インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ、金融政策を巡る政府と中銀の対立はいよいよ「第2章」へ

~前回は景気下支え、今回はバーツ高対策、「利下げ競争」に向けた号砲に繋がるか~

西濵 徹

要旨
  • 足下のタイ景気は底入れの動きをみせるが、ASEAN主要国のなかでコロナ禍からの回復が最も遅れている。中銀は物価と為替の安定を目的に大幅利上げに動いたが、その後はインフレが頭打ちに転じ、足下でも落ち着いた推移が続く。しかし、中銀はペートンタン政権の財政運営を見定めるなど慎重姿勢を崩さない。金融政策を巡ってはセター前首相が中銀に度々利下げを要求し、ペートンタン首相も同様の動きをみせるなか、足下では北部や北東部で洪水被害が深刻化している。こうしたなか、ピチャイ財務相が中銀と協議することを明らかにするなど利下げへの「圧力」を強めている。なお、足下では米FRBの利下げを受けた米ドル安を反映してバーツ相場は底入れの動きを強めており、産業界からもバーツ高による外需への悪影響を警戒する向きが出ている。アジアではすでに利下げに舵を切る動きが広がるなか、タイ中銀が通貨高対応を目的に利下げに動けば「利下げ競争」に発展する可能性もあり、その行方を注視する必要がある。

足下のタイ経済を巡っては、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.08%と2四半期連続のプラス成長となるなど景気の底打ちが確認されているものの、実質GDPの水準はコロナ禍直前をわずかに上回る程度であり、ASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでも低い水準に留まるなど最も回復が遅れている(注1)。その内訳を巡っても、ここ数年の国際金融市場における米ドル高を受けた通貨バーツ安による価格競争力の向上を追い風にした財輸出や外国人観光客数の拡大による外需がけん引役となる一方、家計消費や住宅投資のほか、企業部門の設備投資に下押し圧力が掛かるなど、民需を中心とする内需は頭打ちの動きをみせている。こうした背景には、ここ数年のタイではコロナ禍一巡による経済活動の正常化や商品高に加え、バーツ安による輸入インフレも重なる形でインフレが昂進し、中銀は物価と為替の安定を目的に累計200bpもの利上げを迫られたことが影響している。なお、インフレは一時約14年ぶりの水準となったものの、金融引き締めの動きに加えて商品高の一巡も重なり頭打ちに転じたほか、プラユット元政権が実施したエネルギー補助金の影響も重なる形で下振れしてきた。年明け以降のインフレは昨年に頭打ちした反動に加え、異常気象の頻発を受けた食料インフレなどの影響も重なり底打ちに転じたものの、足下では引き続き中銀目標の下限を下回る推移が続くなど一見落ち着きを取り戻す動きをみせている。こうした状況ながら、中銀は先月の定例会合でも政策金利を据え置くとともに、ペートンタン政権の財政運営が物価動向や為替に与える影響を見定めるなど慎重姿勢を崩していない(注2)。上述のように足下の景気は利上げの累積効果が幅広く内需の足かせとなっているほか、中銀が警戒したバーツ安も米FRB(連邦準備制度理事会)の利下げ観測を受けた米ドル安を受けてバーツ相場は底入れの動きを強めるなど物価を巡る懸念要因は後退している。なお、金融政策を巡ってはセター前首相が度々中銀に利下げを要求し(注3)、ペートンタン氏も首相就任前から同様に中銀に利下げを要求する動きをみせてきた。そして、タイでは先月に北部や北東部で洪水被害が発生しているほか、今月にも太平洋で発生した台風11号(ヤギ)はベトナムに上陸し、タイ北部や北東部で熱帯低気圧に変わった後に大雨被害をもたらすなど被害の深刻化が懸念されており(注4)、政府による要求が一段と強まることが予想された。こうしたなか、ピチャイ財務相はインフレ目標と足下で急速に進むバーツ高を巡って中銀と協議することを明らかにしており、セター前政権と同様に様々な形で中銀に対して利下げ実施に向けた『圧力』を強めている様子がうかがえる。というのも、7月以降のバーツ相場は上述のように米FRBの利下げ期待を受けた米ドル安を反映して底入れしてきたほか、足下においてもそのペースが加速しており、バーツ安による価格競争力向上の動きがはく落していることがある。経済団体も中銀に対して足下のバーツ高が輸出や観光業に悪影響を与えることを警戒してバーツ相場の安定に向けた措置を要求する動きをみせており、政府の圧力に事実上『お墨付き』を与える格好になっている。仮に中銀がインフレ目標の変更などに応じれば利下げに動く可能性は高まる一方、中銀の独立性を巡る新たな懸念が顕在化することも考えられる。他方、アジア新興国では米FRBの利下げを受けてフィリピンやインドネシアが利下げに舵を切っているが、仮にタイ中銀が通貨高への対応を目的に利下げに舵を切れば『利下げ競争』の動きが広がりをみせることも考えられる。中銀と政府の協議の行方はアジア新興国の金融政策の動きにも影響を与えるなど、その動向を注視する必要性が高まっている。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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