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2024~25年におけるFRBの利下げペース

~「四半期に1回の利下げ」の不確実性~

前田 和馬

要旨
  • パウエル議長はジャクソンホール会議にて「金融政策を調整する時が来た」と言及、9月FOMCにおける利下げ開始を強く示唆した。一方、9月の利下げ幅やその後の政策スタンスに関してはデータ依存の姿勢を維持し、今後の利下げペースに関する具体的な言及を避けた。

  • 複数のFRB高官が緩やかな利下げを示唆する一方、パウエル議長はこうしたスタンスを避け、雇用市場の更なる悪化には適切に対処する方針を強調した。9月の利下げ幅は8月雇用統計に大きく依存するほか、求人倍率が1倍に近づく場合にはその後の利下げペースが速まる可能性がある。

  • 1980年以降の利下げサイクルをみると、利下げペースの中央値は最初の1年間で2.75%ptであり、6月ドットチャートで示された年間1.0%pt(四半期ごとに1回利下げ)よりも利下げペースは速い。このため「景気後退懸念で大幅利下げ」のシナリオに注意が必要だろう。他方「景気・インフレ再加速で利下げ停止」のリスクも可能性は高くないものの消失したわけではない。

ジャクソンホールでパウエル議長が言わなかったこと

8月23日、パウエル議長は米カンザスシティ地区連銀主催のジャクソンホール・経済シンポジウムにおける講演にて「金融政策を調整する時が来た」と言及し、9月FOMC(9/17-18開催)における利下げ開始を強く示唆した。一方、「利下げのタイミングとペースは今後のデータ、見通しの変化、リスク・バランスに依存する」と指摘、従来のデータ依存の姿勢を維持するなど、大方の予想通り9月の利下げ幅やその後の利下げペースへの言及を避けた。

「9月利下げの強い示唆」及び「雇用市場の更なる悪化には適切に対処する方針を強調したこと」はハト派的なメッセージと金融市場に捉えられた。後者に関して、パウエル議長は「強い労働市場を保つためにできることは何でもする」「雇用動向の更なる冷え込みは、望んでいないし歓迎もしない」「インフレの上振れリスクは減少する一方、雇用の下振れリスクは強まっている」と述べ、政策決定にあたって雇用市場を重視する姿勢を鮮明にした(7月FOMCの声明文では「2つの使命へのリスクを注視している」と、6月時点の「インフレリスクを特に注視している」から文言が変更)。

また、他のFRB高官とは異なり、パウエル議長は利下げペースが緩やかに留まる可能性には言及しなかった。サンフランシスコ連銀のデイリー総裁は「(米国は)緊急事態になく、慎重に動く」(8/18)、フィラデルフィア連銀のハーカー総裁は「緩やかかつ計画的な利下げ」(8/22)とそれぞれ述べるなど、一部のFRB高官は9月の0.5%ptの利下げに否定的な見解を示している。一方、パウエル議長は「データ依存」とだけ述べるなど、8月雇用統計(9/6公表)の結果次第では0.5%ptの利下げに踏み切る可能性を否定していない。なお、7月の雇用統計は同月に上陸したハリケーン「ベリル」や自動車工場の一時閉鎖(新車種投入のための生産ライン調整、及び6月の新車販売減少[サイバー攻撃に起因]を背景とした在庫調整)の影響を受けた可能性が高く、8月は雇用者数の増加ペース加速や失業率の低下が予想される。とはいえ、こうした一時的な影響が想定よりも小さく、仮に8月雇用統計でも失業率が上昇を続ける場合、9月FOMCにおける0.5%ptの利下げが現実味を帯びることとなる。

利下げペースと有効求人倍率

ジャクソンホール講演でパウエル議長は「当面、労働市場がインフレ圧力を高める要因になる可能性は低い」と述べた。労働市場とインフレの関係性を巡って、ジャクソンホール会議ではブラウン大学のエガートソン教授らが「有効求人倍率が一定の値(ベバリッジ閾値)を超えるか」によって、両者の関係が変化する可能性を指摘している(図表1)。同氏らの主張は以下の通りである。

図表1:有効求人倍率とインフレ率の長期推移(1920年以降)
図表1:有効求人倍率とインフレ率の長期推移(1920年以降)

まず、有効求人倍率が1倍を超えるような人手不足の状況においては、新規採用者を中心に賃金コストが上がりやすいため、サプライチェーンの混乱や需要拡大によるインフレ圧力が通常時よりも増幅される。また、この際の労働市場の調整は求人率の低下によって主に実現し、失業率の上昇をほとんど招かずにインフレが鎮静化する。同氏らは2021年半ば以降のインフレ高騰、及び足下のインフレ鈍化と低い失業率の両立(ソフトランディング)はこうした仮説に整合的と主張する。

一方、有効求人倍率が1倍を下回るような人手余りの状況においては、インフレ率と失業率の連動性は弱まる(フィリップス曲線のフラット化)。賃金上昇率は安定する傾向にあり、サプライチェーンの混乱や多少の消費拡大が生じても、それがインフレ率を大幅に押し上げる可能性は低い。また、インフレ率が景気動向の影響を受けにくいことを踏まえると、中央銀行が更なるインフレ抑制(刺激)を達成するためには失業率の大幅な上昇(低下)が必要となる。なお、これは新型コロナ以前の経済状況に近い(好景気が長期間続いているにも関わらず、インフレ率が低位に留まる)。

