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2024.12.09
アジア経済
韓国経済
為替
韓国・尹大統領への弾劾訴追案は廃案も、政局の混乱は不可避
~金融市場安定へ中銀は「何でもやる」姿勢をみせるが、外貨準備高などに不安を抱える状況~
西濵 徹
- 要旨
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- 韓国国会は7日に尹錫悦大統領への弾劾訴追案への採決を行ったが、投票の成立要件を満たさず廃案となった。事の発端は、尹大統領が3日に内政こう着の打開を目的に突如非常戒厳を宣布し、直後に解除に追い込まれるなど混乱を招いたことにある。野党は尹氏の戒厳決定が国家反逆罪に当たるとして弾劾訴追案を上程し、その行方に注目が集まった。最終的に尹政権を支える与党・国民の力の議員の大宗が採決を退席して廃案となった。与党としては、最大野党・共に民主党が勢い付くなかで次期大統領選への時間稼ぎに成功した格好だが、与党内は分裂含みの動きがみられる。他方、共に民主党の李代表も刑事訴追を受けるなど安泰とは言えない。政局の混乱を背景に金融市場は動揺するなか、中銀は安定化に向けて何でもする格好をみせているが、外貨準備高は決して十分とは言えない状況にあるほか、政策の手足を縛られる状況に直面している。韓国金融市場の動向にはこれまで以上に注意を払う必要性が高まっている。
韓国国会(一院制:総議席数300)は7日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する弾劾訴追案に対する採決を行い、右派の与党「国民の力」の所属議員の大宗が退席したことに伴い投票の成立要件が満たされず、結果的に廃案となるとともに、尹氏が大統領職を継続することとなった。事の発端は、尹氏が今月3日の夜に発表した緊急談話において「非常戒厳」を宣布する旨を表明したことにあり、公布直後から野党を中心に多数の国会議員が国会に参集し、半数を上回る議員による戒厳の解除要求決議の可決を受け、尹氏は数時間後に非常戒厳の解除を決定するといった混乱に発展したことがある(注1)。なお、尹政権を巡っては、国会において左派の最大野党「共に民主党」を中心とする野党勢力が国会において多数派を占める『ねじれ状態』となるなか、尹政権が提出する予算案をはじめとする法案がことごとく否決されるなど政策運営が停滞してきたことがある。さらに、野党勢力は閣僚や官僚のほか、検察官などに対する弾劾決議を次々と国会に提出し、尹大統領が否決権を行使することでその場を凌ぐ対応が続くなど、政府や司法が機能不全に陥る状況が続いてきた。こうした事態を受けて、尹大統領は野党勢力が国政や司法を麻痺させていることを理由に、憲法秩序を守る観点から非常戒厳を宣布するとしたものの、内政混乱の局面打開を目的に戒厳を用いたのは『禁じ手』であったとの批判は免れない。事実、その後に野党勢力は尹大統領による戒厳決定が国家反逆罪に当たるとして批判を強めるとともに、尹大統領に対する弾劾訴追案を国会に上程する方針を示した。なお、大統領に対する弾劾訴追案は国会の総議員のうち3分の2(200議席)以上の賛成が得られれば成立するため、野党勢力は共に民主党の170議席をはじめとして192議席に上るなか、国民の力から8議席が離反すれば成立することから、その行方に注目が集まった。弾劾訴追案に対する採決が行われる前に、尹大統領は国民の力の韓東勲(ハン・ドンフン)代表や党幹部と相次いで会談したほか、その後も韓代表は、仮に弾劾訴追案が可決された場合に大統領の職務を代行することとなる韓悳洙(ハン・ドクス)首相と会談するなど、訴追案への対応を巡って協議が行われた模様である。結果、7日朝に尹大統領は国民に向けたテレビ演説を行い、非常戒厳の宣布により混乱を招いたことを謝罪するとともに、法的政治的な責任を回避しないと述べる一方、自身の任期を含めた今後の政局安定策について与党に一任する考えを示すなど、辞任に直接言及しなかった。その上で、今後の国政運営については与党と政府がともに責任を以って行うと述べるなど、最終的に国民の力は弾劾訴追案に反対する方向で固まっていることが示唆された。こうしたことから、採決に際しては国民の力所属の国会議員が続々と退出し、最終的には賛成票は195に留まるなど、国民の力からの離反票は3票に留まった。なお、国民の力の所属議員として弾劾訴追案に賛成票を投じた議員のひとりとして安哲秀(アン・チョルス)が居り、安氏は2022年の前回大統領選に『第3極』を目指す中道右派政党の「国民の党」から出馬するも敗北した後、同年に実施された国会議員の再補選に国民の力の候補として出馬して当選した経緯がある。こうした経緯を勘案すれば、安氏の行動は尹氏の弾劾を求める野党勢力の支持層に一定の配慮をみせつつ、与党内において『ポスト尹』を目指す動きを見据えたものと捉えられる。また、弾劾訴追案が廃案となったことを受けて、国民の力としては共に民主党をはじめとする野党勢力に国民の支持が大きく流れるなか、共に民主党が目指す尹大統領の弾劾を経た早期の次期大統領選入りを避けるべく、事態打開に向けた『時間稼ぎ』の猶予を得ることができたと捉えられる。とはいえ、上述のように安氏などが弾劾訴追案への賛成票を投じたことを受けて、国民の力内では韓代表や韓首相を中心とする主流派と、安氏など反主流派との分裂含みとなる可能性が高まるとともに、世論の動向如何では遠心力が働くことも予想される。他方、共に民主党は李在明(イ・ジェミョン)代表を中心に弾劾訴追案の再提出を含めた対応を強化する方針を明らかにするとともに、支持組織である労働組合を総動員する形でいわゆる「ろうそくデモ」を展開するなど、早期の次期大統領選に持ち込むべく意気込む姿勢をみせる。ただし、李氏自身は5件の罪状で刑事訴追されており、仮に有罪判決を受ければ公民権が停止されるとともに、次期大統領選への出馬が困難になるなど『脛に疵持つ身』であることに留意する必要がある。また、労働組合がこの機に乗じてストなどの動きを活発化させることも予想されるほか、幅広い生産活動に悪影響が出るとともに、そのことが景気の足を引っ張る可能性にも留意する必要がある。こうした状況ながら、足下においては野党の左派勢力に分があることは間違いなく、政局を巡る不透明感の高まりが地域の安全保障環境に悪影響を与える懸念を嫌気して通貨ウォン相場は調整の動きを強めており、当局は安定化に向けた為替介入の動きを積極化させている模様である。足下の韓国の外貨準備高を巡っては、IMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」の下限に届いていないと試算される状況にある。中銀(韓国銀行)は金融市場の動揺を抑えるべく必要に応じて『無制限』の流動性供給に動く方針を示しているほか、積極的な為替介入に動いているとみられるものの、その原資となる外貨準備高は必ずしも十分言える状況にはないことに留意する必要がある。さらに、中銀は先月の定例会合において2会合連続の利下げに動くなど景気下支えに傾注する姿勢をみせているものの、一連の混乱をきっかけとする金融市場の混乱を受けて先行きの政策運営に対する見通しが立ちにくくなっている。その意味では、政局の混乱が金融市場の動揺に与える影響についても注視する必要性が高まっていると判断できる。


注1 12月4日付レポート「韓国・尹大統領が内政停滞を理由に「非常戒厳」を突如宣言」
西濵 徹
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- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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