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韓国・尹大統領の弾劾訴追案可決、「情」に揺さぶられる政治の行方

~弾劾の行方そのものは色々な要因が影響して見通せず、政治的混乱が長期化していく可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 韓国国会では18日に尹錫悦大統領への2回目の弾劾訴追案に対する採決が行われ、賛成多数で可決され、同日夜に職務停止が決定した。職務停止中は韓悳洙首相が職務を代行する一方、憲法裁が向こう180日以内に尹氏の弾劾の可否を審理して罷免の是非を判断する。今月7日の1回目の弾劾訴追案への採決では、与党が結束して廃案に持ち込んだが、その後の世論が尹氏の弾劾に傾いている上、尹氏自身が戒厳の正当性を主張して徹底抗戦の構えをみせた結果、与党議員の一部が離反したとみられる。今後は憲法裁による審理の行方に注目する必要がある一方、最大野党・共に民主党の李代表も刑事訴追されるなかで裁判スケジュールが次期大統領選の行方に影響を与える。また、尹氏の徹底抗戦により審理が長期化すれば憲法裁判事の人事などで混乱が生じる可能性にも注意を払う必要がある。金融市場は混乱長期化を懸念する向きをみせる。朝鮮半島情勢のみならず、東アジア情勢や日本との関係に大きな影響を与えることが予想されるなか、その動向を注視しつつ日本として毅然とした対応を取ることが求められよう。

韓国国会では、16日に尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領への2回目となる弾劾訴追案に対する採決が行われ、賛成票が204票(反対票85、棄権票3、無効票8)と在籍議員数(300議席)の3分の2を上回ったことで可決成立し、同日夜に尹大統領の職務停止が決定した。職務停止期間中は韓悳洙(ハン・ドクス)首相が職務代行を担うとともに、向こう180日以内に憲法裁判所が尹大統領に対する弾劾の可否を審理して、罷免の是非を判断することとなる。尹大統領に対して弾劾訴追案が提出されたきっかけは、今月3日に尹大統領が突如「非常戒厳」を宣布し、その直後から野党を中心とする多数の国会議員が国会に参集して半数を上回る議員が戒厳の解除要求決議を可決したことで、結果的に数時間後に非常戒厳の解除を決定するなど混乱を招いたことにある(注1)。なお、今月7日に国会において採決が行われた1回目の弾劾訴追案を巡っては、尹政権を支える与党で右派の「国民の力」所属議員の大宗が採決直前に国会を退出したため、結果として投票の成立要件が満たされず廃案に追い込まれた(注2)。しかし、直後から最大野党で左派の「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表を中心に弾劾訴追案の再提出を含めた対応を強化する方針を示すとともに、支持組織である労働組合を総動員する形でいわゆる「ろうそくデモ」を展開するなど、弾劾可決に向けた機運醸成を活発化させてきた。1回目の弾劾訴追案を与党が廃案に追い込んだ背景には、直前に行ったテレビ演説において尹氏が戒厳宣布に伴う混乱を謝罪するとともに、法的政治的な責任を回避しないとしつつ、自身の任期を含めた今後の政局安定策について与党に一任する考えを示したほか、今後の国政運営について与党と政府がともに責任を以って行うとするなど、尹氏が一定の妥協を示すことで折り合いが付いていたことが考えられる。他方、与党・国民の力としても、共に民主党をはじめとする野党勢力に国民の支持が大きく流れるなか、共に民主党が目指す早期の次期大統領選入りを避けつつ、事態打開に向けた『時間稼ぎ』を図りたいとの思惑も一致したものと捉えられる。しかし、2回目の弾劾決議案への採決では賛成票が204票となり、共に民主党をはじめとする野党議員が192議席であることに鑑みれば、国民の力から少なくとも12人の議員が離反したことが明らかである。この背景には、直近の世論調査において大半の国民が尹氏に対する弾劾に賛成である旨が示されるとともに、尹氏が採決の直前に明らかにした談話において戒厳決定を正当な措置であり、弾劾にも捜査にも堂々と立ち向かう、戒厳令は司法審査の対象にならない統治行為であり、内乱罪に当たらないと主張したことも影響したとみられる。与党・国民の力は次期大統領選を睨みつつ『良いタイミング』での尹氏辞任により国民の理解を得ることを模索していたとみられるが、尹氏が徹底抗戦で臨む方針を示したことを受けて、一部の与党議員が離反する結果を招くとともに、今後は与党内における結束が揺るぐことで内紛などに発展する可能性も予想される。韓国において大統領に対する弾劾訴追案が可決されたのは、2004年の廬武鉉(ノ・ムヒョン)氏(後に弾劾棄却)、2016年の朴槿恵(パク・クネ)氏(後に弾劾確定)に次ぐ3例目となる。仮に憲法裁判所において弾劾が確定すれば、尹大統領は即日失職するとともに、向こう60日以内に次期大統領選が実施されるが、現行憲法では弾劾された大統領の罷免には判事6人による支持が必要となる(第113条)一方、憲法裁の定員9人のうち現在は3人が空席であり、尹氏の罷免には判事全員が賛成する必要がある。仮に空席となっている判事を任命するには国会における手続きが必要となるものの、現時点で与野党はその人事を巡って合意に至っておらず、多数派を占める野党は早期に判事の指名を行う方針を示している。また、現在の6人の判事のうち2名は来年4月に任期満了を迎える予定であるため、仮に審理が想定される180日に近付けば人事面で新たな問題が生じる可能性がある一方、そうした事態を回避すべく早期に結審させることも考えられる。とはいえ、尹氏は徹底抗戦の意向を明らかにしており、そうなれば審理が長期化して人事年での混乱によって審理そのものが混乱していくことも予想される。よって、当面は憲法裁判所による弾劾審理の行方と、それに付随する憲法裁判事の人事の行方に注目する必要がある。他方、仮に尹大統領に対する弾劾が可決された場合においても、共に民主党の李代表も5件の罪状で刑事訴追されており、仮に有罪判決が確定した場合には公民権が停止されるとともに、次期大統領選への出馬が困難になるなどその裁判スケジュールの行方にも注意を払う必要がある。その意味では、尹大統領に対する弾劾が可決した場合においても、そのことが政治的な混乱の収束に繋がるかは極めて見通しが立ちにくい状況にあると捉えられるほか、結果的にその後に法廷闘争などによる新たな混乱が待ち受けている可能性も考えられる。金融市場においては、政治的な混乱の長期化を見据えて通貨ウォン相場は折からの米ドル高の動きも相俟って調整の動きを強めているほか、朝鮮半島情勢を巡る不透明感や左派の台頭に伴う経済政策の不透明感も嫌気される形で頭打ちの動きを強めている。韓国の政治を巡っては、時に『情』が『理』を超越する形で影響を与える動きがみられるが、そうした動きが東アジア情勢や日本との関係などに与える影響についても注視しつつ、日本として毅然とした対応を取ることが求められる。

図1 ウォン相場(対ドル)と主要株式指数の推移
図1 ウォン相場(対ドル)と主要株式指数の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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