エガートソン教授は足下の米国経済が「人手不足」から「人手余り」に移りつつあることを指摘している。同氏は両者の境界にある失業率を4.42%(Beveridge Threshold Unemployment;6月時点)と試算しており、これは7月実績の4.3%に非常に近い。また、6月の有効求人倍率(=求人数/失業者数)は1.2倍と低下傾向にあり、求人数と失業者が等しくなる1倍に近づきつつある。米国経済が人手余りに移行しつつある場合、同氏の分析からは「サプライチェーン混乱等によるインフレ上振れの可能性は限りなく低く」、「インフレ率を高金利政策によって更に抑制することは失業率の大幅な上昇を招く」ことが示唆される。

図表2:求人率と失業率(ベバリッジ曲線)
図表2:求人率と失業率(ベバリッジ曲線)

「四半期に1回の利下げ」の不確実性

上記はFRB外部の経済学者による分析に過ぎないものの、パウエル議長のハト派姿勢の理論的背景と捉えることができる。6月FOMC時のドットチャートは2024年に1回、25年が4回の利下げを示したものの、8月の雇用統計(公表日:9/6)及び消費者物価指数(9/11)の結果次第では9月ドットチャートにおける先行きの利下げペースがこれより大きくなる可能性がある。

今後の利下げペースに関しては、可能性の高い順に下記3つのシナリオが考えられる。四半期に1回の利下げ(年4回)の前提である経済・物価見通しには不確実性が強く、「景気後退懸念で大幅利下げ」に転じるリスクは相応にあるほか、「インフレ再加速で利下げ停止」の可能性も高くはないものの排除できないことに留意が必要だろう。

① 秩序だった利下げシナリオ

まず、パウエル議長とは対照的に一部のFRB高官は「慎重な利下げペース」に言及するなど(前述)、現時点では「四半期に1回の利下げ」という6月時点の想定を変更しているようには見受けられない。大幅な金利変更は金融市場や実体経済に予期せぬ混乱を招く可能性もあり、経済的な危機時を除き、金利は緩やかに調整すべきとの考えがある。実際、政策金利を緩やかに調整する修正テイラールールに基づくと(スムージング有:Inertial Rule)、2025年末の最適政策金利は4.3%と6月ドットチャートの中央値と概ね一致する(図表3)。とはいえ、こうした金利見通しはあくまでインフレと景気の緩やかな減速を前提としており、こうした経済・物価シナリオの実現性には不透明感があることに留意が必要だ。

図表3:政策金利の見通し
図表3:政策金利の見通し

② 利下げ急旋回シナリオ

1980年以降の過去11回の利下げサイクルにおいて、利下げ開始後1年間の金利変化幅の中央値は—2.75%ptである(図表4)。2001年のITバブル崩壊や2008年の世界金融危機の際に大幅な利下げが実施されたことは割り引く必要があるものの、年間で1%未満の利下げで軟着陸に成功したのは1995年の利下げサイクルに限られる(95年7月・12月・96年1月に0.25%ptの利下げ[計0.75%pt]を実施し、その後1年程度金利を据え置き)。また、6月時点のFOMCメンバーの経済・物価予測を前提にしたテイラールールに基づくと(金利のスムージングを考慮せず大幅な金利変動を許容)、2025年末の最適政策金利は3.6%であり、現政策金利(5.25~5.5%)から1.75%ptの利下げが示唆される。なお、FF金利先物に基づく政策金利予想は(8/27時点)は2024年末で4.3%(通年の利下げ幅:1.0%pt)、25年末が3.0%(同、1.25%pt)と、金融市場は大幅な利下げ予想を織り込んでいる。

図表4:1980年以降の利下げサイクルにおける政策金利変化
図表4:1980年以降の利下げサイクルにおける政策金利変化

③ 利下げ停止シナリオ

他方、一部のタカ派的なFOMCメンバーはインフレの上振れリスクを引き続き意識している可能性があり、景気やインフレの再加速が確認される場合には利下げ停止を主張する可能性がある。実際、1998年の利下げサイクルにおいては、大手ヘッジファンドのLTCMの破綻を背景に9・10・11月に連続利下げ(予防的利下げ)に踏み切った後、翌年99年6月にはインフレ圧力を背景に再び利上げへと転じるなど、1年を経たずに利下げサイクルは終了した。前述のエガートソン教授も米国の労働市場が人手余りの状況にあるか否かには不確実性があり、仮に人手不足状態が続いているのであれば供給制約等のショックが生じる際にインフレが再加速するリスクを指摘している。

【参考文献】

  1. Benigno1, Pierpaolo and Gauti B. Eggertsson (2024), “Revisiting the Phillips and Beveridge Curves: Insights from the 2020s Inflation Surge,” The Federal Reserve Bank of Kansas City: Jackson Hole Economic Policy Symposium 2024.

  2. Petrosky-Nadeau, Nicolas and Lu Zhang(2021), “Unemployment Crises,” Journal of Monetary Economics 117: p.335-353.

  3. FRB(2018), “Policy Rules and How Policymakers Use Them,” FRBホームページ(2024-8-28参照)

以上

前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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