インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インド、4-6月GDPは前年比+6.7%に鈍化も過度な悲観は不要

~内需をけん引役にした成長を確認、一方で異常気象による食料インフレなど不透明要因はくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • インド経済を巡っては、中国の成長鈍化や米中摩擦の激化などを追い風に中国に代わる成長センターや生産拠点として期待する向きが強まっている。また、モディ政権による改革期待も追い風に海外からの資金流入の動きが活発化しており、主要株価指数は最高値を更新するなど活況を呈する。同国市場を揺さぶったアダニ問題は新たな方向に展開する一方、新興財閥を巡る状況が変化する可能性には要注意である。

  • GDP統計に対する疑義はくすぶるも、企業マインドの好調さが景気を押し上げると期待されたが、4-6月の実質GDP成長率は前年比+6.7%に鈍化した。ただし、季節調整値に基づく前期比年率ベースでは+9%を上回ると試算され、家計消費をはじめとする内需の堅調さが景気をけん引している様子が確認される。一方、供給サイドのGVA成長率は前年比+6.8%に加速し、前期比年率ベースでも伸びが加速しており、企業マインド統計の動きと合致している。ただし、暑季における異常熱波の頻発の影響で農林漁業関連の生産は弱含んでおり、先行きは供給力不足が景気の足かせとなる可能性に留意する必要がある。足下のGDPが想定を下回る伸びに留まったことを反映して、今年度の当社経済成長率見通しを+6.7%に下方修正する。

  • 足下のインフレは前年に加速した反動で頭打ちしているが、異常気象の頻発を理由に食料インフレの再燃の動きが顕在化しているほか、ルピー安による輸入インフレの懸念もくすぶる。金融市場ではインフレ鈍化を理由に中銀が金融緩和に舵を切るとの観測が高まっているが、現実にはそのハードルが高い展開が続くと予想される。金融緩和を前提にした金融市場の活況の動きには見直しが必要になる可能性がある。

インドを巡っては、2000年代以降の世界経済をけん引してきた中国経済の勢いに陰りが出るとともに、ここ数年の米中摩擦の激化やデリスキング(リスク低減)を目的とする世界的なサプライチェーン見直しの動きが広がるなか、中国に代わる成長センターになるとともに、生産拠点として期待する向きが強まっている。そうした期待に加え、モディ政権の下で進められてきた『メイク・イン・インディア』をはじめとする製造業をけん引役にした経済成長を目指す経済改革への期待も、海外からの直接投資の動きを後押ししていると捉えられる。ただし、4月から1ヶ月半に亘って実施された連邦議会下院(ローク・サバー)総選挙では、事前予想ではモディ政権を支える最大与党BJP(インド人民党)をはじめとする与党連合(NDA(国民民主同盟))の圧勝が予想されていたものの、現実にはBJPは大幅に議席を減らしたほか、NDA全体で辛うじて半数を上回る議席を維持するに留まるなど予想外の結果に終わった(注1)。よって、7月にモディ政権が公表した今年度(2024-25年度)本予算案では財政赤字の縮小を見込む一方、歳出面ではインフラや農村に加え、雇用やスキルアップ、中間層や中小・零細企業を強く意識した配分となるなど総選挙の結果が影響しているほか、税制改正では低所得者向けの減税を盛り込むなど与党連合内の友党に配慮せざるを得ない事情がうかがえる内容となった(注2)。金融市場においては上述したインド経済に対する期待に加え、3期目入りを果たしたモディ政権が経済成長の実現に向けて一段の改革に取り組むとの見方を反映して、主要株価指数(ムンバイSENSEX)は最高値を更新する動きをみせるなど活況を呈している。他方、昨年のインド株式市場を大きく揺さぶった新興財閥のアダニ・グループに関連する疑惑(いわゆる『アダニ問題』)を巡っては、先月に新たに同社と証券規制当局であるインド証券取引委員会(SEBI)のブチ委員長との間で利益相反が懸念される新たな疑惑が生じる動きもみられる(注3)。アダニに関する問題は個社の問題と捉えられるものの、財閥企業の在り方、とりわけモディ政権と近いとされる同社をはじめとする新興財閥の動向に影響を与える可能性に留意する必要がある。

図1 主要株価指数(ムンバイSENSEX)の推移
図1 主要株価指数(ムンバイSENSEX)の推移

なお、上述のように国内外からインド経済への期待は高まっているものの、そのGDP統計については基礎統計の乏しさも影響して景気実態を把握できていないとの指摘のほか、その正確性に対しても疑念が呈されるなど『ブラックボックス』化していると捉えられる。こうした事情を頭に入れておく必要があるものの、4-6月の実質GDP成長率は前年同期比+6.7%と前期(同+7.8%)から鈍化して5四半期ぶりの伸びに留まり、一見すると頭打ちの動きを強めている。他方、足下の企業マインド統計(PMI:購買担当者景況感)は好不況の分かれ目となる水準を大きく上回るとともに、GDPの半分以上を占めるサービス業を中心に堅調な動きが確認されており、こうした数字には違和感を覚えるのが実情であろう。これはインドの成長率は原数値に基づく前年同期比ベースの伸びのみが公表されており、足下の景気実感と乖離した数字になりがちとなることを念頭に置いてみる必要がある。よって、季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率を試算すると2四半期連続で+9%を上回る高い伸びで推移しており、昨年後半にかけて拡大ペースが鈍化したものの、年明け以降は底入れの動きを強めていると捉えることができる。需要項目別の動きをみると、世界経済の減速懸念の高まりを反映して輸出は大幅に減少して景気の足を引っ張る一方、インフレ鈍化による実質購買力の押し上げを反映して家計消費が大幅に伸びているほか、対内直接投資の旺盛な流入も追い風に企業部門による設備投資も拡大しており、民間需要を中心とする内需が景気をけん引する動きが確認されている。さらに、民間需要を中心とする内需の堅調さを反映して輸入は大幅に拡大しており、その結果として純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで大幅マイナスとなっており、外需が景気の足かせとなっている様子がうかがえる。また、前年同期比ベースの成長率を巡っても、過去1年に亘っては各需要項目で説明ができない「不突合」による寄与度が大幅プラスで推移するなど『水増し』が懸念されたものの、4-6月についてはその寄与度が▲0.7ptとマイナスとなっており、そうした点でも表面的な数字と実感が乖離している可能性が考えられる。当研究所は先月に公表した定例の経済見通しにおいて今年度の経済成長率が+7.0%になるとの見通しを示したものの(注4)、4-6月のGDPが想定を下回る伸びに留まったことを反映してこれを+6.7%に下方修正する。

