小させるかたちになっていた。国債費(元本返済額+利払費)28.2兆円とほぼ基礎的財政収支赤字はゼロ近く(▲0.43兆円)まで改善するという期待感があった。その赤字幅が野党要求を含めた予算案の修正で、いくらか下方修正を余儀なくされる。野党の中には、基礎的財政収支赤字の解消が3年くらい遅れてもさして影響はないと発言する人もいるが、こうした姿勢は金利上昇を生み出しかねない点で要注意である。
実体経済への影響
長期金利が上昇することに対して、実体面ではどのくらいのマイナス作用が生じるのだろうか。まず考えられるのは、社債発行コスト増による企業の設備投資抑制である。今までは設備投資動向が堅調なので、それほどの抑制効果にはならないとみられる。今後、抑制効果の発現はじわじわと進むだろうから、四半期単位でGDP統計や法人企業統計、短観の設備投資データがどう変化するかに日銀は注目するだろう。
もう1つのルートは、個人の住宅ローン金利の上昇である。固定金利ローンが上がるほか、一時固定のローンもいくらか上昇するだろう。すでに、短期プライムレートの上昇に応じて、変動型のローン金利が徐々に上がっている。まだ変動型の方が金利水準が低く、多くの世帯がそちらを選択している。また、すでに変動型を選択している世帯は、元利均等で支払いを行っているので、金利上昇負担が即座に響いてこない仕組みになっている。GDP統計の住宅投資が3四半期連続で前期比プラスになっている。2024年中は、住宅ローン金利の上昇があまり大きな打撃にはならなかった模様である。
むしろ、日本の長期金利上昇は、日米の長期金利差を縮小させる。こちらが限界的な円安進行にいくらか歯止めをかける。円安→輸入物価上昇→企業へのコストプッシュ圧力という従来の経路に歯止めをかけ、長期金利上昇が物価上昇の抑制に果たす効果はプラスと評価できるだろう。コストプッシュ圧力は、中小企業の利益率を圧縮させて、追加的な価格転嫁の必要性を強める。賃上げの努力にも水を差す。メディアでは、とかく長期金利上昇のマイナス面が強調されやすいが、物価上昇圧力を減衰させる点はプラス効果であろう。
熊野 英生
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