図2 実質GDP成長率(前期比年率・試算値)の推移
図2 実質GDP成長率(前期比年率・試算値)の推移

図3 実質GDP成長率(前年同期比)の推移
図3 実質GDP成長率(前年同期比)の推移

一方、インドでは供給サイドの基礎統計が比較的整備されているなか、供給サイドからのGVA(総付加価値)を長らくGDP統計として扱ってきた経緯があり、モディ政権の下で需要サイドの統計が公表されるようになった後もGVAの方が景気実勢に近いとの見方が根強く残っている。こうしたなか、このところはGVAの伸びがGDPの伸びを下回る推移が続いてきたものの、4-6月の実質GVA成長率は前年同期比+6.8%と前期(同+6.3%)から伸びが加速しているほか、GDP(同+6.7%)をわずかに上回る伸びとなっており、足下の景気が比較的底堅く推移している可能性を示唆している。こちらについても季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率を試算すると、4-6月は+10%を上回る高い伸びとなっている模様であり、企業マインド統計の堅調さを反映しているとみられるほか、足下の景気は底入れの動きを強めていると捉えることができる。分野別の生産動向を巡っても、家計消費をはじめとする内需の堅調さを反映して幅広くサービス業の生産が大きく拡大しているほか、製造業の生産も底堅く推移している上、企業部門による設備投資の活況やインフラ投資の進捗を反映して建設業の生産も旺盛な推移をみせている。他方、インドのGVAを巡っては農林漁業の割合が依然として製造業の割合を上回るとともに、農村部の所得や食料価格の動向を左右するなか、今年は暑季に異常熱波が頻発した影響で農業生産に下押し圧力が掛かっている様子がうかがえる。気象局は今年のモンスーン(雨季)における雨量が例年並みとなるとの予想を示しており、農業生産の追い風になるとの期待が高まっているものの、豪雨による洪水が頻発する動きもみられるなかで農業生産に悪影響が出る可能性はくすぶる。その意味では、先行きについては供給力不足が景気の足かせとなり得ることに留意する必要があると捉えられる。

図4 実質GVA成長率(前期比年率・試算値)の推移
図4 実質GVA成長率(前期比年率・試算値)の推移

図5 製造業・サービス業PMIの推移
図5 製造業・サービス業PMIの推移

上述したように、足下の景気はインフレ鈍化による実質購買力の向上を追い風とする堅調な家計消費によって押し上げられる様子が確認されるなか、直近7月のインフレ率は前年に食料品をはじめとする生活必需品で物価上昇の動きが強まった反動も影響して前年同月比+3.54%に鈍化しており、中銀(インド準備銀行)が定めるインフレ目標(4±2%)の中央値を下回るなど一見すると物価は落ち着きを取り戻している。金融市場においては中銀が利下げに舵を切るとの期待が高まっている様子がうかがえるものの、今年は暑季における異常熱波が頻発した影響で農業生産に下押し圧力が掛かっていることを反映して、足下では生鮮野菜や穀物の価格が再び上振れする動きが確認されており、家計部門にとっては食料インフレに直面する状況は変わっていない。中銀は先月の定例会合において引き締めを維持する姿勢をみせるとともに、中銀内ではコロナ禍を経てインドにおける自然利子率が上振れしており、利下げ余地の縮小を示唆する試算が示されているほか、足下では頭打ちしてきたコアインフレ率が底打ちに転じるなどインフレの再燃が懸念される動きもみられる。上述したように国際金融市場ではインド経済に対する期待の高さを反映して株価が上昇する動きがみられるものの、通貨ルピー相場については米ドル安にも拘らず最安値近傍で推移するなど輸入インフレ圧力が掛かりやすい展開が続いている。よって、中銀は先行きも引き締め姿勢を維持せざるを得ない状況が続くと見込まれ、緩和を期待した金融市場の活況は見直しを余儀なくされる可能性に留意する必要があると考えられる。

図6 インフレ率の推移
図6 インフレ率の推移

図7 野菜の卸売物価の推移
図7 野菜の卸売物価の推移

図8 ルピー相場(対ドル)の推移
図8 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

注1 6月5日付レポート「インド総選挙、与党連合過半維持もBJP議席減、モディ政権とインド経済は

注2 7月24日付レポート「インド24-25年度本予算案、総選挙の結果が様々な面で影響

注3 8月13日付レポート「インド株を揺さぶった「アダニ問題」は新たな展開に

注4 8月19日付レポート「世界経済見通し(日米欧亜・2024年8月)

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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